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悪役令嬢が破滅フラグを回避しようと必死ですが、王子だけは渡しません  作者: satohiko


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第10話 プロポーズ

カイル様に促され、通されたリーズベルト子爵家の屋敷は、王都の静寂な一角に佇む厳かな洋館だった。


馬車を降り、足早に廊下を進むカイル様は、近くにいたメイドに声をかけた。


「アランはどこだ?」

「アラン様でしたら、ご自身の部屋にいらっしゃいます」

「わかった」


カイル様は躊躇なく階段を上がり、私を連れて奥の部屋へと向かう。その背中を追いかけながら、私は緊張で強張る胸を押さえた。


「あ、あの、カイル様……。私がいきなりお邪魔して、弟様にお会いしても大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だ。まあ、アランは君の力のことを何も知らないから、最初は少し警戒されるかもしれないがね。僕が説得する」


目的地である部屋の前に着くと、カイル様は短いノックを響かせた。中から出てきた若いメイドが扉を開ける。


「アランと話がしたい。少し席を外してくれ」

「かしこまりました。……あの、カイル様、そちらの女性は……?」

「ヴェロニカの友人だ。気にするな」


カイル様が公爵令嬢の名を出すと、メイドは納得したように頭を下げ、静かに部屋を出て行った。


部屋の奥、豪華な天蓋付きのベッドの近くのソファに、一人の小柄な少年が座っていた。黒髪に、どこかカイル様に似た切れ長の瞳。彼がカイル様の弟、アラン様だった。


「兄様?その女性はどちら様ですか?」

「彼女は同級生のアリスだ。……ヴェロニカの友人だが、お前の魔力欠乏症を治すために連れてきた」


カイル様の説明に、10歳のアラン様は小さく息を吐き、どこか冷めたような顔で肩をすくめた。


「はぁ……兄様。僕の魔力欠乏症のことは、もういいですよ。この前だって、兄様が買ってきた変な薬品を飲まされましたけれど、何の効き目もなかったじゃありませんか」

「……ああ、あの薬か。ろくに成分を調べもせず粗悪品を掴まされてしまってね。安心しろ、あの偽薬を僕に売りつけた商人は、二度と商売ができないように潰しておいたから」


カイル様がさらりと恐ろしい内容を口にした。


(つ、潰した……!?もし私も治せなかったら、一体どうなってしまうの……)


私は背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。当のアラン様は気にした風もなく、冷ややかな視線を私に向けた。


「それで?そちらのお姉さんは、どうやって僕の病気を治すというのですか?」

「彼女は光魔法の使い手だ。この前も学園で、魔力暴走を起こして昏睡状態になった生徒を一人救っている。お前の魔力欠乏症だって、彼女なら治せるはずだ」

「そうですか。……まあ、期待はしていませんけれど、兄様がそこまで言うなら仕方ないですね」


10歳の見た目とは裏腹に、すべてを諦めてしまったかのような投げやりな態度。これまでどれほど多くの期待を抱き、その度に絶望してきたのかが、彼の短い言葉からひしひしと伝わってきた。


「アラン様、では……失礼いたしますね」


私はアラン様の前に膝をつき、彼の華奢な手の上にそっと自分の手を重ねた。


両手をかざし、静かに光の魔力を紡ぎ出す。眩い光が二人の手を包み込んだ。私の魔力がアラン様の体内へと滑り込み、彼の魔力の根源――枯れ果てて止まっていた魔力回路の深部を探し当てていく。


(いきなり大量の魔力を流し込んだら、反動でまた魔力暴走を起こしてしまうかもしれないわ……)


