第15話 隣国からの留学生
「良かったですね、ノア君!ヴェロニカ様が友達になってくれました。これでノア君に手を出せる人はいません」
「お前……いつの間にヴェロニカ様と仲良くなってたんだ。さすがに俺も引くぜ」
教室で私から真相を聞かされたノア君は、心の底から呆れたような顔で私を見ていた。
今朝、学園のサロンで私から「ノア君と友達になってほしい」とお願いされたヴェロニカ様は、相当に困惑されていた。けれど、ノア君が追い出されたり学園を辞めたりしては彼女の企み的にも困るらしく、最終的にはそのお願いを呑んでくれたのだ。そればかりか、「公爵家の威光」としてノア君と友人関係であることを学園内に触れ回ることまで伝えてくれた。
「色々ありまして。仲良しではありませんが、良いお友達です」
「……ユリアン殿下とも友達みてえだし、お前がいじめられなくなった理由がよくわかったぜ」
ユリアン様に頼むこともできたが、ユリアン様の友達と広めるのは王族に取り入ろうとする余計な敵を作りかねない。そんな人達と問題を起こしそうなノア君なので、ユリアン様には迷惑をかけたくなかった。
「ですが、今までみたいに周りを煽ったりしないでくださいね?ノア君から問題を起こしたら、いくらヴェロニカ様でも庇いようがないですから」
「わかってるよ!そこまでバカじゃねえよ!」
毒づきながらも、ノア君は素直に自分の席へと戻っていった。私も席につき、予習のために教科書を開く。
やがて始業の鐘が鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。……だが、先生の後ろには見覚えのない一人の男子生徒が続いて入ってきた。
「はい皆、席について。新しい仲間を紹介する。ゼノヴィア王国から留学生として、今日からこのクラスに入ることになった」
教室がどよめいた。
ゼノヴィア王国――アストリア聖王国の隣国であり、独自の魔法加工技術で世界をリードする魔法工学の大国だ。その国で採掘されるレアメタルを活かした様々な「魔道具」は、大陸の発展を支えていると言っても過言ではない。
「フェリクス・ローゼンタールです。この学園で魔法のことを学びたいと思います。よろしくお願いします」
男子生徒がすっと一礼すると、後ろの席の女子生徒たちがヒソヒソと囁き合い始めた。
「ローゼンタールって……ゼノヴィア王国の侯爵家じゃない!」
「まあ、なんて綺麗な方なの……」
侯爵家。かなりの上流貴族だ。国同士の公式な交流の一環なのだろうか。
彼の容姿は、ひと目で印象に刻み込まれるものだった。金というよりは白に近い繊細な髪、透き通るような白い肌。そして遠くからでもはっきりとわかる、ルビーのように赤い瞳。女性と見紛うほどに中性的で、浮世離れした美しさを持っている。
彼の視線がふと私の方へ向かい、バッチリと目が合った。
彼がふわりと微笑んだように見え、私はその整いすぎた顔立ちに一瞬ドキッとしてしまい、慌てて目を逸らしてしまった。
「フェリクス君、では空いている席につきなさい」
「はい」
先生に指示され、彼が私の隣の席へとやってくる。彼が席につくと、可憐な花の香りがかすかに漂った。
「よろしくお願いします。お名前を聞いてもよろしいですか?」
「あ、はい!アリスと言います。よろしくお願いします」
◇◇◇
午前の授業が終わり、昼休みのチャイムが鳴った。
「アリスさん。皆さん、お昼はどうされているんですか?」
教科書を片付けていると、隣のフェリクス様が首を傾げて尋ねてきた。
「お昼は食堂で食べるか、自分で家から持ってきて食べていますよ」
「そうなんですね。僕、食堂の場所が分からないので……良ければ案内してもらえませんか?」
「えっ……」
まだ来たばかりの彼は、私が平民であることを知らないのだろう。けれど「他の生徒に聞いてください」と突き放すのも冷たい気がする。
「……わかりました。一緒に行きましょう」
食堂へ案内すると、フェリクス様は「わあ!」と子供のように歓声を上げた。
「広くて綺麗ですね!ここのおすすめは何がありますか?」
「あ……実は私、貴族ではなくて平民なんです。だからこの食堂のメニューは高くて食べたことがなくて……すみません」
「えっ!?そうなんですか?それは失礼しました!……でも、せっかくですから一緒に食べませんか?案内してくれたお礼に僕が奢りますよ」
悪びれもせず微笑む彼に、私は少し迷ってから小声で言った。
「あの……来たばかりの方にこんなことを言うのは申し訳ないのですが、私、ここではあまり他の生徒たちから良く思われていないので……一緒にいるとご迷惑をかけてしまいます」
「良く思われていない……どうしてですか?」
「それは……私が平民だからです。ここは本来、貴族しか通わない学園ですから」
「では、どうしてアリスさんはこの学園に通われているんですか?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。気になることはとことん聞くタイプのようだ。
「私は光魔法という特殊な魔法が使えるようになって、特待生として通っています」
「なるほど。平民で、さらに特待生として通っているのが、貴族の方々から見て疎ましく思われている……ということですか」
フェリクス様の言葉を聞いて、ハッと息を呑んだ。
まずい……!今の言い方だと、この国の貴族の品性が低いように思われてしまったかもしれない……!
