第11話 悪役令嬢の裏工作
(ヴェロニカ視点 第6話の終了後からの話)
雨の日の放課後。アリスを我が家の馬車で送らせた後、私は自室のフカフカのソファに深く身体を沈め、一人頭を抱えていた。
「はあ……何でこうなっちゃうのよ」
ため息しか出てこない。
アリスにこの世界の「正体」を明かし、協力して私の破滅フラグを回避しようと持ちかけたのに、私が「ここはゲームの世界だ」と告げた途端、彼女は悲しそうな、そして怒りを秘めた瞳で私を突っぱねたのだ。
でも、しょうがないじゃない。だって、ここが本当に乙女ゲームの世界なんだから。
けれど、今日アリスを馬車で送り届けてよく分かった。下手に私が原作と違う動きをすると、ストーリー全体が微妙に歪み始める。それに、アリスがユリアン様と結ばれるルートに入る可能性すら出てきてしまった。これじゃ、私が破滅フラグを回避するのがこれまで以上に難しくなる。
「あー、本当になんで私がヴェロニカなのよ……!アリスだったらバッドエンドなんていくらでも避けられるし、私の最推しであるカイルとのハッピーエンドだって自力で回収できたのに!」
ベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめて叫ぶ。けれど、いくら嘆いても現実は変わらない。
私は思考を切り替え、天を仰いだ。
ちょっと待って……アリスが『バッドエンド』を迎えた時、ヴェロニカはどうなったんだっけ?
頭の中のゲーム知識を総動員して、アリスのバッドエンド分岐を洗い出す。
主人公アリスのバッドエンドは、大きく分けて3つ。
1つ目は、ヴェロニカのイジメに耐えかねたアリスが魔力暴走を起こし、ヴェロニカを巻き添えにして相打ちで死ぬエンド。論外。私が死ぬ。
2つ目は、アリスが誰とも恋人になれず学園を卒業するエンド。これはヴェロニカのアリスへのイジメがユリアンにバレて婚約破棄される。死にはしないけれど、公爵家の名誉は失墜するからこれも却下。
そして――3つ目。
(……そうだわ!『あの男』のルートがあったじゃない!)
隠し攻略対象であり、他の攻略対象全員の好感度が高くなると現れる最高難易度のキャラ。隣国ゼノヴィア王国のスパイとして学園に潜入してくる青年、フェリクス・ローゼンタール。
彼は光魔法を使うアリスを監視し、自国への脅威となれば暗殺するよう命じられている。選択肢を一つでも間違えればバッドエンド確実という、逆ハーレムエンドを目指すプレイヤーからは「ラスボス」とも言われている。
アリスがフェリクスに暗殺されそうになった時、ユリアンがアリスを庇って命を落とすバッドエンド。アリスはレオンたちに守られて生き残るけれど、フェリクスが捕まった後、アリスもスパイの容疑者として捕まり「王子をたぶらかして死なせた大罪人」として、激怒した公爵家(つまり私側)から糾弾され、投獄の末に死罪となる。
そしてその時――ヴェロニカには何の不利益も被らないのだ。むしろ「婚約者を健気に想い続ける悲劇のヒロイン」として扱われる。
「これよ……これしかないわ!」
ガバッと起き上がる。
プレイヤーだった私ですら何度も攻略に失敗した高難易度ルートだ。何も知らないアリスが自力で攻略できるわけがない。私が上手くストーリーを誘導して、フェリクスをアリスにぶつければいい。そうすれば、私の破滅フラグは完全に回避できる!
