第16話 告白
「お前と勝負だって!?」
レオン様が不審そうに眉をひそめ、不思議そうな声を上げた。私は慌てて二人の間に割り込んだ。
「フェリクス様!レオン様は学園一と言われるくらいの凄腕なんです!勝負なんて……!」
「学園一……。へぇ、すごいんですね」
フェリクス様は感心したように頷くだけで、まったく気後れする様子を見せない。レオン様は頭をポリポリとかきながら、気まずそうに言った。
「さっき女みたいだって言ったこと、怒ってるのか?悪かったな、気を悪くさせたなら謝る」
「いえ、それはもういいんです。学園一というあなたの強さがどのくらいなのか、純粋に興味が湧きました」
「大した自信だな。面白い。だけど、試合ってことになると先生の許可をもらわないとな。今日の放課後、この修練場でやろうぜ!」
「わかりました。楽しみにしていますね。……では行きましょう、アリスさん」
フェリクス様はすっと踵を返し、修練場を後にした。
(どうしよう……大変なことになってしまったわ……!)
歩幅を合わせて隣を歩きながら、私は胃が痛む思いだった。華奢で儚げな見た目に反して、フェリクス様は意外にも好戦的なのだろうか。けれど、留学初日から怪我でもされたら、それこそアストリアとゼノヴィアの国家間の問題になりかねない。
私のただならぬ心配が伝わったのか、フェリクス様はふわりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。僕、意外と自分の強さには自信がありますので。それに……もし怪我をしても、アリスさんが治してくれますよね?」
「〜〜っ!もう、無茶はしないでくださいね!」
(目を離すと何をするか分からない、ほっとけない人だわ……)
◇◇◇
そして放課後。静まり返った屋内修練場に、レオン様、フェリクス様、そして私が入ってきた。
「ルールを説明するぞ。一対一の試合方式で、制限時間は十分。降参するか、着用している防具の防護魔法が破壊されたら負けだ。フィールド内で行うから魔法も使い放題。時間内に勝負がつかなければ引き分け。これでいいか?」
「ええ、いいですよ」
「アリスはフィールドの外で見ていてくれ。そこなら魔法が飛んでくることはないから安全だ」
レオン様が修練場の四隅に魔道具を設置する。ノア君が使う結界魔法の簡易版のような魔道具が作動し、二人が立つ中央エリアに透明なフィールドが張られた。
「さあ、やろうか!」
レオン様が模擬戦用の木剣を構える。対するフェリクス様も、静かに木剣を構えた。
――試合開始の鐘が鳴る!
直後、レオン様が凄まじい踏み込みで正面から突っ込み、上段から剣を振り下ろした。
ゴオンッ!!と激しい打撃音が響く。
フェリクス様は身を退くことなく、その一撃を正面から木剣で受け止めていた。
「やるな!てっきりかわすかと思ったが、俺の剣を正面から止めるとは!」
「この程度なら、ゼノヴィアではお稽古の範疇ですよ」
「まだまだ、これからだぜ!」
レオン様の猛攻が始まった。激しい剣戟の音が連続して修練場に響き渡る。フェリクス様は巧みに剣を受け、受け流し、かわしながらフィールド内を縦横無尽に動き回った。
「剣の腕は、確かにあなたの方が上かもしれませんね」
「魔法を使ってもいいんだぜ!」
「では……お言葉に甘えて」
フェリクス様の雰囲気が一変した。彼が踏み出した瞬間、移動速度が急激に跳ね上がる。まるで空間を滑るような速度でレオン様へと肉薄し、横一文字に剣を薙ぎ払った。
「くっ……!」
寸前でレオン様が剣を滑り込ませ、防ぐ。
「当たったと思いましたが……いい反応ですね」
「身体強化か?いや、違うな……それにしては剣筋が軽すぎる」
レオン様が違和感を口にした時、私の目には見えた。フェリクス様の足元に、かすかな黒い渦のようなものが巻いているのを。
瞬間、フェリクス様は何かに強く引っ張られるように、一瞬で遥か後方へと跳んで距離を取った。体に特殊な風をまとわせ、その推進力で超高速移動を行っているのだ。
「風魔法か?黒い風というのも珍しいな」
「あなたも魔法を使っていいんですよ?」
「ああ、言われなくてもそのつもりだぜ!」
レオン様が体に魔力を巡らせ、身体強化を施す。
そこにフェリクス様が仕掛けた。
黒い風を纏い、一瞬でレオン様の背後に回り込んで剣を振り下ろす。しかし、身体強化を行ったレオン様の反応速度も跳ね上がっていた。即座に振り返り、フェリクス様の剣を力任せに弾き返す!
