第17話 フラグの気配
「魔力が乱れているよ。もっと集中して」
「は、はい!すみません……!」
カイル様の冷ややかな声が頭上から降ってきて、私は慌てて手元の魔力を整え直した。
(昨日、カイル様との接触は気をつけようって決めたばかりなのに……!)
心の中で深くため息をつく。今日の授業は、高魔導学科の特級クラスと、私の所属する魔導学科Bクラスの合同だった。以前、騎士学科との模擬戦で魔力暴走を起こした生徒が出たため、Bクラスは魔力コントロールが著しく欠けているとみなされ、特級クラスの生徒から直接指導を受けることになったのだ。
そして運の悪いことに、私はカイル様が指導する班に振り分けられてしまった。……フェリクス様も同じ班だ。
「フェリクス様は優秀だね。魔力を一定にコントロールできている」
「ありがとうございます。ですが、この魔力を維持できているのはアリスさんのおかげですよ」
フェリクス様が微笑みながら、風魔法で大きな鉄球を浮かせ、空中でピタッと静止させていた。
……というか、カイル様の考案した『魔力コントロールの訓練』は、ハッキリ言ってめちゃくちゃだった。
属性ごとに理不尽な課題が課されているのだ。火属性の人は「水を沸騰させ、すべて蒸発するまで火を出し続けること」。水属性は「水の入ったバケツを逆さにして、中の水がこぼれないように魔力で形を維持すること」。魔力が少なくても多くても駄目で一定の力でコントロールしなければならない。
カイル様の班に配属された5人の生徒のうち、その異常な課題に耐えかねて3人が早々に脱落していった。
そんな中、私に与えられた課題は「班全員が魔力切れを起こさないよう、広範囲の魔力回復力を一定量に保って付与し続けること」。一人残ったフェリクス様への魔力供給を維持しているが、一定の出力を保ち続けるのは想像以上に神経を削られる作業だった。
「よし、一度休憩にしようか」
カイル様が声をかけると、フェリクス様は浮かせいていた鉄球を静かに地面へ降ろした。私も光魔法を解除し、深々と息を吐き出す。
「面白い訓練でしたね。しかし、属性ごとによく考えられています」
「本当は、土魔法で作った容器に水を入れて、風魔法で浮かせて逆さにする。こぼれそうになる水を水魔法で留めつつ、火魔法で一気に蒸発させる……という、グループで行う課題を予定していたんだけどね。まさか魔導学科Bクラスが、これほどまでにできないとは思わなかったよ」
カイル様が容赦のない言葉を言い放つ。
「そんなこと……カイル様しかできませんよ!」
「カイルさんは、どのような魔法を使われるのですか?」
フェリクス様が興味深そうに尋ねると、カイル様は淡々と答えた。
「僕は火、水、風、土の四属性魔法を使えるよ」
そう言うやいなや、カイル様は先ほど説明した課題をたった一人で実践してみせた。
土魔法で一瞬にして器を作り、その中に水を張り、風魔法で浮かせてひっくり返す。水魔法で一滴もこぼさぬよう保持すると、最後に火魔法を一閃。水は一瞬にして蒸気となって消え去ったが、土魔法で作った器にはヒビもなく燃えた跡もついていなかった。
「すごいですね……!四属性を使いこなすだけでなく、同時に発動させるなんて……」
フェリクス様が本気で感心した声を漏らす。
「それだけじゃないんです。カイル様はそれらの基本属性を複合させて、新しい魔法を作り出すこともできるんですよ」
私が補足すると、カイル様はどこか物足りなさそうに首を振った。
「それでも、君のような特殊な光魔法や闇魔法を生み出すことはできないけれどね」
「へえ……ゼノヴィアでも二つ以上の属性魔法を使える者は存在しますが、そこまでの領域には達していませんよ。さすがは『天才魔導士』と呼ばれるお方ですね」
「その呼ばれ方は好きじゃないんだけどね。……僕では治せなかった魔力欠乏症を、アリスは簡単に治してしまったんだから」
「魔力欠乏症を!?」
フェリクス様が驚愕したように目を見開き、私を注視した。
「は、はい……先ほどの魔力コントロールのように、対象の魔力回復力を一時的に飛躍させ、自己治癒力を高めることで治療できます」
「それは……!」
「ですが、まだ完璧にコントロールできるわけではないので、勉強中なんです」
私が言葉を濁すと、カイル様が真っ直ぐな瞳で私を見つめてきた。
「それなんだが、アリス。僕は今、君の光魔法と同じ特性を持つ魔力を人工的に生成できないか研究しているんだ。君も僕の研究を手伝ってくれないかい?」
「私が……カイル様のお手伝い、ですか?」
「素晴らしいですね!それが実現すれば、アストリア聖王国の魔力欠乏症の人々が救われます。いずれはゼノヴィアにも、その恩恵を預かりたいものです」
フェリクス様も称賛の声を上げる。
気持ちとしては、今すぐにでも協力したい。魔力欠乏症で苦しむ人たちを助けられるのなら、こんなに嬉しいことはない。……けれど。今、感情だけで動くのはあまりにも危険な気がする……。
私の選択によってヴェロニカ様の企み通りシナリオが進み、最終的にユリアン様が命を落とすバッドエンドへと向かってしまうかもしれない。
胸を締め付けられるような痛みを抱えながら、私は意を決して頭を下げた。
