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悪役令嬢が破滅フラグを回避しようと必死ですが、王子だけは渡しません  作者: satohiko


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第6話 転生者

授業が終わり、帰る頃には、私の予想通り空から雨が降り始めていた。

けれど、それは傘がなくてもそこまで気にならないくらいの、ポツポツとした小雨程度だった。


これくらいの雨ならヴェロニカ様だって何も仕掛けてくることはないかもしれない。そう思い、私は参考書を入れた鞄を抱え、そのまま帰宅しようと校舎の外へ出ようとした。


「アリス」


背後から、ピタリと私を狙い澄ましたかのような声がかけられた。振り返ると、そこには美しい漆黒の傘を手にしたヴェロニカ様が立っていた。


「傘を持っていないの?濡れてしまうわよ」

「……!」


来た。心臓が跳ね上がる。やはり彼女は、雨が降ったことで私をずっと待っていたのだ。私は必死に平静を装いながら、お辞儀をした。


「大丈夫です、ヴェロニカ様。これくらいの小雨なら、走って帰れば平気ですから」

「駄目よ、風邪を引いてしまうわ。ちょうど私の迎えの従者が来ているから、私の馬車で家まで送らせてちょうだい」


有無を言わせない口調だった。


やっぱり……。ヴェロニカ様は、雨の日に私に『何か』が起こることを、どうしても警戒している。

ここで素直に送られてしまっては、彼女の思う壺だ。私はなんとか辞退しようと言葉を紡ぐ。


「そんな、公爵令嬢であるヴェロニカ様の馬車に平民の私が送ってもらうなんて、恐れ多すぎます。お気持ちだけいただきますね」

「気にしないでちょうだい、私たちは『お友達』でしょう?」


ヴェロニカ様はそう言って、私の拒絶を無視してぐいと私の手首を取った。思っていたよりもずっと強い力だった。彼女は半ば強引に私の手を引き、学園の門前に停まっていた豪華な紋章入りの馬車へと連れて行った。


馬車の前に控えていた従者が、私を見て怪訝そうに頭を下げた。


「ヴェロニカ様、そちらの方は……?」

「私のお友達よ。ステラベーカリーというパン屋があるから、そこまで送ってちょうだい」

「かしこまりました」


手際よく扉が開けられ、私はヴェロニカ様に背中を押されるようにして馬車の中へと乗せられた。すぐにヴェロニカ様も向かいの席に腰掛け、扉が閉まる。パカパカと馬の蹄の音が響き、馬車が動き出してしまった。


