嶺岡豆腐とパンナコッタ
王様は何も言わず震える手でスプーンを手にとり、スープを一口啜る。
「ーーああ、温まるな」
そう呟いて、やつれた顔に笑みが浮かんだ。
「何か爽やかな後味があるな。柑橘か?」
「はい。レモンの皮を少しだけ削って風味をつけました」
「そうか」
二口、三口、と口に運んで行く様子を見守る。
良かった。食べられそうだ。
それを見ていた王妃様も、クラムチャウダーを口に運んだ。
「あら、とても優しい味なのね」
「本来はもう少し塩味とバターのコクを加えますが、王様はまだ胃腸がお疲れですので、薄味で仕上げております。その代わり、ブイヨンやアサリ、レモンの香りがあるので、物足りなくはないかと。香りが華やかなものは、食欲をそそりますので」
「そうね、確かに食欲をそそる香りだわ」
「ありがとうございます」
王様はゆっくり時間をかけて、クラムチャウダーを召し上がった。
まさか完食なさるとは思ってなかったから、嬉しい誤算だ。
王様はまだお若いので回復力もあるのかもしれない。
その日は寝室を後にして、私は宮廷料理人とともに食材のチェックをした。
私のいなかった間に何があったかはわからないが、協力的になってくれて嬉しい。
解散したのは日付が変わる前だった。
そして翌日もスープやリゾットのようなものをメインにして、溶き卵を足してみる。
卵は栄養価が高いので、弱っているときでも元気なときでもおすすめだ。
食べられる量と固形物の量が増えてきたら、お出ししたいメニューが沢山ある。
私はこの国にどんな食材があるか全ては把握していないので、厨房のスタッフたちに教わっては、メニューを考えることに時間を使った。
食べられる、ということは良いことだ。
「料理長。葛という材料はありますか?」
「くず? どういう感じのだ?」
「植物の根っこなんですけど、そこから取れるデンプンみたいなもので」
「聞いたことないな。それで何を作ろうとしてたんだ?」
「嶺岡豆腐っていう、牛乳を葛粉で固めてプリンのようなものを作ろうと思って」
普通にプリンでもいいとは思うが、より胃腸に負担の少ない嶺岡豆腐にしようと思ったけれど、葛粉がないなら仕方ない。
「へえ、単に液体を固めたいなら、ゼラチンならあるぞ」
「ゼラチンがあるんですか⁉︎」
まあゼラチンで固めたら嶺岡豆腐ではなくパンナコッタになるけれど、それでも有難い。
嶺岡豆腐は江戸時代の千葉県嶺岡という地域で生まれた料理と言われているが、パンナコッタは19世紀初めにイタリアで生まれたデザートだ。
早速ゼラチンを用意してもらって、私は大豆をひたすら炒っていた。
大豆がカラカラになるまで炒めた後、すり鉢で粉上になるまでゴリゴリ擦る。
ミキサーがあれば楽だけど、ないので手でやるしかない。
ハァハァしながら擦っていると、ぶっきらぼうに私からすり鉢を取り上げて、男性陣が「きな粉」を作ってくれた。
感謝を伝え、牛乳と一緒にかき混ぜる。火を通しながらゼラチンも加え、しばらくかき混ぜて、プディングの型に流し込んだ。
宮殿には最新設備が揃っているので、一般家庭よりも性能のいいアイスボックスがあったので、そこで冷やし固めた。
そこでふと思い出す。
そういえば、王妃様に作ると言っていたクリームブリュレを、まだ作っていない。
ちょうどいいので、このタイミングでクリームブリュレも作ることにした。




