第3話:コロッケと交渉術、そして新たな刺客
「ふふふ……これぞ人間界の禁断の果実、じゃなくて揚げ物……!」
アフロディーテは、ケンタから差し出された特売コロッケ(の残り1個)を両手で大切そうに包み込み、うっとりと目を潤ませていた。
その背後では、ピンク色の愛の結界が先ほどとは打って変わって眩いばかりの光を放ち、雷神の放った電撃や軍神の隕石を文字通り「スパーン!」と弾き返している。
(すげえ……。たった98円の惣菜コロッケで、世界最高峰クラスの神の防壁がフル稼働したぞ)
ケンタは冷や汗を拭いながら、自分の生存戦略に確信を持った。
この戦場において、武力や魔法など一ミリもない一般人の自分が生き残る道は一つしかない。**「圧倒的なカロリーと油分で、ポンコツな神様を飼い慣らすこと」**だ。
「おい、アフロディーテ様。結界の調子はどうだ?」
「完璧よ、愛の使徒くん! このバリアの中は、外の殺伐とした空気とはまるで違うわ。なんだか、こう、ジューシーで香ばしい愛に満たされている心地がするわ!」
「それはただのコロッケの油の香りだ。いいか、この調子で俺の安全を死守してくれ。そうすれば、今度人間界に戻れたら……特売じゃない、もっといい肉の入ったコロッケをご馳走してやるからな」
「本当!? 約束よ、指切りげんまんね!」
神話の戦場で、世界の存亡をかけた女神と社畜がコロッケで指切りをしているという、狂気に満ちた光景が繰り広げられていた。
しかし、平和(?)は長く続かない。
「おや、アフロディーテ。相変わらず無駄に派手なバリアを張っているな。そんなところにこもって、恋人ごっこかい?」
冷ややかで、しかし空気を一瞬で凍りつかせるような低音ボイスが響いた。
ケンタがハッとして声のした方を見据えると、戦場の荒野を滑るようにして一人の男が歩いてくるのが見えた。
漆黒のローブを纏い、手には禍々しい死神の鎌のような長柄の武器を携えた、端正だがどこか冷酷な顔立ちの神。
――冥府の王、ハデスだった。
「……っ! ハデス!」
アフロディーテの表情が、初めてピリッと緊張の色を帯びた。
「何の用よ。私は今、愛の使徒くんと大切な外交(※コロッケの取引)の真っ最中なんだけど」
ハデスは、アフロディーテの背後に隠れているケンタを、ジロリと冷たい目で値踏みするように見つめた。
その視線が向けられただけで、ケンタは心臓を鷲掴みにされたような強烈な悪寒に襲われた。
「ふん。それが、お前がこの戦場に連れ込んだ『ただの人間』か?」
「なっ……!」
「神々の全面戦争だぞ。巻き添えで消え飛ぶ運命だったはずの虫けらを、わざわざ自分の結界の中に匿うなど、アフロディーテ、お前らしくもない。もしや、その人間を次の『魂の生贄』にでもするつもりか?」
(生贄!? やっぱりこの世界じゃ俺はただの死刑囚枠じゃねえか!!)
ケンタの背筋に冷たいものが走る。
ハデスの一言で、周囲の空気がさらに重くなり、冥府の冷気がじわじわと足元から這い上がってきた。アフロディーテの張る愛の結界すら、少しだけ軋み音を立て始める。
絶対絶命のピンチ。
ポンコツな美の女神だけでは、冥府の王の圧力に押し負けてしまうかもしれない。
(どうする……!? このままじゃ俺はあの死神みたいなイケメン神に魂を刈り取られる……!)
ケンタの脳裏で、社畜としての危機管理センサーが狂ったように警報を鳴らし始めた。
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