第23話 創造の光
「……アリス。君の光魔法だが……それを使えば、何とかできるかもしれない」
「え……?私の……光魔法で……ですか?」
私はカイル様の言葉の意味が分からず、涙で濡れた瞳でただ彼を見つめることしかできなかった。カイル様は優しく、しかし真剣な眼差しで私の目を見つめ返してくる。
「前に君が魔力コントロールの訓練をしている時、その魔力を見て感じていたんだ。……アリス、君の魔法の本質はただの光ではなく、限りなく創造に近い」
「創造……?」
言葉の意味が、頭の中でうまく結びつかない。呆然とする私に、カイル様は静かに語りかけた。
「アストリア聖王国が誕生した際、建国の聖女がいたことは知っているね?彼女は荒れ果てたこの地を浄化し、豊かな緑を作り出し、やがて国を築いた。そしてその聖女の名『アリステラ』こそが、この国の名前の由来となっている」
(……知っている。私と名前が似ているから、図書室で伝書を何度も読んだことがあった……)
「聖女の力は光り輝くもので、彼女の強い願いに応えるように国が発展していったと言われている。僕はそれが創造魔法だったと思っているんだ。つまり……アリステラ聖女の願いそのものが、魔法だったのさ」
私はこれまで誰かを治したいとか、みんなの身を守りたい一心で魔法を使っていた。……その強い願いを、私の魔法が叶えてくれていたというの?
「アリス。君の魔法は、建国の聖女と同じ力だ。……君がユリアン殿下を生き返らせたいと心から強く願えば、ユリアン殿下は生き返るかもしれない」
「ま、マジかよ……!?死んだ人間を生き返らせるなんて、そんな魔法聞いたことねぇぞ!」
レオン様が驚愕の声を上げる。
「大丈夫だ、アリス。自分なら絶対にできると信じるんだ。そう思わなければ、魔法は発動しない」
カイル様の言葉が、私の凍りついた心に力強く響いた。
「……分かりました。やってみます!」
私は強く頷いた。
ユリアン様がもう一度目を開けて、私に微笑んでくれるなら……!私のこの身体がどうなったっていい。絶対に……絶対に生き返らせてみせる!
私はユリアン様の冷たくなった胸に両手を当て、体内の全魔力を力任せに絞り出した。
瞬間――私とユリアン様の身体が、目も眩むような黄金の光を放ち始めた。
ユリアン様の身体を穿っていた無数の凄惨な傷が、さらには破れ焦げていた服までもが、まるで時が巻き戻るかのように綺麗に再生されていく。……けれど、ユリアン様はまだ目を覚まさない。
お願い……!ユリアン様!目を開けて……っ!!
私が必死に心の中で叫んだその時、私たち二人を包み込んでいた光が弾け、天を突く巨大な光の柱となって遥か上空へと駆け昇った。
「くっ……眩しすぎる!」
あまりの圧倒的な光の輝きに、周囲にいたレオン様たちも手で顔を覆い、目を開けていられなくなる。
その時――私の両手の上に、温かく大きな手がそっと重ねられた。
「っ……!?」
ハッとして顔を上げる。
そこには――ゆっくりと瞼を開け、私を愛おしそうに見つめて微笑む、ユリアン様の姿があった。
「やあ……アリス」
「ユリアン様ぁぁぁ……っ!!」
私の目から大粒の涙が溢れ出た。私はユリアン様の手を、両手でしっかりと握りしめる。
ユリアン様はゆっくりと上半身を起こすと、涙で顔をくしゃくしゃにしている私を、優しく見つめ返してくれた。生存の喜びに胸が震え、私は泣きじゃくることしかできない。
すると次の瞬間――ユリアン様がそっと顔を近づけ、私の唇に静かに自分の唇を重ねた。
「……っ!?」
やがて天を突いていた光の柱が静かに消え去り、周囲の眩しさが収まっていく。皆が恐る恐る目を開けた。
「ユリアン殿下っ!?本当に……本当に生き返ったのか!?」
レオン様が驚天動地の叫び声を上げる。
「何だかよく分からないが……終わったみたいだな」
ユリアン様は何事もなかったかのように呟き、すっと立ち上がった。
突然唇を奪われた私はというと、地面にペタリと座り込んだまま、顔を真っ赤にしてボーッと一点を見つめることしかできずにいた。
「おい平民!いや……アリス!お前、マジで凄まじいな!?」
ノア君が興奮気味に駆け寄ってくる。
その時、カイル様が私の肩をポンと優しく叩き、こっそりと耳元で囁いた。
「良かったね、アリス。好きな人とキスができて」
「っっ!?」
一瞬で顔が爆発しそうなほど熱くなる。至近距離にいたカイル様には、バッチリと見られていたのだ。
「カ……カイル様ぁ……っ!」
動揺して固まる私に、カイル様は口元に人差し指を立て、悪戯っぽく微笑んだ。
「大丈夫。他の皆には見えていなかったよ」
「アリス。ありがとう……君に助けられたんだね」
ユリアン様が振り返り、私に微笑みかける。
「へっ!?……あ、いえ!私こそ……ユリアン様が私を庇って死んでしまった時は、もう本当にダメかと……っ」
「これで……本当に全部終わったんだな」
レオン様が安堵の溜め息を吐く。
「いや、まだだ。……こいつをどうにかしないとな」
ノア君が険しい視線を向けた先には、影によって全身と口を固く縛られ、呻き声を上げているヴェロニカ様がいた。
「ヴェロニカの口を解いてくれ」
ユリアン様の指示で、ミハエルさんがヴェロニカ様の口を覆っていた影を解除する。
