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悪役令嬢が破滅フラグを回避しようと必死ですが、王子だけは渡しません  作者: satohiko


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第21話 絶望の中で

「ヴェロニカ様……!?どうして……!?」


あまりの光景に、私の口からは掠れた声しか出なかった。上空の黒竜の頭上から、ヴェロニカ様は冷ややかな眼差しで私を見下ろしている。


「馴れ馴れしく私の名前を呼ぶんじゃないわ。……こっちは今すぐにでも貴女を殺してしまいたいのを、必死に我慢しているのよ?お黙りなさい」

「っ……!?」


息が止まった。……違う。この肌を刺すような刺々しい空気、歪んだ威圧感。今まで私と接していた、あの転生者だった彼女じゃない……!まさか、元の本物のヴェロニカ様に戻ってしまったの……!?


「ヴェロニカ!どういうことだ!なぜそんな恐ろしいドラゴンに乗っている!?」


ユリアン様が叫ぶ。ヴェロニカ様はくすりと艶やかに微笑んだ。


「あら、ユリアン殿下。いくらゲームの中とはいえ、そのような平民女にうつつを抜かす貴方を見ていられませんでしたの」

「何を言っているんだ……!そのドラゴンは君が連れてきたのか!?」

「ええ。マグマの火口に封印されていたものを、私が解放して差し上げましたわ。今は私の、とっても従順なペットですけれど」

「マグマの中に……!?そんな場所に封印されていたものを、一体どうやって……!?」


カイル様が驚愕の声を上げる。ヴェロニカ様は愉しそうに首を傾げた。


「ゲームの知識さえあれば容易いことですわ。操り方までご丁寧に設定が存在するのですから、使わない手はありませんでしょう?」


(ヴェロニカ様は……転生者の知識を持ったまま、元の意識を取り戻したっていうの……!?)


「――さて、お喋りの時間は終わりですわ。さあ……アリス・ステラ。これから貴女を殺します。死にたくない者は、今すぐこの場から逃げ出すことですわね!」


ヴェロニカ様の声と同時に、黒竜が天を突くような凄まじい咆哮を上げた。


空気を震わせる地鳴りのような爆音に、校庭にいた生徒たちは悲鳴を上げて一斉に逃げ出し始めた。恐怖で腰を抜かした生徒も、必死に地面を這いながら逃げていく。


やがて周囲の雑踏が消え去り、私の周りに残ったのは――ユリアン様、レオン様、カイル様、ノア君、そしてフェリクス様の五人だけだった。


「あら……貴方たちは逃げないのね。やっぱり全員、その平民女の言いなりになってしまったのかしら」

「ヴェロニカ……!君はアリスと友達だったのではないのか!?」


ユリアン様の叫びに、ヴェロニカ様は心底不快そうに顔を歪めた。


「友達……?ふん、いくら身体を乗っ取られていたとはいえ……わずかでもその女と仲良くしていたかと思うと、吐き気がしますわ!」

「ユリアン様……!今のヴェロニカ様が、本当のヴェロニカ様なんです!私は学園に入学してからずっと、彼女にいじめられていて……!」

「それにしては仲が良さそうに見えたけどな……っ!」


ノア君は以前ヴェロニカ様にノア君と友達になってと言ったときの私とヴェロニカ様のやりとりを見ている。そのときに仲が良さそうに見えたのかもしれない。


「それは……っ!今事情を説明している時間はありません!この場をどう乗り切るか考えないと……!」

「だけどよ!あんな高さを飛ばれてちゃ、俺たちの攻撃も届かねえぜ!」


レオン様が歯噛みした、その瞬間――。


頭上のエンシェントドラゴンが大きく口を開き、眩いばかりの熱量を秘めたブレスを放った。真っ直ぐ私に向かって突進してくる極太の火炎。


「くっそ!!」


ノア君が咄嗟に両手を突き出し、極大の結界魔法を展開した。


ドォォォォンッ!!と、耳を刺す激しい衝撃音が響き渡る。結界がブレスを受け止めるものの、その凄まじい圧力が結界内部にいる私たち六人にまで重く伝わってきた。


ピキ……ピキピキッ……!


