表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/26

疑惑とシナリオ




「ねぇ、ヨーコ。今日はわたくしに付き合いなさい」


 中庭を共に歩く。

 王妃様は片手でレースの日傘をさし、咲き誇る薔薇の美しさを愛でている。


「忙しかったかしら」

「いいえ、最近は王様の状態も安定してきたので、メニューやレシピは他の料理人に任せています。一時はどうなることかと思いましたが、安心しました」

「ふふ、あなたはいつも正直ね」


 鉛中毒という見立てがひとまず合っていて、本当に安心した。

 でなければ、私は処刑されていた気がする。

 今回はある意味、運がよかったに他ならない。


「聞いても良い?」

「はい」

「あなたのことを調べたのだけれど、どこにも記録がないのよ」


 風の音に乗って王妃様の声が聞こえたとき、心臓が止まりそうになった。


「他国から流れ着いたのであれば、国境の門から入ってきたはずでしょう? でなければ入国ができないもの。通行記録にはどこにも残ってなかったわ」


 それはそうだろう。私だって、よく分からずにここにいるんだから。


「あなたはどこの国から来たの?」

「……」


 風に吹かれた金糸の髪を耳にかけながら、王妃様はなんでもないような声色で尋ねてくる。

 私は、逆光で影のかかった王妃様の顔を見つめた。


 本当の事を言うべきかどうか、考える。

 どこの国であろうとも、この世界にいる限り、私に戸籍はないのだろう。

 怪しい事この上ない。

 本来であれば、私はここにいるべき人間ではないのだ。


「答えたくない? それとも、答えられない?」


 先ほどまで薔薇を眺めていた王妃様の視線がこちらを向き、一歩ずつ距離を詰めてくる。


「黒髪黒目の民族は遠方の地にもいるわ。少なくともそちらの方から来たのではなくて? でも、それにしてはこの国の訛りがなさすぎるし、あなたの言葉遣いは丁寧すぎて、まるで上流階級に仕える事に慣れている人間のように思える」


 遠方は遠方だろう。どれほど遠方かは想像もつかないが。

 私の口調は余所行きの接客敬語なだけで、日本ではデフォルトである。


「だから、少し疑ってしまったのよ。ーーあなたが他国の諜報員(スパイ)なんじゃないかって」


 ああ、そうか。王妃様は私の素性に目を瞑っていただけなのか。


「諜報員だと思いますか?」


 するりと出た言葉は、やけに落ち着いていた。

 王妃様の雰囲気がそうさせているのだろうか。


「事実だけを結びつければそう推測もできるというだけ。それに、あなたのその料理の腕も、異常なくらいだわ」


 そう言って、王妃様は私の手をとる。

 傷だらけで火傷だらけ。おまけに水荒れだらけの手は、お世辞にも綺麗ではないだろう。

 王妃様の白魚のような手とは大違いだ。


「あなたの料理は想像もつかない。魔法のように新しいものを生み出して、それが元からあったみたいに、当然のごとく振る舞う。そしてあなたは、未知の病さえも言い当てたわね」


 突然指を絡ませられて、動揺する。

 告げている内容と、している行動がそぐわなくて、声にならない息が漏れた。


「私の荒唐無稽(こうとうむけい)な想像の、答え合わせをさせてちょうだい、ヨーコ」

「……っ、まずは、手を……」


 暗に手を放して欲しい事を伝えると、王妃様はスッと手を放した。

 この人のパーソナルスペースは少しおかしいのかもしれない。


「……私のいた国は日本です。地図で言うなら、小さな島国です」

「ニホン? 聞いた事ないわ」

「そうだと思います。でも、私からしたらロアナディアという国の方が知らない国です」

「この大国の名を知らない田舎者がいるの?」

「私にも良くわかりません。気づいたらこの国にいたんです」

「拉致か誘拐?」

「そうだったらまだ分かり易かったですね」


 ゲームの世界なんですよ、とは言えなかった。

 目の前で生きているこの人たちを見てしまったら、言えなかった。


 すると王妃様は、なんでもない世間話のように言葉を落とす。


「だったら、ーー違う世界から来た使者、かしら?」

「え……っ」

「そういえば、建国神話の中にそんな記述があったような気がするわ。“異世界より来たる使者、光とともに現れて、王国を救わん“って」


 異世界からきたのは合っているけれど、光というよりなんなら夜だったし、王国を救うなんて大層なことはできないと思う。


「まあ、なんにせよ。諜報員でなく、この国に不利益をもたらさないのであれば、何でもいいわ」


 答えあぐねているうちに、王妃様が飽きたようにそう言った。


「あなたが聖女なのだとしても、そうでないただの異世界からやってきた料理人だったとしても、わたくしのものであることは変わらないもの」


 明言はしなかったが、王妃様の中ではそのように結論付いたのだろう。


「っあの、王妃様!」

「なぁに?」


 光の降り注ぐ庭で、王妃様は美しく微笑む。


 もしここが本当にゲームの世界で、この世界がゲーム通りに進むのだとしたら、ーーあなたはどのエンディングを迎えても救われない。


 全ルートにおいての「悪役王妃」であるあなたは、あらゆるエンディングにおいて、“悪“として裁かれる。


 でもこの数ヶ月見てきた王妃様は、確かに怖いところはあるけれど、そんな扱いを受けていい人間だとは思えなかった。

 しかし、どう伝えれば良いというんだ。

 私だって、はっきりとしたシナリオを知っているわけでないし、どう進むと王妃様がどのエンドを迎えるかも知らない。

 

 伝えられないのならば、私が王妃様の結末を変えたい。

 どれぐらい私がこのゲームに影響できるかはわからないけれど。


「いつか、……必ずお話しします。……待っていてくださいますか?」

「……ふふっ、縋るような声ね。嫌いじゃないわ。よくってよ、待っていて差し上げる」



 王妃様はそう言ってからかうように笑い、日傘を翻して、薔薇園の中央へ進んで行く。

 私は慌ててそれを追いかけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