松葉組の組頭
健之助と弥生を乗せた馬車が江戸に着いたのは夕方に差し掛かった頃だった。
馬車を降りてキョロキョロと辺りを見回す健之助の隣で、弥生は無事に江戸まで辿り着けたことに安堵していた。
健之助がいる手前、頼りになるサムライを演じてはいたが、弥生は周囲の人々から血筋に恵まれただけのパッとしないサムライという印象を持たれている。三姉妹の中で最も気が弱く、平凡な剣術の腕と思い切りの悪さがせっかくの魔法の才能を覆い隠してしまうからだ。
そんな弥生に対する周囲からの評価を不憫に思った松葉組の組頭は、弥生に単独での鬼討伐の任務を命じた。
本来の目的地である江戸を逸れて北へ向かうような鬼ならば、集団戦が出来るほどの知能を持っているはずがなく、単独で活動している可能性が非常に高い。周囲の評価は低くとも弥生は一人前のサムライであり、一対一の戦いなら下級鬼に負けるはずがない。単独任務を成功させるにはもってこいの内容だった。
見事に鬼を討伐したとはいえ、弥生も一人で鬼と対峙したのは初めての事であり、鬼の死を見届けた後はその場に座り込んでしばらく動けなくなるほどに消耗していた。
健之助に出会ってからは虚勢を張って常に凛とした佇まいを意識していたのだが、江戸の空気を吸うとどうしても安心してしまい、これまでの反動なのか疲労感が一気に押し寄せてきた。
「弥生さん? 乗り物酔いでもしました?」
「う、ううん? 大丈夫だよ」
健之助が心配するような表情で弥生の顔を覗き込んで来たので、弥生はすぐに背筋を伸ばしてサムライとしての威厳を保とうと気を引き締め直す。
「これから弥生さんの家に向かうんですよね?」
「そうしたいところなんだけど、その前に討伐完了の報告を組頭にしなくちゃいけないの」
「俺はどこかで待っていればいいですか?」
「ううん。健之助君の事も軽く話しておきたいから、付いて来て」
「分かりました」
弥生は健之助を連れて松葉組の屯所である七々扇邸へと歩を進めた。
江戸最強の討伐組である松葉組は江戸の中心である江戸城周辺の守りを担当しており、屯所も江戸城に近い七々扇邸が選ばれたのだ。
弥生は七々扇邸の入り口に立っていた二人の見習いに軽く挨拶すると、その内の一人が素早く中へ走っていき、弥生が帰って来たことを組頭に伝えに行く。
健之助は邸内にいたサムライ、見習い、奉公人など様々な立場の女から珍しいものを見たような目を向けられつつも、弥生のすぐ後にピッタリとくっ付いて移動した。
「健之助君、基本的には私が話すから、君は必要最低限の受け答えだけでいいからね?」
「わ、分かりました」
前を歩く弥生の声に緊張の音が混じっているのを感じ取った健之助は、受験の面接前のような緊張感で後に続く。弥生に先導されるようにして入った畳張りの和室で待っていたのは、山積みの紙束とにらめっこをしている20代半ばの女性だった。
健之助は若く美しい組頭に面食らいながらも、弥生が組頭の前に正座したのを見て、即座に弥生の斜め後ろで正座する。
「一振弥生、ただいま戻りました」
「うん。お帰り、弥生」
健之助が見ても分かるほどに上等な着物を身に纏った女性は、チラリと弥生から視線を外して健之助を見た後、目の前の紙束を手早く片付けて弥生へと視線を戻した。
「那須野原周辺で発見された鬼を討伐致しました」
「よくやってくれたね。鬼は依頼通り一匹だけだったのだろう?」
「はい。下級鬼にしては上背がありましたが、『魔力刃』や『甲羅』は使って来なかったので正面からでも難なく討ち取れました」
「正面から鬼を討ったのかい? 頑張ったね」
「ありがとうございます」
「てっきり依頼者の村で歓待されてくると思っていたのだけど、随分と早くに帰って来たね。もしかして、後ろの彼が原因かな? 紹介してくれると嬉しいのだが」
組頭は再び健之助へと視線を向ける。先ほどまでの真面目な雰囲気とは打って変わり、その目は新しいおもちゃを見付けた子供の様に輝きを増し、口角が目に見えて上がった。
健之助はどのように名乗れば失礼が無いのか考えながら口を開こうとしたが、それよりも先に弥生が説明を始めた。
「彼は萩原健之助という名前で、鬼との戦いが終わった後に現地で出会いました」
「現地? 依頼のあった村の人間ではなく?」
「はい。彼は事情があって幼い頃から外国で暮らしており、生まれ故郷の日ノ本へは最近帰国したらしいのです。鬼についての知識もあまりなく、日ノ本に親族もいないらしいので、私の家で受け入れられないか姉様に願い出る予定です」
弥生は健之助がフランメギド魔王国の奴隷だったという件に関しては触れずに話を進めていく。奴隷にされていた過去が知れれば多くのサムライたちから同情を引くことは出来るが、今後もしも健之助がサムライになるという道を選んだ場合は汚点になる可能性があると考えたからだ。