密室のなかに、私とヴェロニカ様の二人きり。心地よいはずの革張りのシートが、今は酷く落ち着かない。


私は膝の上で拳を握りしめながら、意を決して正面の彼女を見つめた。


「ヴェロニカ様。どうして私に、ここまで良くしてくださるのですか?」

「何言ってるの。友達が困っていたら、助けるのが当然でしょう?」


彼女は完璧な淑女の笑みを浮かべてみせる。私はごくりと唾を飲み込み、心のなかで準備していた言葉をぶつけた。


「私は……本当に、ヴェロニカ様のお友達ですか?」

「そうよ。……あっ、もしかして二人きりで学園を出たから、何か意地悪でもされると思った?そんなこと絶対にしないから安心してちょうだい」

「そうですね。……だって、今のヴェロニカ様は別人ですものね」


沈黙が、馬車の中に落ちた。


ヴェロニカ様は「えっ?」と声を漏らし、信じられないものを見るかのように目を見開いた。けれど、すぐに取り繕うようにして不自然に笑った。


「どういうことかしら。まあ、以前の私と比べたら別人のように感じるのも無理ないわよね。私も昔の行いを反省して……」

「雨が降ったから、私をユリアン様と絶対に会わせないようにするために、私をこうして馬車で連れ出したんですよね?」


そこまで言うと、ヴェロニカ様は完全にぎょっとした表情を浮かべ、言葉を失った。彼女は私の顔を凝視しながら、頭のなかで激しく思考を巡らせているようだった。


やがて、おそるおそる、震える声で私に尋ねてきた。


「アリス……。もしかしてあなた、あなたも『転生者』なの……!?」

「テンセイシャ……?転生者って、生まれ変わり、ということでしょうか?」


私は首を傾げた。その単語の意味が純粋に分からなかったからだ。私の困惑した様子を見て、ヴェロニカ様はふうと肩の力を抜いて、落胆したように呟いた。


「なーんだ、違うみたいね……。じゃあどうして、私がアリスとユリアンを会わせないようにしているなんて思ったの?」

「昨日、図書館で一人でブツブツと独り言を言っているヴェロニカ様を見ました。密会イベントとか、私の好感度がどうとか、全部聞こえていました」

「……あー、聞かれちゃったの。嘘でしょ、これって何かのフラグになるのかしら。どうしよう……」


ヴェロニカ様は頭を抱え、ひどく困惑した様子で座席に身を沈めた。その姿は、高慢な公爵令嬢とは程遠い、どこか普通の中身の人間のように見えた。


「その……『フラグ』って何ですか?」

「うーん、そうねえ……。まあ、人生の『分岐点』みたいなものよ」


ヴェロニカ様はしばらく考え込んだあと、観念したように私の目を真っ直ぐに見つめてきた。


「こうなったら、あなたにも協力してもらったほうがいいわね。だってあなた、この世界の主人公なんだし」

「主人公?どういう意味ですか……?」


戸惑う私を置いて、ヴェロニカ様は衝撃的な事実を語り始めた。


「アリスの言う通り、私は本物のヴェロニカじゃないの。私はね、日本という国――つまり、ここではない全く別の異世界から転生してきた人間なのよ」


(異世界……!?だとしたら、なぜ彼女はこの世界のこれから起こることを知っているの?)

私の疑問を察したように、ヴェロニカ様は言葉を続けた。


「信じられないかもしれないけれど、この世界はね、私のいた世界では『きらめく星の恋人達』っていう名前の『乙女ゲーム』の世界なのよ」

「オトメ……ゲーム……?」


聞いたこともない単語に、私は完全に置いてきぼりにされていた。


「そう。ゲームの主人公が、アリス、あなたなの。だから私は、あなたにこれから何が起こるのか大体わかるのよ」

「私の未来が、最初から決まっていると言うのですか……!?」

「詳しくは言えないけれど、そうね。あなたの選択次第で、学園にいる攻略対象のキャラクターの誰かと結ばれるっていうストーリーなのよ」

「攻略対象……」


言葉の意味がわからず、ただ背筋が寒くなっていくのを感じた。


「だけどね、あなたがその攻略対象の誰かと結ばれるハッピーエンドを迎えると、悪役令嬢であるヴェロニカは絶対に破滅するのよ!死刑になったり、殺されたり、国外追放されたり、とにかくろくなエンディングがないの!私は自分の命がかかってるから、それを回避するために必死で動いているのよ!」


ヴェロニカ様は悲痛な声をあげた。その言葉に、嘘や悪意は感じられなかった。きっと本当に、彼女は自分の破滅を恐れて必死なのだろう。


けれど――私は、彼女の話を聞けば聞くほど、胸の奥から湧き上がる強い違和感と憤りを抑えきれなくなっていた。


「ヴェロニカ様が破滅するなんて……どうしてですか?」

「元々のヴェロニカがアリスを酷くいじめて、色んな問題を起こすからよ。そのお返しとばかりに、最後に断罪されて破滅するわ。でも私はそんなの真っ平ごめんなの。だからお願い、アリス、私に協力してちょうだい。ユリアン以外にも、ゲームに出てくる攻略対象の男の子たちを全部教えてあげるから、その人たちとはなるべく関わらないようにしてほしいのよ」


