第14話 共感
ノア君の腕から血が滴り、地面を赤く染めていく。上級生の激しい魔法を防護魔法なしで直撃されたため、ダメージは相当に大きいはずだ。
「どうした特待生?またさっきの結界魔法は使わなくていいのか?早くしないと周りの奴らからも攻撃を受けるぞ!」
土魔法を使った男が下品に嘲笑う。男が私とノア君の間に陣取っている以上、周囲全体を覆う結界魔法は使えない。使えばこの男まで結界の内側に入り込んでしまうからだ。
「ノア君、なんで私に結界魔法を使ったんですか!自分の身は自分で守れって言っていたじゃないですか!」
「うるせえな!傷に響くから騒ぐんじゃねえよ!」
「今、傷を治します!」
私は叫んだが、男が邪魔でノア君へ近づくことができない。
意を決した私は光魔法を展開し、私を護っていたノア君の結界魔法を強引に打ち消した。
「ノア君、私は大丈夫ですから!私だって魔法で身を守れます!」
「チッ……だったら最初からやれよな!ビビって縮こまってんじゃねえよ!」
ノア君は悪態をつくが、その表情には痛みで焦りが滲んでいた。
「いいのか?今度はあの女がやられちまうぜ!」
土魔法の男が勝ち誇ったように叫ぶ。ノア君は冷ややかな目を男に向けた。
「そうかい。そりゃ見られなくて残念だよ。お前がな!」
次の瞬間、ノア君の短い詠唱とともに、土魔法の男の周囲だけに透明な結界が展開された。
「なんだ!?」
結界の中に閉じ込められた男が、焦って壁をドンドンと叩く。
「俺を閉じ込めたつもりか!?仲間は他にもいるんだぜ!」
「結界圧縮!」
ノア君が低く呟いた途端、男を囲む結界が目に見えて縮小し、内部の身体を激しく押しつぶしていった。
「ぎゃああああっ!?」
バリバリ、ボキボキと生々しい骨折音が響き渡る。
ノア君が結界を解除すると、気を失った男が力なくその場に崩れ落ちた。腕や足があらぬ方向へと曲がっている。
周囲を囲んでいた他の上級生たちが、恐怖に顔を歪ませた。
「やべえ……なんだコイツ!ここまでするとかイカれてんのか!?」
「あっ?先に突っかかってきたのはお前らだろ!」
「お、お前……俺は伯爵家の人間だぞ!準男爵家のお前なんかが逆らえる立場じゃないんだぞ!」
「何爵家とか知らねえが、めんどくせえ。まとめて潰してやるよ」
殺気を放つノア君に、私は慌てて割って入った。
「ノア君!駄目です!これ以上したら……!」
「止めんじゃねえ!もう学園とかどうでもいい!気に入らねえ奴は全員潰す!」
ノア君が再び魔法を構えようとしたその時、校舎の方から学園の先生が走ってくるのが見えた。どうやら上級生の一人が、危険を感じてあらかじめ呼びに行っていたらしい。
「先生!あの特待生が酷いことを――!」
周りにいた上級生たちが一斉に先生の元へ駆け寄っていく。
まずい……ノア君は正当防衛とはいえ、全身の骨が折れて倒れている上級生を見られると言い逃れはできない。退学処分は免れないだろう。先生がたどり着くまでのわずかな時間、通常のヒールでは全身の重傷を治しきれない。
(どうすれば……!?……待って、ノア君の結界魔法!)
ノア君の範囲を囲む結界からヒントを得た。一定の空間を定義し、その内部にあるすべての対象を一括で再生させる――!
「エリアヒール!」
手から放たれた光の波動が、ノア君と倒れていた上級生の周囲を一瞬で包み込んだ。
初めて試す高難度の広範囲回復魔法。光が収まると、ノア君の傷はもちろん、倒れていた男の骨折も完全に治癒されていた。それどころか、破れていた制服の布地や、土魔法で削れていた地面までもが元の状態へと修復されていて自分でもびっくりする。
先生を引き連れて戻ってきた上級生たちは、ノア君を完全に罪人にするつもりでニヤニヤと笑みを浮かべていた。しかし、現場を見た先生は眉をひそめた。
「おい、どこに怪我人がいるんだ?」
「えっ!?」
上級生たちが地面を見ると、そこには怪我一つなく、すやすやと心地よさそうに寝息を立てている男の姿があった。
ノア君自身も、いつの間にか自分の全身の痛みが消え、破れた制服や腕の傷すらなくなっていることに目を丸くしている。
「う、嘘だろ!?さっきまで腕とか足とかめちゃくちゃだったのに……!?」
「先生。その生徒さん、こんなところで眠っていると風邪を引いてしまいますよ。起こしたほうがいいと思います」
私がすまし顔で言うと、先生は深く頷いた。
「そうだな。おい君、こんな場所で寝るんじゃない。起きなさい!」
「じゃあ私達はこれで!」
私は呆然とするノア君の手を強く引き、逃げるように学園の門をくぐり抜けた。
「おい!何してんだよ!」
「今のうちに行きましょう!また問題を起こしたら停学じゃすまないかもしれませんよ!」
学園から十分に離れたところで、ノア君は鬱陶しそうに私の手を振り払った。