「ハッ!」
体制を崩し、ガラ空きになったフェリクス様の胴体へ、レオン様が強烈なタックルを叩き込んだ。
「くっ……!」
フェリクス様の華奢な体が吹き飛ばされ、床を転がる。彼が立ち上がろうと身を起こした瞬間、その目の前にレオン様の木剣の先が突き付けられていた。
「……降参です。さすが学園一と言われるだけあって、強いですね。一撃も当てられませんでした」
「フェリクスだったか。お前も大したものだぜ!気に入った、また試合しようぜ!」
「ええ、喜んで」
二人は笑顔でお互いに手を握り合った。吹っ飛ばされはしたものの、着ていた防具の防護魔法のおかげでフェリクス様に怪我はないようだ。私は胸を撫で下ろした。
結界が解除され、防具を外し始めた二人の元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか!?どこか痛むところがあれば言ってください、すぐに治しますから!」
「心配するな、そんなヤワじゃねぇよ。な、フェリクス?」
「そうですね。せっかくなんだから怪我をして、アリスさんに治してもらいたかったのですが……残念です」
フェリクス様が心底惜しそうに息を吐く。その様子を見たレオン様が、ふと口を開いた。
「なんだお前、アリスのことが好きなのか?」
「ええ、好きですよ。今日会ったばかりですが、すごく魅力的な女性だと思いました」
「〜〜〜〜っ!?」
急で、あまりにも堂々と、真っ直ぐ言われて私の頭は真っ白になった。
「そうか!俺もアリスのこと好きだぜ!なんて言ったって、俺の全力の剣を受け止められる女はアリスだけだからな!」
「な、何を言っているんですかお二人とも!?私なんて、そんな……!」
両手をブンブンと振って全力で否定する私に、修練場の入り口から声がかけられた。
「フェリクス様!門の前で待っていたのにいらっしゃらなかったので探しましたよ。先生にお聞きしてこちらへ来ました」
やってきたのは、フェリクス様の従者と思われる青年だった。
「ああ、ミハエル。すみません、彼と少し試合をしていまして」
フェリクス様は申し訳なさそうに従者へ微笑むと、私たちに向き直った。
「アリスさん、レオンさん。では僕はこれで失礼します。今日は楽しかったです、また明日もよろしくお願いしますね」
「おう、またな!」
フェリクス様はミハエルという従者と共に、優雅な足取りで去っていった。
「さて、じゃあ俺たちも帰るか」
「あ……はい……」
二人の男子から真っ直ぐ「好き」と言われ、顔に集まった熱がまったく引かない。私は平静を装うのに必死だった。
途中で借りてた魔道具などの備品を返却するレオン様と別れ、私は一人で学園を出た。
夕暮れ時の街を歩きながら、ドキドキと高鳴る胸を必死に落ち着かせる。
二人とも、どうして急にあんなことを言ったのかしら……。レオン様の言う好きはちょっと違うと思うけれど……
歩きながら、頭の中で思考を整理する。
もしかして……フェリクス様も、ヴェロニカ様の言っていた攻略対象なのかしら? ……ううん、冷静にならなきゃ。いつもならどこからか現れて嫌味を言ってくるヴェロニカ様が来ないということは、現状がシナリオ通りに進んでいるということ。このままだと、最終的にユリアン様が死んでしまうかもしれない……それだけは絶対に阻止しないと!
ヴェロニカ様のこれまでの誘導や言動から考えて、彼女の狙いは「私がユリアン様以外の男の人を好きになるか、好かれたりすること」のはずだ。
(だとしたら……残るは、カイル様とノア君ね。この二人との接点には特に気をつけなくちゃ。それでヴェロニカ様がどう動くか……)
ゾクッ――。
(……!?)
突然、首筋に冷や汗が伝うような、強烈な視線を感じて立ち止まった。
慌てて後ろを振り返る。
しかし、視界に映るのは家路を急ぐ街の人々がまばらに歩いている風景だけだった。怪しい人物の姿は見当たらない。
気のせい……? なんだか、誰かに見られているような気がしたけれど……。
首を傾げつつ、私は違和感を振り払うように足早に自宅へと向かった。