ヴェロニカ様は必死に私に詰め寄ってくる。


「協力してくれたら、私から素敵な人を紹介してあげてもいいわよ?男爵家の跡取りくらいなら、公爵家の権力ですぐにでも用意できるんだから!」

「……ちょっと、待ってください」


私は、彼女の話を冷たく遮った。


「中身が別人だとしても、私はあなたのことをヴェロニカ様と呼ばせていただきます。……ヴェロニカ様が、その、死にたくなくて協力してほしいという事情はわかりました」

「よかった!じゃあ――」


嬉しそうに身を乗り出すヴェロニカ様の言葉に、私は自分の声を容赦なく被せた。


「ですが、イベントとか、攻略対象とか、主人公とか……。あなたはいったい、どういうつもりで私たちを見ているのですか!?」

「どういうつもりって……だから、ここは乙女ゲームの世界で……」

「この世界は、私たちが必死に生きてきた現実の世界なんです!私がユリアン様を慕う想いだって、誰かに作られたゲームだからじゃないんです!」


ずっと胸を締め付けていた違和感の正体が分かった。

目の前のこの人は、この世界も、ここに生きている人間も、すべてゲームのものか何かのように話している。それが私には、どうしても許せなかった。ユリアン様が私にくれた優しい言葉も、あの温かい時間も、すべてイベントの一言で片付けられてしまうのが、悔しくてたまらなかった。


私の言葉に、ヴェロニカ様もイラついたように声を荒らげた。


「私だって急にこんな場所に転生させられて困ってるのよ!しかもよりによって悪役令嬢なんて最悪!どうせならアリス、あなたに転生したかったわよ。そしたらイケメンたちを全員侍らせて、逆ハーレムだって作れたのに……!」


その言葉を聞いた瞬間、私はゾッとした。

この人は、他の人の人格も、これまで生きてきた人生も、何一つ考えていないのだ。ただの動いている「人形」としか思っていない。


「……ヴェロニカ様が優しくなって良かったと一瞬でも思った私が馬鹿でした。私は、ヴェロニカ様のその考え方には、絶対に共感できません」

「ここまで話したのに、協力しないつもり!?私がその気になれば、あなたの実家のパン屋くらい、公爵家の力で簡単に潰せるんだからね!」


ヴェロニカ様が、思い通りにならない私に対してついに剥き出しの敵意を向けて脅してきた。


「それが、あなたの本性なんですね。私はそんな脅しには絶対に負けません!それに、そんなに簡単に何でもできるなら、どうしてわざわざこんな回りくどいことをして私とお昼を一緒に食べたりするのですか?本当に何でもできるなら、最初から私を学園から追い出せばいいじゃないですか!」

「っ……!」


ヴェロニカ様が息を呑む。


「いいの?本当にそんな生意気な態度をとって。愛しのユリアンと二度と会えなくなっても知らないわよ?」

「さっき、ヴェロニカ様自身が言いましたよね。私をいじめて問題を起こすと、最後に自分が破滅するって。あなたが私を脅したり、実家を潰したりしたら、それこそあなたの言う破滅のフラグが立つのではないですか?」

「……ッ、もういいわ!!」


ヴェロニカ様は腕を組んで座席に深く座り直す。


「私は私のやり方でやらせてもらうわ。あなた、今はユリアンのことが好きみたいだけど、これから他のキャラクターとフラグが立っても同じことが言えるかしらね。私の知っているアリスは、攻略対象の男たちだったら誰とでも簡単に恋に落ちちゃう、節操のない女なんだから!」

「私は、そんなこと絶対にありません!」


私が毅然と言い返した直後、馬車が静かに停止した。外から従者が扉を開ける。


「ヴェロニカ様、ステラベーカリーに到着いたしました」

「ほら、お家に着いたわよ。じゃあね、アリス」


ヴェロニカ様は、もう話しは終わりとばかりに、ひらひらと手を振った。


「……送っていただき、ありがとうございました」


私はそれだけを告げて馬車を降りた。扉が閉まり、豪華な馬車は水飛沫をあげて公爵邸の方へと走り去っていく。


私は雨のなかに立ち尽くしながら、走り去る馬車を見つめていた。


ヴェロニカ様が未来について何を知っていようが、私には関係ない。あんな風に、私たちの心を踏みにじるような人に、ユリアン様を渡すことだけは、絶対に嫌だ。


この世界がゲームだなんて、私は思いたくない。……けれど、もし彼女の言う通り、ここが未来の決まった世界なのだとしたら。


彼女の言う通りなら、平民の私が、第一王子であるユリアン様と結ばれる可能性ルートが、確かに存在しているということだ。


「だったら……私も私のやり方で、出来る限りのことをするわ」


私は自分の胸を強く強く握りしめた。運命に振り回されるだけのヒロインになんて、絶対になってあげない。婚約者だろうと、悪役令嬢だろうと、そのフラグとやらを回避するのはいいけど、ユリアン様だけは、何があっても絶対に渡しません。



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