第二章 手術台の朝
第二章 手術台の朝
目覚めてからの一週間、俺はほとんど言葉を発さなかった。
術後の経過観察という名目で、俺は毎日のように検査を受けた。血液を採られ、レントゲンを撮られ、まるで新しい機械の性能試験でもするかのように、俺の体は淡々と数値化されていった。個室には窓もテレビもなく、古い雑誌が数冊置かれているだけだった。時間はあるようで、実際にはなかった。検査と検査の合間に、俺は自分の輪郭が知らないものに変わっていく現実と、ひたすら向き合わされた。
一番こたえたのは、周囲の視線が変わったことだった。
技師や医師の中には男もいた。手術前、彼らは俺を単なる「症例」としてしか見ていなかった。だが今は違う。目つきに、粘つくような何かが混じるようになった。俺はその変化に、言いようのない屈辱と恐怖を覚えた。自分が「見られる対象」になったことを、否応なく思い知らされたからだ。
一週間が過ぎたある日、最初に俺を連行したスーツの男が再びやってきた。
「そろそろ入所してもらう。ついてこい。」
促されるまま歩いた廊下の先、ひとつのドアの前でスーツは足を止めた。
「この部屋に着替えが用意してある。10分で済ませろ。」
部屋にはスチール机があり、その上に紙袋が置かれていた。中には、俺が想像もしていなかったものが入っていた。詳細は省くが、それは俺という人間の尊厳を、根こそぎ奪い取るために設計されたような衣服だった。俺は歯を食いしばりながら、それに袖を通した。
10分後、ノックもなくドアが開き、スーツと数人の男たちが入ってきた。彼らの視線が俺の体を舐めまわすように動くのを、俺は初めて生々しく実感した。
「いよいよデビューだ。ついてこい。」
車に乗せられ、俺は施設の外へと運ばれていった。窓の外を流れていく景色を眺めながら、俺はある考えに取り憑かれていた。──ここから逃げ出す方法は、必ずあるはずだ。まだ何も分からない。だが、絶望の中でも、諦めるという選択肢だけは、俺は取らないと決めていた。
車は森の中で止まった。
「降りろ。まあ、精々がんばれや。」
そう言い残し、車はあっさりと走り去った。目の前には、鋭い視線をたたえた初老の女性と、両脇を固める看守が二人立っていた。
「ようこそ、××刑務所へ。ここでは囚人はすべて番号で呼ばれる。あなたは今日から『TS6』ね。」
TS6。俺の名前は、そうしてこの場所で奪われた。
施設長の部屋に通された俺は、一枚の紙を手渡された。そこに書かれていたのは、俺がこれから直面することになる制度の全容だった。
性犯罪者は全員、去勢の上で刑務所労働に処す 22歳以下の対象者は性別適合手術を受け、TS娘として1年間、特別施設に収監される TS娘には指定の衣服が与えられ、常時着用が義務付けられる TS娘は月に一度、模範囚との「審問」に処され、これに敗れた場合は相応の処遇を受ける TS娘への規則外の接触は重罪として処罰される
そこから先の詳細を、俺はこれ以上言葉にしたくない。ただ、この制度の本質だけは、はっきりと理解した。
これは更生ではない。見世物だ。
国家は「罰」と「褒賞」という言葉を都合よく使い分け、俺のような人間の体と尊厳を、囚人たちの従順を保つための道具として利用しているにすぎない。俺が犯した罪は、償われるべきものだ。それは間違いない。だが、償いという名の下に、また別の暴力が正当化されていいはずがない。
「運のいいことに」施設長は言った。「今日は月の頭。次の審問までには、まだ時間があるわ。」
俺は黙ってその紙を見つめ続けた。恐怖は消えなかった。だが、その恐怖の奥底で、俺はひとつの決意を固めていた。
──この制度の内側を、俺は誰よりも詳しく知ってやる。そして、いつか必ず、この場所の外側からこの制度を告発してやる。
それが、まだ何もできない俺に残された、唯一の武器だった。




