(5)夜明け前が一番暗い
大阪に来るのは初めてだ。東京とは違ったビルの群れと、派手な広告が私の視界を彩る。
駅員からタクシーの運転手へと案内人が変わった後、私たちが辿り着いたのはビジネスホテルだった。
「ここまで来てビジネスホテルとか!」
「国のお金だから仕方ないんじゃない?」
「朝食付きだといいねー」
エントランスで罹患者保険証を見せびらせば、VIPのようにすぐに部屋に案内してもらえた。どういうわけか、既に部屋は予約されていたらしい。夜も朝も、料理はスタッフが部屋まで運んできてくれるそうだ。
「はー、つっかれたー!」
ふかふかのベッドに思いっきり飛び込むと、私は枕を抱きしめて転がり回った。
「あー観光したいよーお腹減ったよー!」
「じゃあ今すぐ行く?」
「……あと五分ゴロゴロしてから」
柔らかい枕を抱きしめながら言うと、朝川はくすくすと控えめに笑った。
私は急に恥ずかしくなって、ベッドから起き上がりながら少しだけ朝川ににじり寄った。
「ねぇ、大阪といったらお好み焼き? たこ焼き?」
「どっちも食べに行こうよ」
「おっけい」
そう言いながら、私はテーブルに置かれた残りの駅弁を見なかったことにした。
「佐久間、親御さんに連絡した?」
「んーまだ」
私は不機嫌な声を上げながら、ぼすっとベッドにひっくり返った。それっきり、二人して無言でスマホを弄り始める。
だが、朝川が急にガバリと起き上がった。
「あー! 小雛のやつ! 今日の給食カレーだったんだって!」
「うわーそうだった! もう今すぐ大阪観光しよう! いっぱい写真送りつけてやる!」
「これでマウント取れる?」
「取れる取れる!」
慌ただしく最低限の荷物を握りしめて、テーブルの部屋の鍵を引っ掴む。そこからは朝川と競争するようにエントランスへ降りて、受付のお姉さんに鍵を押しつけて外に出た。
照りつける日差しの勢いは最高潮だ。暑いぐらいの大阪の街で、私たちはセーラー服を翻した。
思いつく限り、ネットで調べた限りのお店を回る。だけどどのお店も私たちを見て怯えるから、外で食べる時間の方が長かった。
蛍光ピンクは相変わらず存在感を放っていて、誰も近くに来てくれない。面白がってカメラを向けてくる人もいた。
私は形の崩れたたこ焼きのカケラを口に入れてから、ふと店先のお土産に目を惹かれた。
「小雛にマフィン人質に取られてるけど、お土産のちんすこうどうしようね」
「……今からでも沖縄行けばいいんじゃない?」
「行けるかな。でも帰りが遅くなっちゃうよ」
「いいじゃん。遅くなっても。帰ってこれないより」
私はつい、歩くのを止めて朝川を振り返った。
彼女は笑顔を泣きそうに歪めて私を見つめていた。それでやっと、今まで彼女に無理をさせていたことに気づいた。
「朝川」
「ごめん。新幹線の会話聞いてた」
捲し立てるように朝川は言う。
私は来た道を戻って、背中に回された朝川の腕にそっと手を置いた。
「あのね……尾北さんのお友達、新幹線の中で死んじゃったんだよ。もうどこに行っても、死ぬ時は死ぬんだよ」
「でも沖縄まで行けばさ……ここよりは死なないかもしれないしさ……ほら、きれいな海に囲まれて死ぬのもいいじゃん。こんな人ばっかりの場所なんかより絶対いいよ」
だんだんと震えてくる朝川の声を聞いていられなくて、私は勢いよく彼女に抱きついた。
本当は大阪よりも広島に行った方がいいことぐらい、私も理解していた。できるだけ地元や家族から離れた方が生存率が上がるのだから。
それでも、今年の修学旅行先に選ばれた大阪は一目でも見ておきたかった。
帰り道もあまり長くしたくない。私はずっと、一人で帰ることになる朝川がずっと心配だった。
「……お腹空いたよ。朝川」
私は空っぽになったたこ焼きの器を握りしめて、朝川の四角い肩にぐりぐりと額を押し付けた。朝川はそんな私を優しく抱きしめ返してくれる。
とん、とん、と一定のリズムで背中を叩かれて、私はぐずるような声で言った。
「もう四時間もしたら、夜になっちゃうから。沖縄はまた今度にしようよ」
「…………」
数分にも感じられる長い沈黙の後に、朝川は泣きながらやっと頷いてくれた。
致死率変動型の、突発性黒形症候群。
昔と比べて、死亡率は激減している。
しかし、感染者の大多数は、10時から夜明け前までの数時間のうちに亡くなる。
感染者の平均死亡率は、毎年70%を超えていた。




