疑惑とシナリオ
「ねぇ、ヨーコ。今日はわたくしに付き合いなさい」
中庭を共に歩く。
王妃様は片手でレースの日傘をさし、咲き誇る薔薇の美しさを愛でている。
「忙しかったかしら」
「いいえ、最近は王様の状態も安定してきたので、メニューやレシピは他の料理人に任せています。一時はどうなることかと思いましたが、安心しました」
「ふふ、あなたはいつも正直ね」
鉛中毒という見立てがひとまず合っていて、本当に安心した。
でなければ、私は処刑されていた気がする。
今回はある意味、運がよかったに他ならない。
「聞いても良い?」
「はい」
「あなたのことを調べたのだけれど、どこにも記録がないのよ」
風の音に乗って王妃様の声が聞こえたとき、心臓が止まりそうになった。
「他国から流れ着いたのであれば、国境の門から入ってきたはずでしょう? でなければ入国ができないもの。通行記録にはどこにも残ってなかったわ」
それはそうだろう。私だって、よく分からずにここにいるんだから。
「あなたはどこの国から来たの?」
「……」
風に吹かれた金糸の髪を耳にかけながら、王妃様はなんでもないような声色で尋ねてくる。
私は、逆光で影のかかった王妃様の顔を見つめた。
本当の事を言うべきかどうか、考える。
どこの国であろうとも、この世界にいる限り、私に戸籍はないのだろう。
怪しい事この上ない。
本来であれば、私はここにいるべき人間ではないのだ。
「答えたくない? それとも、答えられない?」
先ほどまで薔薇を眺めていた王妃様の視線がこちらを向き、一歩ずつ距離を詰めてくる。
「黒髪黒目の民族は遠方の地にもいるわ。少なくともそちらの方から来たのではなくて? でも、それにしてはこの国の訛りがなさすぎるし、あなたの言葉遣いは丁寧すぎて、まるで上流階級に仕える事に慣れている人間のように思える」
遠方は遠方だろう。どれほど遠方かは想像もつかないが。
私の口調は余所行きの接客敬語なだけで、日本ではデフォルトである。
「だから、少し疑ってしまったのよ。ーーあなたが他国の諜報員なんじゃないかって」
ああ、そうか。王妃様は私の素性に目を瞑っていただけなのか。
「諜報員だと思いますか?」
するりと出た言葉は、やけに落ち着いていた。
王妃様の雰囲気がそうさせているのだろうか。
「事実だけを結びつければそう推測もできるというだけ。それに、あなたのその料理の腕も、異常なくらいだわ」
そう言って、王妃様は私の手をとる。
傷だらけで火傷だらけ。おまけに水荒れだらけの手は、お世辞にも綺麗ではないだろう。
王妃様の白魚のような手とは大違いだ。
「あなたの料理は想像もつかない。魔法のように新しいものを生み出して、それが元からあったみたいに、当然のごとく振る舞う。そしてあなたは、未知の病さえも言い当てたわね」
突然指を絡ませられて、動揺する。
告げている内容と、している行動がそぐわなくて、声にならない息が漏れた。
「私の荒唐無稽な想像の、答え合わせをさせてちょうだい、ヨーコ」
「……っ、まずは、手を……」
暗に手を放して欲しい事を伝えると、王妃様はスッと手を放した。
この人のパーソナルスペースは少しおかしいのかもしれない。
「……私のいた国は日本です。地図で言うなら、小さな島国です」
「ニホン? 聞いた事ないわ」
「そうだと思います。でも、私からしたらロアナディアという国の方が知らない国です」
「この大国の名を知らない田舎者がいるの?」
「私にも良くわかりません。気づいたらこの国にいたんです」
「拉致か誘拐?」
「そうだったらまだ分かり易かったですね」
ゲームの世界なんですよ、とは言えなかった。
目の前で生きているこの人たちを見てしまったら、言えなかった。
すると王妃様は、なんでもない世間話のように言葉を落とす。
「だったら、ーー違う世界から来た使者、かしら?」
「え……っ」
「そういえば、建国神話の中にそんな記述があったような気がするわ。“異世界より来たる使者、光とともに現れて、王国を救わん“って」
異世界からきたのは合っているけれど、光というよりなんなら夜だったし、王国を救うなんて大層なことはできないと思う。
「まあ、なんにせよ。諜報員でなく、この国に不利益をもたらさないのであれば、何でもいいわ」
答えあぐねているうちに、王妃様が飽きたようにそう言った。
「あなたが聖女なのだとしても、そうでないただの異世界からやってきた料理人だったとしても、わたくしのものであることは変わらないもの」
明言はしなかったが、王妃様の中ではそのように結論付いたのだろう。
「っあの、王妃様!」
「なぁに?」
光の降り注ぐ庭で、王妃様は美しく微笑む。
もしここが本当にゲームの世界で、この世界がゲーム通りに進むのだとしたら、ーーあなたはどのエンディングを迎えても救われない。
全ルートにおいての「悪役王妃」であるあなたは、あらゆるエンディングにおいて、“悪“として裁かれる。
でもこの数ヶ月見てきた王妃様は、確かに怖いところはあるけれど、そんな扱いを受けていい人間だとは思えなかった。
しかし、どう伝えれば良いというんだ。
私だって、はっきりとしたシナリオを知っているわけでないし、どう進むと王妃様がどのエンドを迎えるかも知らない。
伝えられないのならば、私が王妃様の結末を変えたい。
どれぐらい私がこのゲームに影響できるかはわからないけれど。
「いつか、……必ずお話しします。……待っていてくださいますか?」
「……ふふっ、縋るような声ね。嫌いじゃないわ。よくってよ、待っていて差し上げる」
王妃様はそう言ってからかうように笑い、日傘を翻して、薔薇園の中央へ進んで行く。
私は慌ててそれを追いかけた。




