望みと機密事項
「……」
遥子はどう答えるかしばらく考えていた。
食事療法というものがあるけれど、あらゆる病に聞くわけではないし、あくまで医者の対処があった上での食事療法だからだ。
中国大陸の方では「医食同源」という、食事で病を防ぐという習慣はあるが、完治するとは断言できないし、その病気のモノによるだろう。
「……どなたか、体の具合が悪いのでしょうか?」
まずは話を聞くことにした。
「癒せるか癒せないのかを答えるのが先よ」
しかし、王妃様によってその道を封じられたので、沈黙ののちに答える。
「……病気の種類によります。もし風邪であるならば、免疫力をあげることを優先し、栄養価の高い食材で料理を作ります。胃腸の方に問題があれば、消化しやすいものを作り水分を多く摂らせます。壊血病の類であればやはり不足している栄養素を補う料理を与える必要があります。糖尿病の患者であれば、食事は制限食を。アレルギーの患者がいれば対応食を。噛む力が弱い患者には流動食を。と、やり方は変わりますが、必ずしもそれだけで病が良くなるという保証は、私にはできかねます。……王妃様が期待する返答が出せず、申し訳ありませんが」
申し訳ない表情を作っていると、王妃様が私の答えを聞き、残念そうな顔をした。
「やはり、そんな都合のいいものはないわよね」
おそらく誰かが病にかかっているのだろう。
王妃様がこれほど案じるということは、王族の誰かなのだろうか?
「お力になれず申し訳ございません」
「あら、まだなれないと決まったわけじゃないわ」
「え?」
「わたくし、あなたが何を言っていたのか半分も分からなかったわ。でもそれって、わたくしの知らぬ知識があなたにあるということでしょう?」
先ほどの落ち込む表情は幻かと思うぐらい、軽快な声だった。
「あなた、己というものを知らないのね。己の価値を知っているのなら、こんな風に出したりしないはずだもの」
そう言って、青い瞳をこちらに向ける。そしてより一層美しく微笑んだ。
「己の価値を知りなさい。あなたは、あんな酒場で埋れていい人間ではないわ」
あんな酒場、という発言にもやっとする。
王妃という立場からすれば、王都の端っこにあるような取るに足らない飲食店など、どうでもいい存在なのだろう。
それでも、あの酒場は私の大切な居場所だ。
「あら、少しだけ表情が変わったわね。何が気に障ったのかしら。褒めたつもりなのだけど」
テーブルを挟んで向かい合う王妃様は、部屋の隅に控えていた使用人に目配せをして、紅茶を二人分用意させた。
「まあ、時間はたっぷりあるのだから、きちんとお話をしましょう?」
香り立つ茶葉で淹れられた紅茶の湯気の向こう。どうしてこんなことになっているのかと、遥子は頭を抱えたかった。
「とりあえず、謝罪をしておくわ、ヨーコ。残念ながら、あなたに拒否権はないの。この宮殿で“誰か“が臥せっていることすら、機密事項なんだもの」
王妃は優雅な仕草で紅茶を啜る。
今度は、遥子の方から口を開いた。
「ーー王妃様は、私に何をお望みですか」
「あら、やっと聞いてくれる気になったの? 嬉しいわ」
ふふ、と可憐に微笑む王妃が、見た目だけの人間でないことはとうに理解した。
優しげに微笑んでいるだけで、全く優しくない。
私のスマイルは接客用のものだが、この王妃様の微笑みは政治用だ。
腹の探り合いや化かし合いをあまりしない遥子は、もうすでに疲れていた。
なので、用件をさっさと聞いてしまうことにしたのだ。
そして、私に尋ねられた王妃様は、小首を傾げて笑みを浮かべる。
「あなたは、私が何を望んでいると思う?」