「別に……退学になったっていいぜ、俺は」
「どうしてですか!今日、あんなに勉強頑張っていたじゃないですか!」
私の問いかけに、ノア君はしばらく口をつぐんでいたが、やがてポツリポツリと語り始めた。
「……俺に魔法の才能が現れてから、いつも親父に言われてんだ。お前が魔法で活躍して、ウェルズ家を男爵にするんだってな」
準男爵は平民や騎士よりも立場は上だが、完全な貴族ではない。そんな中、希少な結界魔法の才能に目覚めたノア君は、父親にとって絶好の出世の道具だったのだろう。
「この学園に一年前倒しで入ったのも、親父が必死に頭を下げて頼み込んだからだ。さすがの俺も、魔法の才能だけで特待生になれたなんてうぬぼれてねえよ」
ノア君は嘲笑うように呟き、言葉を続けた。
「そこに、魔法の才能だけで特待生になった平民がいるって知って、親父はパニックさ。その平民よりも成績を上げろって、毎日毎日うるせえんだよ」
(だから……私に対してあんなに対抗心を燃やしていたのね……)
「俺は平民じゃない。かといって本物の貴族でもない。歳も違う。全部が中途半端なんだ。そんな奴、この学園にいたって排除されるだけだろ」
自暴自棄になるノア君の姿に、昔の自分が重なった。
「私も少し前までは、平民だからと周りからいじめられて、学園にいる意味がわかりませんでした。でも今は違います。変わるきっかけを作ってくれた人がいて、私はここにいます」
ユリアン様との出会い、そして良くも悪くもヴェロニカ様の存在が、私を強くしてくれた。
「それにノア君。一つだけ、私と同じところがありますよ」
「?…なんだよそれ」
「ノア君と私は、同じ特待生です!」
私が満面の笑みを向けると、ノア君は一瞬息を呑み、ドキッとしたように勢いよく顔を背けた。
「あれ?どうしましたか?」
覗き込もうとする私から隠れるように、ノア君は耳まで真っ赤にして叫んだ。
「見るんじゃねえよ!お前と同じだからなんだってんだよ!嬉しくも何ともねえよ!」
(私と同じと言われたのが、そんなにショックだったのかしら……)
「ご、ごめんなさい……!そうだ、良かったら私の家に寄っていきませんか?」
「お前の家……?」
「私の家、パン屋なんです。美味しいパンをご馳走しますよ!」
そうして二人で歩いているうちに、私の実家であるステラベーカリーに到着した。
「なんで俺がお前の家に……別についてきたわけじゃなくて、帰る方向がたまたま同じだっただけだからな!」
ブツブツと言い訳を並べるノア君を伴って、店のドアを開けた。
「ただいまー!」
「おかえり、アリス。遅かったね」
店番をしていたお母さんが優しく迎えてくれる。
「ちょっと勉強していたの。ノア君、入って!お母さん、彼が同じ特待生のノア君。一つ年下だけど、魔法がすごく上手なの!」
ノア君は無愛想な表情を作りつつも、褒められた照れくささを隠しきれない様子で店内に入ってきた。
「あら!アリスが学園の友達を連れてくるなんて初めてね。よろしくね、ノア君」
「はあ?友達じゃねえし……」
毒づきつつも、大人の前だからかそれ以上の悪態はつかないノア君。私は微笑みながら、焼き立てのパンをいくつか袋に詰め、彼に差し出した。
「友達じゃなくても、同じ特待生同士、これからもよろしくお願いしますね!」
「なんだよこれ……」
「パンをあげるって言ったじゃないですか。これを食べて、また明日も学園に来てくださいね!」
ノア君は頭をポリポリとかきながら、「……わかったよ」と呟いてパンの袋を受け取った。
「だけど……明日もまたあいつらが絡んできたら、どうなるか分からないぜ」
「それなら大丈夫です!私に秘策がありますから!」
「……?」
「とにかく明日、ちゃんと登校してくださいね!」
ノア君は何も言わずドアを開け、店を出ていこうとした。
「あっ!そうだ!家まで送ってくれてありがとうございました!」
「はあ!?だから別に俺は、帰る方向がたまたま同じだっただけだ!勘違いすんじゃねえ!」
ノア君は真っ赤な顔で言い捨てると、自分がやってきた方向へと走って去っていった。
◇◇◇
翌朝。学園のサロンにて。
ノア君は無事に登校し、私と一緒に「ある人物」の目の前に立っていた。
「というわけで、ノア君とお友達になってください、ヴェロニカ様!」
私が満面の笑みで宣言すると、優雅にお茶を飲んでいたヴェロニカ様は、引きつった顔で固まった。
ヴェロニカ様とノア君がお友達になれば、公爵令嬢の威光のおかげで、彼に手を出せる生徒はいなくなる……!ヴェロニカ様が私を利用するなら私もヴェロニカ様を利用させてもらいます。
ニコニコと笑顔で対応する私と、露骨に困惑するヴェロニカ様、そして気まずそうに目を逸らすノア君の三人が、サロンの真ん中で沈黙を守っていた。