「そうと決まれば、アリスにはどんどん攻略対象とフラグを立ててもらわなくちゃ。次のイベントは……レオン、そしてカイルね」
◇
――それから数日後。
アリスが模擬戦の授業で魔力暴走を起こした男子生徒を救ったという噂が学園中を駆け巡っていた。
私は高魔導学科の棟の廊下を、優雅な足取りで歩いていた。
(ふふ、予想通りね)
本来のレオンルートでは、魔力暴走が起きた時にアリスとレオンが協力して止める。けれど、対応が遅れると生徒は「魔力欠乏症」に陥り、それが次の攻略対象・カイルルートへの導線となるのだ。
ただ、今回計算が狂ったのは、カイルが現場に現れる前にアリスが光魔法で一瞬にして魔力欠乏症を治してしまったこと。おかげで、二人が出会うきっかけが消滅してしまった。
アリスの奴、何か感づいて警戒しているのかしら。でも、ここで私が上手く誘導しないと、最終的にフェリクスを引きずり出すことができなくなってしまう。
廊下の先を見ると、ちょうど歩いている白衣姿の男子生徒が見えた。
「カイル!どこに行くの?」
声をかけると、黒髪の青年――カイル・リーズベルトが鬱陶しそうに振り返った。
「ヴェロニカか。別に僕がどこに行こうと僕の自由だろう」
「どうせまた怪しい研究でしょ?そういえば、この前魔力暴走で魔力欠乏症になりかけた生徒が助かったみたいだけど、あなたの研究に役立つんじゃないの?」
私が探るように言うと、カイルは切れ長の目を少しだけ細めた。
「知っているよ。現場を見ていたからね。魔導学科の特待生……アリスとかいう女が治したんだろう。確かに彼女の光魔法のプロセスには興味があるし、話してみたいが……魔導学科とは接点がなくてね」
「ふふん、私、そのアリスと友達なのよ」
「君が?珍しいな。確かその特待生は平民出身だろう」
カイルは眉をひそめ、あからさまに不審な視線を向けてきた。幼馴染である彼は、素のヴェロニカの性格を熟知している。ボロを出さないように慎重に言葉を選ばなければ。
「まあ、ただの平民には興味ないけれど、彼女は光魔法っていう珍しい力を使えるでしょう?仲良くしておけば、将来何かの役に立つかと思ってね」
「……そうか。実に君らしい、利己的な発想だな」
カイルはあっさりと納得してくれた。
「だが都合がいい。機会があれば、そのアリスを僕の研究室に連れてきてくれないか?」
(よしっ、かかった!)
心の中でガッツポーズを決めつつも、私は不満そうに顔を歪めてみせる。
「はあ?なんで私がそんなパシリみたいなことしなくちゃいけないのよ」
「お礼はする。次の定期テスト、君に付き合って勉強を教えてあげるよ」
「……仕方ないわね。私の屋敷に来て教えなさいよ?あ、それと、アリスを紹介するのはいいけれど、さっき私が言った役に立つから仲良くしているなんてのはバラさないでよ?」
「分かっているさ。君と何年の付き合いだと思っているんだ。ユリアン殿下の前で演じている君の猫かぶりだって、僕は黙っておいてあげているだろう」
「ふん、分かっていればいいのよ。じゃあまたね」
カイルに背を向け、私は魔導学科の棟へと足早に向かった。
これで、アリスとカイルのフラグは立った。
◇
その後、私は予定通りアリスをカイルの研究室へと連行した。
案の定、話はトントン拍子に進み、カイルの弟・アランの魔力欠乏症を治すというイベントが発生した。
「さあ、急ごう、アリス!」
白衣を脱ぎ捨てたカイルが、目を輝かせて研究室を飛び出していく。
「あっ、待ってください、カイル様!」
慌てて後を追うアリス。
すれ違いざま、私は彼女に向かって「頑張ってね、アリス」と微笑みながら手を振ってあげた。アリスは私を酷く疑うような、警戒に満ちた目を向けていたけれど、結局はカイルに引っ張られるまま部屋を出ていくしかなかった。
静まり返った研究室に、私一人だけが残される。
「さてと……」
私はカイルの作業机に歩み寄り、積み上げられた書類の山を物色し始めた。
(念のため、エリクサーの作成に繋がる資料は回収しておかなくちゃね)
カイルは弟の魔力欠乏症を治す手段として、伝説上の万能薬『エリクサー』の精製方法を研究していたはずだ。アランが治ればその研究は保留されるはずだが、万が一にもカイルがエリクサーを完成させてしまったら、アリスがバッドエンドを回避するための特効薬になってしまう危険性がある。
パラパラと資料をめくり、該当する研究ノートを抜き取る。
「……ふふ、これじゃあ本当に、ただの悪役令嬢じゃないの」
誰もいない実験室で、私はくすりと自嘲気味に笑った。
けれど、生き残るためだ。アリス、恨むならこのゲームの不条理なシナリオを恨んで頂戴ね。
抜き取った資料をドレスの中に隠し、私は何食わぬ顔で実験室を後にした。