「ユ、ユリアン様……っ!私が間違っていましたわ!貴方に酷いことをしてしまって……本当に、本当にごめんなさい!」
口が開いた瞬間、ヴェロニカ様は涙を浮かべて必死に命乞いをした。だが、ユリアン様は氷のように冷ややかな瞳で彼女を見下ろす。
「謝るなら、俺ではなくアリスにだろう」
そう言われたヴェロニカ様は、一転して憎悪に満ちた目で私を睨みつけてきた。
私は息を呑みながらも、逃げずに毅然とした態度でヴェロニカ様の前に立った。
「ヴェロニカ様。……貴女は、決してやってはいけないことをしました。私は……絶対に貴女を許せません」
「私を見下ろして良い気分かしら!?ただの平民の分際で……許さないからって何だと言うのよ!」
「……全然反省していないね」
カイル様が心底呆れたように肩をすくめる。
「生き返ったとはいえ、殿下を殺害した罪は重いぞ。死罪は確定だな」
レオン様が吐き捨てた言葉に、ヴェロニカ様の顔色が真っ青に変わった。
「死罪……!?そ、そんな!ちょっと待ちなさい!……分かったわ、謝るわよアリス!私たち……友達でしょう!?」
手のひらを返して必死に縋り付こうとする彼女に、私は静かに告げた。
「貴女はゲームの知識を持っているのでしょう。……悪役なら、悪役らしく最後まで貫いてください」
「アリス、もういい。……ヴェロニカの処遇は俺がする」
ユリアン様が私を優しく制し、ヴェロニカ様の前に進み出た。
「ヴェロニカ……君にこの魔法を使わなければならなくなるなんて、思ってもみなかったよ」
そう呟くと、ユリアン様は静かにヴェロニカ様へ向けて手を掲げた。
「!?ユリアン様……!?そ、それは……やめてください!お願いですからっ!!」
ヴェロニカ様が、これまでにないほど怯えた顔で懇願する。その異常な拒絶ぶりに、私は思わず息を呑んだ。
ユリアン様の魔法……?どんな魔法なのかは分からないけれど、あのヴェロニカ様の怯え方は尋常じゃない……。
「ヴェロニカ……君に命令する。――誰から何をされようとも、絶対に逆らうな」
ユリアン様が静かに告げた瞬間、彼の手から眩い光が放たれ、ヴェロニカ様の胸元へと吸い込まれていった。
「あぁぁぁぁぁっ!?ユリアン様ぁぁぁっ!!」
ヴェロニカ様が狂ったような悲鳴を上げる。
今のが……魔法?
「ミハエルと言ったね。もう魔法で縛る必要はないよ。彼女は……自分の意志で逃げることはできないから」
ミハエルさんが闇の縛りを解くと、ヴェロニカ様はなりふり構わずその場から立ち上がり、逃げ出そうとした。
「ヴェロニカ。止まれ」
ユリアン様の低い声が響いた瞬間、ヴェロニカ様の身体がピタッと岩のように固まり、動かなくなった。
「い、嫌……っ!ユリアン様!お願いします……魔法を解いてくださいっ……!」
ピクリとも動けないまま、ヴェロニカ様が涙を流して懇願する。
「一度かけた魔法は、もう俺にも解くことはできない。これだけのことをしたんだ……これからは全人生を賭けて、すべての人々に罪を償うといい」
ユリアン様は一瞥もくれずに言い放った。
「あれが……ユリアン殿下、いや王族の持つ『絶対強制魔法』だよ。命じられたことには、どんなことであっても絶対に従うことになる。自身の意志で拒否することは不可能だ」
カイル様が静かに解説してくれる。
「なっ!?そんな強力な魔法、使えるなら最初から使えば良かったじゃねえか!」
ノア君が不満そうに叫ぶが、カイル様は首を振った。
「これだけ強力な魔法だ……当然、制約や代償が果てしなく大きいのさ」
「そうだね。俺のこの魔法はアストリア国内でしか効力を発揮しない。そして……生涯で一度きりしか使えないと言われている」
ユリアン様が淡々と説明する。
「一度……では、もう二度と魔法は使えないのですか?」
フェリクス様が尋ねると、ユリアン様は頷いた。
「ああ、王族は一度失った魔力を自力で回復させることができないからね。それがこの魔法の代償だ。使えば二度と魔力は戻らない。だからこそ、父上である国王の許可なく使用することは厳しく禁じられてきた」
「へぇ……話には聞いていたが、すげぇんだな。……でもそれってさ、アリスが回復させればいいんじゃないのか?」
レオン様が何気なく口にした一言に――。
「え?」
一斉に、全員の視線が私に集まった。
「え……っ!?」
急に注目を浴びて、私は思わず後ずさる。
「や……、やって……みますか……?」
戸惑いながらユリアン様を見上げると、ユリアン様も少し驚いたように胸を突かれ、ゆっくりと頷いた。
「あ、ああ……できるなら」
私は緊張で震える手をユリアン様の胸元にかざし、そっと光魔法を流し込んだ。
すると――まるでカラカラに干からびた大地に清流が流れ込むように、ユリアン様の体内に途方もない魔力が一瞬で満ちていくのを感じた。
「なっ……!?魔力が……完璧に戻った……!?」
ユリアン様が信じられないといった様子でご自分の手を見つめる。
「げぇぇっ!?こんなの……最強の2人の誕生じゃねえか!!」
ノア君が顔をひきつらせて絶叫した。
「……本当に、君たちはお似合いかもしれないね」
カイル様が半ば呆れ、半ば感心したように微笑む。
私とユリアン様は顔を見合わせ、気恥ずかしさに思わず顔をほころばせながら、照れくさそうに笑い合ったのだった。




