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厨房とクラムチャウダー


 まずは宮廷医を集めて、薬の確認をする。


 硫酸マグネシウムを下剤として投与するとのことだったので、そちらを湯浴み係にも渡し、入浴の際に使ってもらうことにした。

 点滴のことを聞くと、そう言った研究を聞いたことはあるが、人体への実証実験がない状態で王への投与はできないと言われ、こちらは諦める。


 (くだ)し止めをやめ、下剤の投薬が始まったので、部屋付きの使用人に、こまめな水分補給を頼み、経口補水液の作り方も指示した。



 そちらが終わり、今度は厨房へ向かうと、宮廷料理人たちは厳しい面持ちで控えている。

 現代日本は今でこそ明らかな男女差別は無くなったが、やはり料理人は男性が多い。そのため上下関係も厳しい。

 私の勤めていたホテルは老舗のシティホテルだったので、結構な体育会系だった。

 この人たちにとっても、ポッと出の異国の女性は、余計に警戒の的であることは、容易に想像できる。


 しかし王妃様の命令があるため、みな不満はあるが口に出せない状況なのだろう。

 殺伐としているが、こんなことは職場では珍しくない。

 気は重いが、口を開いた。


「まず現時点では食欲が落ち切っているため、流動食から始めます。最初に作るメニューはクラムチャウダーにしましょう」

「クラムチャウダー?」


 17世紀にアメリカ発祥とされているが、フランスの大鍋料理が語源とも言われている。


「はい。使う材料は、牛乳、ほうれん草、じゃがいも、人参、玉ねぎ、ブロッコリーの茎、あさりです。コンソメと塩で味を整え、薄力粉でとろみをつけます。すべて煮込みすぎなぐらいで構いません。クタクタになるまで煮込みます」


 用意してもらった食材を、まず見本を見せる形で刻んでいく。

 調理を進めながら、口では説明を続けた。

 粉状のコンソメはないので、別の人に同時進行でブイヨンを作ってもらった。


「鉛がこれ以上体内に入らないように吸収を抑制し、排出を助け、免疫を上げる食材を使ってます」


 普段はサイコロ上に切っていくが、今日はほぼみじん切りのような状態に切る。

 クラムチャウダーのレシピにほうれん草は本来入れないが、今回は栄養面を重視した。


「バターや生クリームを入れるとコクが出てリッチな味わいになりますが、脂肪分が肝臓に負荷をかけるため今回入れません。王様のお身体は脱水が心配されるので、水分を効率よく摂取できるよう、スープは今後もメニューの中に入れます」


 刻んだ野菜はすべて鍋の中で炒め、薄力粉を加える。水と調味料もこのときに追加する。

 アサリの茹で汁を加え、クタクタになるまで煮込んだら、牛乳とアサリを鍋に入れてさらに煮る。

 途中に味見を挟んで、味付けが濃くならないように調整した後、火を止めた。


 王様の分は別で取り、全員の皿に盛って渡す。

 それぞれが訝しげにスープを啜る音だけが響いたあと、誰かが「うまい……」と呟いた。


 美味しさは意識しているが、なにせ病人食だ。

 やはり普通のクラムチャウダーには、味で劣る。

 でも、このメニューなら、食欲の落ちた王様でも楽に召し上がれるだろう。

 離乳食にも使われるぐらい、お腹にも優しいメニューだ。


 王様用のメニューは私が作ったが、これからのためにいくつかのレシピは用意しておこう。

 食欲が戻ってきたら数日後から固形物を増やして行こう。


 ドキドキしながら食事を配膳台(カート)で転がし、寝室に持っていく。

 先ほどパン粥を少し召し上がっていたから、スープのみでちょうどいいだろう。


 入室すると、椅子に腰掛けた王妃様と、寝台で起き上がった王様が待っていた。

 王妃様も味見がしたいとおっしゃったので、少なめに取り分ける。



「お待たせいたしました。具沢山クラムチャウダーでございます」


 銀色のドーム型の蓋ーークローシュを開けると、出来立てのため湯気からブイヨンと磯の香りが広がる。

 その香りを嗅いだ王様の瞳に、生気が宿った気がした。



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