「……カイル様。大変申し訳ございませんが、お断りさせていただきます」
「……ダメかい?まあ、無理にとは言わないけれど……理由を聞いてもいいかな?」
「それは……言えません。ただの、私のわがままです」
申し訳なさで消え入りそうな声で答える。
「アリスさんなら、きっと喜んで協力すると思ったのですが……」
フェリクス様も少し意外そうに呟いた。
ただのわがままで研究を拒むなんて、二人からは幻滅されたかもしれない。けれど、私には絶対に死なせたくない大切な人がいる。いつかユリアン様の安全を完全に確認できた時には、自分からカイル様に頭を下げて手伝わせてもらおう。
カイル様はしばらく私を見つめていたが、やがてフッと息を吐いた。
「わかった。今日の君の魔力コントロールを見て、分かったこともある。僕一人で研究を続けてみるよ」
「本当に……申し訳ございません」
「謝る必要はないよ。魔力欠乏症の研究だって、元々は僕の個人的な理由で始めたことだからね」
◇◇◇
休憩が終わり、生徒の脱落に伴って班の再編成が行われた。
気まずかったカイル様の班から離れられたことにホッとしたのも束の間――。
「はぁ〜〜!?なんでお前と同じ班なんだよ!」
目の前で盛大に嫌そうな顔をしたのは、ノア君だった。
カイル様とノア君の二人からは距離を置こうと思っていたのに、結局二人ともしっかり関わることになってしまうなんて……。
思わずガックリと肩を落とすと、ノア君が眉を吊り上げた。
「なんだよその顔は!俺だってお前と一緒とかゴメンだぜ!」
「あ、すみません!そういうつもりじゃないんです!」
「あれ?ノア。さっき、うちのクラスはレベルが低いから、アリスみたいに自分のレベルに合うやつと組ませろって言ってなかったか?だから特待生同士の班にしてあげたんだぞ?」
指導係の特級クラスの生徒が、不思議そうに口を挟んだ。
「ばっ、バカ!?変なこと言ってんじゃねえよ!」
ノア君が顔を真っ赤にして狼狽する。私はジト目で彼を見つめた。
「ノア君。周りを煽るようなことはしないようにって、言いましたよね?」
「はあ!?煽ってねえし!事実を言っただけだ!俺の結界魔法を破れる奴なんて、このクラスにはいねえからな!」
威張るノア君に対し、特級クラスの生徒が苦笑しながら言った。
「確かに君の魔法は一見完璧に見えるが、明確な弱点もあるぞ」
「弱点だあ?どうせ複数同時に発動できないとか結界内は無防備になるとかだろ?」
「それだけじゃない。試しに俺が見せてやろうか?」
「へえ、面白いじゃねえか。やってみろよ!」
ノア君は煽りに乗り、即座に自分自身へ球体の結界魔法を展開した。
特級クラスの生徒が風魔法を詠唱すると、ノア君の周囲に激しい風の渦が発生した。しかし、風は結界の表面に弾かれ、内部のノア君には届かない。
「はっ!全然効かねえぜ!」
「……そうかな?」
直後、風の勢いが増し、結界ごとノア君の身体が宙へと浮き上がり始めた。
「なっ!?」
「こうして結界ごと持ち上げれば、遥か遠くまで吹き飛ばすこともできる。ここは屋内だからやらないけれどね」
特級クラスの生徒が風を解くと、ノア君の結界がドスンと床に落ちた。
「だ、だから何なんだよ!飛ばされたって俺には何のダメージもねえよ!」
「吹き飛ばされた先が、海の中や火山熱のマグマの上でもかい?」
「そこまでできる奴はいねえだろ!それに海だろうがマグマだろうが、結界でガードできるぜ!」
見かねた私は、ノア君に向かって溜め息を漏らした。
「ノア君……たぶん、彼の言いたいことは違いますよ」
「何だよ偉そうに!何が言いたいってんだよ!」
「ノア君の結界魔法は物理攻撃や魔力を遮断できますが、空気や熱気までは遮断できませんよね?」
「なっ……」
「海の中に沈められれば、濡れはしなくても空気がなくなって窒息します。マグマの上に落とされれば、直接触れなくても熱気で焼き尽くされます」
「っ……!だ、だったら、そうなる前に相手を結界に閉じ込めちまえばいいだろ!」
「相手の魔力が君より低ければね。だが、君より魔力が高ければ、結界そのものを内側から破られるぞ」
「じゃあやってみろよ!」
ノア君はヤケクソ気味に、特級クラスの生徒へ結界魔法を放ち、彼を閉じ込めた。
「ちょっと、ノア君!?やめてください!」
止めようとした瞬間――パシィンッ!!と甲高いガラスの割れるような音が響いた。
特級クラスの生徒が結界の内部で風魔法を急激に膨張させ、内圧を高めることで内側から強引に結界を破壊したのだ。
「っ!?」
ノア君は絶句し、声も出せずに目を丸くしていた。
「特級クラスを舐めないでくれよ。すごいのはカイルだけじゃないんだぞ」
圧倒的な実力差。ノア君が絶対の自信を持っていた結界魔法が、こうもあっさりと破られてしまうとは。
「とはいえ、君たち特待生には期待しているんだ。自分の力を過信せず真面目に取り組んでいれば、すぐに特級クラスへ上がれるはずさ。高魔導学科の特級クラスは、身分よりも実力を正当に評価するからね」
「……チッ、わかったよ」
完璧に鼻をくじかれたノア君は、さすがに観念したように不服そうに頷いた。
私は深く胸を撫で下ろし、自分の課題である魔力コントロールへと意識を集中させたのだった。