「クソッ!ダメだ……持たねえ!!」


ノア君の額から血のような汗が噴き出す。透明な結界に亀裂が走り始めていた。


「ノア!正面から受け止めるな!軌道を逸らせ!」


カイル様の叫び声に、ノア君は血走った目で結界の形状をドーム型から鋭利なピラミッド型へと急速に変化させた。


ズザザァァッ!と斜面を滑るようにブレスの軌道が曲がり、直撃を免れた火炎が学園の校舎上空へと突き抜けていく。


「はぁっ……はぁっ……!」


ノア君がその場に膝をつき、結界が破散した。今の一撃を防ぐために、彼はほぼ全ての魔力を使い果たしてしまったのだ。


「ノア君!大丈夫ですか!?今、回復を――」

「アリスさん、危ない!!」


フェリクス様の悲鳴のような制止の声が響く。


見上げると、ヴェロニカ様の手から放たれた無数の『火の矢』が、雨のように私へ向かって降り注いでいた。魔力切れのノア君に結界は張れない。他の皆も、先ほどのブレスを防ぎ切った安堵で一瞬気が緩み、身体が動いていなかった。


「アハハハハ!死になさい、アリス!!」


高笑いするヴェロニカ様の声。

ダメだ――死を覚悟し、恐怖で目を閉じた瞬間。


ドスッ!ドスドスドスッ!!


鈍い衝撃音が目の前で弾けた。


恐る恐る目を開けた私の視界に飛び込んできたのは――私を庇うように立ち塞がり、全身に無数の火の矢を受けたユリアン様の背中だった。


いくつもの炎の矢がユリアン様の身体を深く貫き、私の目の前で止まっている。やがて火の矢は形を失い、煙を上げて燃え尽きていった。


「け、怪我はないかい……?アリス……」

「ユリアン様ぁぁぁっ!?」


叫ぶ私の目の前で、ユリアン様は力なくその場に崩れ落ちた。貫かれた衣服の隙間から見える傷口は、恐ろしい熱で黒く焦げついている。


「ユ、ユリアン様……!い、今……治しますからっ!」


慌てて傷口に手をかざすものの、ボロボロになったユリアン様の姿を見たショックで手が激しく震え、うまく魔法が発動しない。


「アリス!しっかりしろ!お前しかユリアン様を助けられないんだぞ!!」


レオン様の叫びが聞こえる。けれど、激しい動揺で魔力コントロールが崩壊し、掌から溢れる弱々しい光魔法では、無数にある傷口の一つを塞ぐことすら満足にできなかった。


こんなことなら……もっとカイル様の訓練を真面目にやっておけば良かった……!どうして……どうして魔法が出ないの!?


「……アリス」


血を吐き出しながら、ユリアン様が弱々しく私の手首を握った。


「ヴェロニカの……狙いは君だ……。早く……逃げるんだ……」

「ユリアン様!喋らないでください!心臓の近くまで貫かれているんです……早く治さないと……っ!」


溢れ出る涙で視界が歪む。必死に光を注ぎ込もうとするのに、傷は一向に塞がらない。


「……あの時」


ユリアン様が、遠い目をして微かに微笑んだ。


「君が俺に……好意を持ってくれていると言ってくれた時。……実は、すごく嬉しかったんだ。……だけど、君の本当の気持ちに気づいてあげられなくて……すまなかったね……」

「ユリアン様……!嫌です、そんなこと言わないで……!」

「……あ……り……」


ユリアン様の手から、すっと力が抜けた。


ゆっくりと瞼が閉じられ、二度と開くことはなかった。胸の上下も、微かな息遣いも……すべてが途絶えてしまった。


「ユリアン様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


静まり返った校庭に、私の引き裂かれるような叫びが響き渡る。


「そんな……ユリアン殿下が……!?」


カイル様が絶句し、膝から崩れ落ちた。


上空からそれを見下ろしていたヴェロニカ様は、心底退屈そうに息を吐いた。


「あら……ユリアン様が死んでしまいましたの?まあいいわ、ユリアン様の魔法は何かと厄介でしたから、先に死んでくれて好都合ですわ」

「……っ!!ヴェロニカぁぁっ!!お前、婚約者じゃなかったのかっ!!」


激昂したレオン様が剣を抜き、瞳に怒りの炎を宿して叫ぶ。


「私を呼び捨てにするなんて、不敬ですわねレオン。……婚約者だろうが何だろうが、私の邪魔をする者に価値などありませんわ。私に必要なのは、従順な下僕だけですの」

「随分と傲慢なのですね。そんなあなたには、誰もついていきませんよ」


フェリクス様が氷のように冷たい眼差しでヴェロニカ様を睨みつける。


「心配しないで。貴方たちも要りませんわ。……全員、ここで死になさい!!」


ヴェロニカ様の冷酷な宣言とともに、エンシェントドラゴンが再びその巨大な顎を開き、先ほど以上の熱量を腹の底に溜め込み始めた――。


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