私は全神経を集中させ、魔力の自己回復力を微増させるよう、慎重に、優しく光を流し込んでいった。

やがて、カチリと小さな音が頭の中で響いたかのように、アラン様の体内から温かい魔力の脈動が生まれ始めた。


「……これで、大丈夫です」


私が光魔法を解除し、手を離すと、アラン様は自分の両手を凝視したまま固まっていた。彼の瞳が、徐々に驚愕と歓喜で大きく見開かれていく。


「ま、魔力を感じます……!すごい、僕の魔力欠乏症が、本当に治ったんですか……!?」

「おお、やったな、アラン!これでまた、お前は魔法が使えるようになるぞ!」


カイル様が感極まった声をあげ、弟の肩を強く抱きしめた。


「ですが、まだ小さな芽が出たばかりですから、無理な使用は控えて少しずつ慣らしてくださいね」

「はい……!アリスさん、ありがとうございます!あなたは僕の命の恩人です。ぜひ、何かお礼をさせてください!」


さっきまでの冷めた態度が嘘のように、アラン様は頬を紅潮させて私の手を握りしめてきた。


「いえ!お礼なんて、そんな大層なものは……」

「約束通り、大金貨1000枚を支払おう」


カイル様が真顔で言い放った。


「だ、ダメです!お金のためにやったわけではありませんから、受け取れません!」

「駄目だ。弟の魔力欠乏症を治した平民に、何も報酬を与えなかったとなれば、貴族としての我が家の名誉に関わる。これは決定事項だ、受け取ってくれ」


カイル様にそこまで真剣な目で見つめられると、断る言葉が出てこない。私は観念して「……わかりました」と小さく頷いた。すると、アラン様が目を丸くした。


「えっ……?アリスさんは、貴族ではないのですか?」

「はい、平民の特待生として学園に通っています」

「そうですか。……それなら」


アラン様はふむと頷くと、真っ直ぐに私の目を見つめて、信じられない言葉を口にした。


「僕が大きくなったら、僕と結婚してくれませんか?」

「……えっ!?」


10歳の少年からの突然すぎるプロポーズに、私の思考は完全にフリーズした。


「アラン、お前はいきなり何を言っているんだ」


カイル様も呆れ顔で弟を見下ろす。けれどアラン様はいたって真面目な顔で言葉を続けた。


「アリスさんは僕の恩人で、しかもこんなに美しい。リーズベルト家の跡取りは兄様で、僕は次男ですから身分の制約も緩い。僕が成人したら、絶対にアリスさんを幸せにします!」

「はぁ……。その話は後にしよう。とりあえず、アリスに約束の報酬を用意してくるから、少し待っていてくれ」


カイル様は深くため息をつくと、部屋を出て行ってしまった。


残された室内で、アラン様と二人きりになる。なんだか猛烈に気まずい。


「あの……アラン様。今のお話ですが、冗談……ですよね?」

「本気です。僕の魔力欠乏症は貴族の間でも知られていて、同い年くらいの貴族の女の子たちからはずっと避けられていました。今さら魔力が戻ったからって寄ってくるような人と婚約させられても、何の魅力も感じません。魔力の有無なんかで態度を変えるような人なんて、到底受け入れられませんから。その点、アリスさんは違います」


幼くして魔力を失い、貴族社会の冷酷さを嫌というほど味わってきたのだろう。彼の抱えてきた孤独の深さが伺えた。けれど――私には、一つだけ言わなければならないことがあった。


「アラン様。失礼を承知でお伺いしますが……私を最初に見た時、どう思われましたか?」

「えっ?どうって……」

「私がアラン様を光魔法で治したから結婚したいと仰ったのですよね?それだと……アラン様が嫌っている魔力の有無で態度を変える人と、同じになってしまいませんか?」

「あ……」


アラン様は言葉を詰まらせ、気まずそうに視線を泳がせた。自分の矛盾を指摘され、ぐうの音も出ないようだった。私は優しく微笑みかけた。


「アラン様はこれからもっと素敵な出会いがたくさんあります。私なんかよりも、ずっと素敵な方が現れますよ」


そこへ、重厚な木箱を抱えたカイル様が戻ってきた。


「ん?どうした、アラン。何か変なことでも言ったのか?」

「いえ、なんでもありません」


私が笑って誤魔化すと、アラン様は少し悔しそうに唇を噛みしめ、それから私を真剣な目で見つめ返してきた。


「……アリスさん。じゃあ、もし僕が成人になっても、あなたより素敵な人が現れなかったら……もう一度チャンスはありますか?」


私は少しだけ考えてから、答えた。


「そうですね。私も今、大好きな人のために必死に頑張っている最中なんです。……私から言うのも変ですけれど、一緒に頑張りましょう?」

「……わかりました!僕、もっと大きくなって、立派な男になってみせます!」


アラン様は力強く頷いてくれた。



その後、屋敷の外へと出た。


「歩いて帰れます」と辞退したのだが、カイル様は「大金を持ち歩かせるわけにはいかない」と、すでに立派な馬車を用意してくれていた。


「さっきはアランが妙なことを言ってすまなかったな」


馬車の前で、カイル様が申し訳なさそうに切り出した。


「あいつは魔力欠乏症になってからというもの、ずっと人付き合いを避けて孤独に過ごしていたんだ。君という救世主が現れて、恩人以上の感情を抱いてしまったのだろう。僕からも後で言っておくよ」

「いえ、大丈夫です。アラン様のお気持ちは嬉しかったですから」


私が微笑むと、カイル様はふと探るような視線を私に向けてきた。


「ところで……さっき好きな人がいると言っていたな。それは学園の生徒なのか?」

「えっ……!?え、えーっと……は、はい……」


急に核心を突かれ、私は顔から火が出そうなほど真っ赤になって俯いた。そんな私の反応を見て、カイル様はフッと表情を和らげた。


「そうか。君は弟の恩人だ。僕にできることなら協力するよ。……なんなら、僕特製の惚れ薬でも作ってみようか?」

「ええっ!?そ、そんな……!結構です!」


慌てて手を振る私を見て、カイル様はククッと声を上げて笑った。


「冗談だよ」


いつだって冷徹で、感情を表に出さなかった天才魔導士の、初めて見せる柔らかい笑い顔。


あまりの破壊力に心臓がドキンと跳ね上がり、私はさらに顔を赤くして、逃げるように馬車へと乗り込んだ。


「気をつけてな。アリス」


カイル様に見送られ、馬車は私の家へと向かって走り出した。


ユリアン様、レオン様、そしてカイル様。

ヴェロニカ様の言う攻略対象たちと関わりはじめている。けれど、私の心にいるのは、たった一人だけだ。


ユリアン様を死なせるわけにはいかない。ヴェロニカ様が何をしようとそれだけは絶対に阻止してみせると心に誓った。


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