実際そういう嫌味な貴族は多いのだが、もし彼が国に持ち帰って噂を広めれば、この国の王子であるユリアン様の印象まで悪くしてしまうのではないだろうか。
私の焦りに気づいたのか、フェリクス様は「ふふっ」と小さく微笑んだ。
「大丈夫です。ゼノヴィアにもそういう貴族は少なからずいますから。……僕がこの国にがっかりしたと思いましたか?」
「あ、いえ!でも、この国の第一王子様はとても素晴らしい方で、私のような平民にも優しくしてくださるんです!」
思わず熱弁してしまう私に、彼は優しく頷いた。
「そうなんですね。では、そのお話はぜひお昼を食べながら聞かせてください」
「あの……さっきも言った通り、あまり私と一緒にいると……」
「僕は気にしません。まだ来たばかりでお話しできる方がいませんので、今日だけでもお願いします」
そこまで言われては断れず、「わかりました」と頷いて二人で昼食を摂ることにした。
テーブルにつき、お弁当を広げるとフェリクス様が楽しそうに覗き込んできた。
「アリスさんはご自宅からお弁当を持ってきているんですね。美味しそうです」
「フェリクス様は侯爵家なんですよね?私に敬語を使う必要はありません」
「いえ、元々こういう話し方なんです。こちらこそ気にせず、アリスさんも普通に話してくれていいですよ?」
「そんな!恐れ多いです!」
私はブンブンと全力で首を横に振った。
「そうですか。それなら僕もこのまま話しますね」
柔らかく微笑むフェリクス様。……どうにも掴みどころのない人だ。おっとりしているようでいて、こちらの警戒をさりげなく解いていく。
「ところでアリスさん。先ほど光魔法を使えるとおっしゃっていましたが、どんな魔法なんですか?」
「光魔法ですか?ええと……主に傷を治したり、身を守ったりするものがほとんどです」
「攻撃魔法はないんですか?」
「あるにはあるんですが、私はそういうのは苦手なのであまり使えません」
「そうですか。……実は僕、人よりも色素が薄いので、太陽の光を長時間浴びるのがダメなんです。それで……アリスさんの光魔法を一度見させてもらってもよろしいですか?」
「はい、昼食後でしたら大丈夫ですが……太陽がダメって、普段はどうやって過ごされているんですか?」
純粋な好奇心から尋ねてしまうと、フェリクス様は人差し指を唇に当てた。
「それは秘密です。特殊な魔道具を使っていますので、多少の光なら大丈夫なんですよ。ゼノヴィアは魔道具の発達した国ですから」
(プライベートなことを聞くのは失礼だったかしら……)
「では、いただきましょう!早く食べて、アリスさんの光魔法を見てみたいですからね」
◇◇◇
昼食を終えた私たちは、屋外を避けて屋内の修練場へと移動した。
静かな修練場に着くと、フェリクス様は懐から小さなナイフを取り出し――迷いなく自分の人差し指を浅く切り裂いた。
「フェリクス様!?何をしているんですか!?」
「ああ、これは護身用です。この国は安全だと思いますが、心配性な性格なので」
「そうじゃなくて!怪我が……血が出ているじゃないですか!」
「アリスさんの魔法は傷を治すとおっしゃっていましたから。実際に怪我をしていないと見られないでしょう?」
(だからって、ためらいもなく自分の指を切るなんて……!)
彼の突飛な行動に驚愕しつつも、放っておくわけにはいかない。
「治しますから、見せてください!」
私が手をかざし、「ヒール」と唱えると、柔らかな光が彼の指を包み込んだ。光が収まると、切った指は傷痕一つ残っていなかった。
「ほう……すごいですね。あっという間に治りました」
指を曲げ伸ばしながら感心するフェリクス様に、私は眉をひそめた。
「突然指を切るからびっくりしました……もうやらないでくださいね!」
「大丈夫です。痛いのでもうやりませんよ、ふふっ」
楽しそうに笑うフェリクス様だったが、ふと真面目な顔になって呟いた。
「それに……アリスさんの光魔法ですが、僕の体にも問題はないようですね」
(そういえば、太陽の光がダメだって言っていたわね。光魔法が自分の体に害を及ぼさないか、確認したかったのかしら……?)
「そういえば、フェリクス様はどんな魔法が使えるのですか?」
「僕ですか?僕は――」
彼が言いかけたその時、修練場の入り口から威勢のいい声が響いた。
「おっ、アリスじゃないか!魔法の訓練か?俺も一緒に混ぜてくれ!」
振り返ると、大剣を背負ったレオン様が歩いてくるところだった。そういえば、昼休みはよくここで剣の訓練をしていると言っていた気がする。
レオン様はフェリクス様を見るなり、不審そうに眉を寄せた。
「ん?そっちの男は……いや、女か?男の制服を着ているのか?」
「いきなり失礼ですね。僕は男ですよ」
フェリクス様の瞳から一瞬で柔らかさが消え、冷ややかな視線でレオン様を睨みつけた。
「おっと、すまねぇ!女のような顔をしているから間違えたぜ」
悪びれずに笑うレオン様に対し、フェリクス様の纏う空気感がガラリと変わった。静かだが、刺さるような圧力が部屋を満たす。
「アリスさん。僕がどんな魔法を使えるのか……お見せしましょうか?」
「え……?」
フェリクス様はレオン様に向き直ると、静かに告げた。
「僕はフェリクス・ローゼンタール。あなたの名前を教えてください」
「俺か?俺はレオン・バルツァーだ」
「では、レオンさん。……僕と勝負しましょう」




