第三章 見世物の掟
第三章 見世物の掟
TS6として過ごす日々は、想像していた「刑務所生活」とはまったく違うものだった。
毎朝、俺の部屋の窓口には紙袋が差し入れられた。中には、その日俺が着るべき衣服が入っている。俺にはそれを拒む権利がなかった。着替えを終えると、看守に連れられて作業場や食堂へと向かわされる。そこで俺を待っているのは、いつも同じ種類の視線だった。
好奇と、侮蔑と、支配欲の入り混じった視線。
初めて食堂に足を踏み入れたときのことを、俺は忘れない。俺が姿を現した瞬間、それまでガヤガヤと騒がしかった空間が、潮が引くように静まり返った。誰もが箸を止め、俺だけを見つめていた。無数の視線に射抜かれながら、俺は一歩も動けなかった。
天井のスピーカーから、施設長の声が流れてきた。
「皆さん、TS6が本日より入所しました。今週から、お待ちかねの審問を再開いたします。」
その言葉に、場内から歓声が上がった。俺はその歓声の意味を、まだ正確には理解していなかった。だが、囚人たちの目に浮かぶ昏い期待の色を見て、これから自分の身に起こることの輪郭だけは、朧げに感じ取っていた。
作業場での日々も、屈辱の連続だった。看守たちは事あるごとに理由をつけ、俺に恥をかかせるような指示を下した。逆らえば罰則が待っている。かといって従えば、囚人たちの下卑た視線と嘲笑を浴びることになる。俺にできることは、ただそれに耐え、感情を押し殺すことだけだった。
だが、俺はその屈辱の中でも、目と耳だけは働かせ続けた。
看守の巡回時間。監視カメラの死角。食堂の配膳係が誰と親しいか。施設長がどの曜日にどこへ向かうか。誰が「模範囚」として扱われ、誰がそうでないか。俺は屈辱に耐えながら、この施設の仕組みを少しずつ頭の中に刻み込んでいった。
ある夜、作業場で隣に配置された初老の男が、小さな声で俺に話しかけてきた。
「お前、まだ諦めてないな。目を見りゃわかる。」
俺は黙って作業を続けた。だが男は構わず続けた。
「この施設に来て五人目までのTS娘は、みんな心が折れて『退所』していった。だが、お前の目はまだ死んでない。」
「……退所した奴らは、どうなったんだ。」俺は小さく尋ねた。
男は一瞬、周囲をうかがってから答えた。
「さあな。だが、まともな扱いを受けたって話は聞かねえ。」
俺は言葉を失った。この施設は、俺たちの体だけでなく、心が壊れることすら制度の一部として織り込んでいるのだ。「更生」という言葉の欺瞞に、俺は改めて怒りを覚えた。
「……なんでそんなことを俺に教える。」
「さあな。ただ、俺もこの制度が気に食わねえだけだ。ここに来る前は、俺だってお前と似たようなことをした側の人間だ。だが、それでもこのやり方は、どこか間違ってる気がしてな。」
男はそれ以上多くを語らなかった。だがその一言で、俺は初めてこの施設の中に、自分以外にも「制度そのものへの疑問」を抱いている人間がいることを知った。
孤独ではない。
その事実だけで、俺の中の何かが少しだけ強くなった気がした。
しかし、その安堵も長くは続かなかった。翌朝、看守から告げられた言葉が、俺を再び恐怖の底へと突き落とすことになる。
「TS6、今週の金曜日、お前は審問に臨むことになった。」
審問。その言葉の持つ意味を、俺はまだ正確には知らなかった。だが、周囲の男たちの目に浮かぶ昏い期待の色を見れば、それがどれほど恐ろしいものかは、想像に難くなかった。




