第三章 校舎
二人は校門をくぐる。校庭には雑草が伸び放題だった。ゴールポストは傾き、体育館の窓は何枚か割れている。人の気配、鳥の鳴き声すら聞こえなかった。聞こえるのは、どこからともなく響いてくる波の音だけだった。
昇降口。下駄箱には何も入っていない。掲示板のポスターは色褪せている。玲は一枚を指でなぞった。文字はほとんど消えていた。かろうじて読めたのは、
『——祭』という二文字だけだった。
「学校だな。」
湊が呟く。
「見れば分かるよ。」「いや、そうじゃなくて。」
湊は辺りを見回した。
「ちゃんと学校なんだよな。」
私には意味が分からなかった。
「なんだろうな......。」
しかし、湊自身も上手く説明できないらしい。
二人は校舎の中へ入った。廊下はやけに長かった。
曲がり角も教室も、いくつも通り過ぎる。なのに終わりが見えない。窓の外を見ると校庭がある。次の窓を見ると、また校庭がある。私は違和感を覚えた。
「ねえ。」「ん?」「さっきも同じ景色見なかった?」
湊が振り返る。
「……俺も思った。」
空気が少しだけ冷たくなる。二人が歩く速度を上げた、その時だった。
ガタン。
どこかで物が落ちる音がした。かなり近い。凛と湊は顔を見合わせる。そして音のした方へ向かった。
図書室だった。
引き戸が少しだけ開いている。中は薄暗く、本棚が何列も並んでいた。誰かいる、そんな気配がした。
湊がゆっくり戸を開ける。
すると、
「きゃっ!」
悲鳴が響いた。同時に本が床へ散らばる。驚いたのは向こうも同じだったらしい。黒髪の少女が尻もちをついていた。長いポニーテールにセーラー服。
膝の上には何冊もの本。
「びっくりした……。」
少女は胸を押さえている。
「それ、こっちの台詞。」
私は肩を撫で下ろした。しばらくして三人とも苦笑する。張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ気がした。
「私は戸田 詩織。十五歳。」
少女が言った。
「私は進藤 凛、十六歳だよ。」「大城 湊、十七歳。」「年上ですね。」
自己紹介はすぐに終わった。どうやら詩織も同じ状況らしい。海辺で目を覚ましたこと、記憶が曖昧なこと、白紙の生徒手帳を持っていたこと。全部一致していた。そして、私達は写真を見せ合った。表面に写るこの校舎、裏面の数字。
詩織は『2』
凛は『4』
湊は『9』
意味は分からない。だが全員違う。
「生徒番号......とかですかね?」
詩織が言う。
「戸田で二番なことある?てか学年も違うでしょ。」
凛が聞く。
「言ってみただけです。」
一体この番号はなんだろう。意味なんてないのか?
そう考えれば楽だが、妙な違和感が残る。何か違う意味があるような。
「それで?」
湊が図書室を見回した。
「何してたんだ?」「出口を探してました。」
詩織は机の上を指差した。地図帳、郷土史、古い記録集など、既に何冊もの本を読んだようだった。
「見つかった?」
詩織は首を横に振った。
「……変なんです。」「何が?」「この島の資料がないんです。」
私たちは顔を見合わせた。
「ないって?」「学校の資料はあるんですよ。」
詩織は本を開く。創立記念誌。学校新聞。卒業アルバム。確かに学校に関する本ばかりだった。
「でも島について書かれた本が一冊もない。」
風が吹いて、ページがめくれる。誰も喋らなかった。
学校はあるのに、島がない。その事実は妙に気味が悪かった。
ゴン。
遠くで重い音が響いた。三人とも顔を上げる。今までの物音とは違う、もっと大きい、もっと重い何かが落ちた音。あるいは、何かが歩いてくる音。
ゴン。
もう一度。今度は少し近い。凛の背筋に寒気が走った。湊の表情も変わる。詩織は本を握りしめた。この校舎のどこかに、自分たち以外の何かがいる。そんな確信だけが、静かに胸の奥へ沈んでいった。




