表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前のない女 ―更生の名の下、俺は名前と性別を奪われた―  作者: らび


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/7

第一章 黒い便り

第一章 黒い便り

20××年、俺たちの国は静かに壊れていた。

貧富の差は拡大の一途をたどり、行き場を失った若者たちは闇バイトやトクリュウと呼ばれる組織犯罪に吸い込まれていった。刑務所はどこも定員を超え、特に凶悪犯を収容する都内のとある施設では、収容者同士の諍いが絶えず、国も対応に苦慮していた。

そんな折、政府はひとつの法案を通した。「性犯罪者更生特別措置法」。表向きは厳罰化と再犯防止のための施策とされていたが、その実態を俺が知るのは、逮捕されてからのことだった。

俺は青井宏、22歳。会社員として平凡に働いていたはずだった。だが、ある夜の過ちが、俺のすべてを変えることになる。詳しくは語りたくない。ただ、俺は許されないことをした。それだけは、はっきりと言える。相手の女性に消えない傷を残した。防犯カメラの映像はすぐに俺を特定し、逮捕はあっけないものだった。

「性犯罪は厳罰化されている」──そんな話は、どこかで聞きかじっていた。去勢と重労働、そういう処罰が科されるのだろうと、ぼんやり覚悟はしていた。

だが、俺を待っていたのは、想像を絶する制度だった。

「ほう、これは中々の……」会議室に座らされた俺の前で、スーツ姿の男がじろじろと値踏みするように俺を見た。「君にはこれから性別適合手術を受けてもらう。TS施設で1年間服役してもらう。むろん法律に基づいた合法的な措置だ。」

「そんな……ふざけるな!」俺は思わず叫んだ。

「あきらめろ。君は取り返しのつかないことをした。それ相応の報いを受けるべきだ。」

男の声には迷いも罪悪感もなかった。まるで俺を、罰を与えるための素材としか見ていないようだった。屈強な男たちに両脇を固められ、俺は抵抗する間もなく連行された。

車から降ろされたのは、研究所か病院のような無機質な施設だった。エレベーターで運ばれ、机も椅子もない広い部屋の中で、ようやく拘束が解かれる。目の前には白衣の女性が立っていた。

「服を脱いで。」

その言葉から始まった一連の手続きを、俺は今でも詳しくは思い出したくない。ただ、覚えているのは、自分の体がもう自分のものではなくなっていく感覚だ。数値を測られ、写真を撮られ、まるで品物のように扱われた。やがて麻酔が効き始め、俺の意識は途切れた。

目を覚ましたとき、俺の体はもう、俺の知っている体ではなかった。

「手術は成功したわ。これからは青井宏子として、施設で1年間を過ごしてもらう。」

医師の声は淡々としていた。俺は震える手で自分の体に触れ、その変化を確かめるたびに、声にならない叫びを飲み込んだ。抵抗する気力すら、その瞬間は失っていた。

だが──それでも、俺は考えることをやめなかった。

この制度がどれほど非道であっても、俺には人としての意志が残っている。罰を受けることと、尊厳を奪われることは、本来別のはずだ。国家が「更生」と「褒賞」の名の下に、俺のような人間の体と心を好き勝手に扱う権利など、どこにあるというのか。

そのときはまだ、俺はこの疑問の答えを持っていなかった。ただ、体の奥底で何かが静かに固まっていくのを感じていた。

──いつか、この場所から出る。ただ刑期を終えるためではない。この制度そのものに、俺は一矢報いてやる。

それが、まだ何も知らない俺が抱いた、唯一の希望だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