すると組頭は健之助の情報よりも、弥生の家で受け入れるという内容に驚いて眉を上げた。
「あの伊吹が、君が男を家に連れ込むことを許可するとは思えないな」
「えっ? 大丈夫だと思います。姉様にはよく、早めに男を知っておいた方が良いって心配されているくらいですから」
「…………」
「ん? どうしました?」
「…………ぷっ――あっははははは!」
組頭は弥生の発言に健之助が驚いて目を見開くのを見逃さなかった。健之助はすぐに組頭の視線に気付いて視線を畳へと落としたが、平常を装うことも出来ずに顔を耳まで赤く染めながらチラリと弥生の背中へ視線を動かす様はとても初々しく、組頭は思わず吹き出すように笑ってしまった。
「や、弥生、私は伊吹が君を心配していた意味が分かったよ」
「え? ど、どういうことですか?」
「君が健之助君とどのような関係を築きたいのかは理解したが、本人の前でいきなり最終願望を口にしてしまうのは悪手だと思うよ」
「――あっ……」
弥生はそこで初めて、自分が話の勢いで『身寄りのない男性を保護する』という建前に隠していた本音を口走っていたことに気が付いた。
組頭は弥生と健之助が揃って顔を真っ赤にしている状況を面白可笑しく眺めた後、どのようにフォローするべきか思考を巡らせる。
「弥生、大福餅を買ってきてくれ」
「えっ?」
「急がないと店が閉まる。早くしてくれ」
「は、はい!」
組頭はわざと軽く威圧するような形で弥生を追い出すと、健之助と二人きりの空間を創り出した。弥生が居れば健之助は気を使って本音を言わないと思ったからである。
「そういえば、まだ名乗っていなかったね。組頭の松葉夕陽だ。よろしく、健之助君」
「よ、よろしくお願いします」
夕陽は顎に手を当てて薄っすらと笑みを浮かべながら、居心地悪そうに正座している健之助を観察する。
日ノ本ではあまり見ない短髪に異国の黒い着物だが、髪の色や顔立ちは間違いなく日ノ本出身者のものであり、話に聞くような外国男性とは違った日ノ本男性らしい可愛らしさがある少年だ。
どういう環境で育ったのかは知らないが、両親から守られて大切に育てられた武家の一人息子かと思うほどに日焼けしていない白い肌と艶のある綺麗な黒髪が目を引く。水仕事すらしていないのではないかと思うほどに綺麗な手と整えられた爪は美しく魅力的に見えた。
随分と上玉な男を見付けてきたものだと感心しつつ、奥手で臆病な弥生がわざわざ江戸まで連れ帰って来たのには別の理由があるのではないかと探るような目を健之助に向けた。
「外国で暮らしていたと聞いたが、どこの国だい?」
「えっと……フランメギド魔王国です」
健之助が言葉に詰まりつつも国名を伝えると、夕陽はそれまで浮かべていた微笑を引っ込めて眉間に皺を寄せる。
「それは本当かい? 日ノ本でその国名を出すのは冗談では済まされないよ?」
「あ、えっと、俺は覚えていないくらい小さい頃に日ノ本からフランメギドに誘拐されて、それで最近まで奴隷として働かされていたんです」
夕陽に睨まれた健之助は青ざめながら必死に言葉を紡ぐ。その姿が言い訳を探しているように見えたので、夕陽は彼に対してより一層警戒を強めた。
「にわかには信じがたい内容だね。どうやって日ノ本へ帰って来たんだい?」
「えっと、隙を見て脱走して、日ノ本行きの船の貨物室に隠れていました」
「それが本当なら、密入国ということになるが……」
「あっ……それは、すみません」
健之助が言っていることが全て真実なのであれば、密入国以前に日ノ本から拉致されてフランメギドへ渡っているので、罪に問う者はいないだろう。
しかし、もしも健之助が言っている事が偽りであり、フランメギドからの諜報員などであれば、捕らえて尋問しなければならない。
「悪いがすぐに信じる事は出来ないな。少し見せてもらうよ?」
夕陽は『鑑定LV2』のスキルを発動させて健之助のステータスを確認しようとする。しかし、目の前に表示された小さなウィンドウを見て驚愕した。
・鑑定失敗
『鑑定LV2』が無効化されました。
「鑑定失敗……だと?」
夕陽の『鑑定LV2』のスキルが無効化されたということは、健之助は『鑑定耐性LV2』以上のスキルを持っているということである。『鑑定耐性LV2』を習得するには『鑑定LV2』以上のスキルによる鑑定を何十回も受けなければならないのだが、そもそも『鑑定LV2』のスキルが希少なので、夕陽は鬼以外で『鑑定耐性LV2』を持っている者を見たのは初めてだった。
「すみません。俺は耐性スキルを持っているので、ステータスは見せられないです」
「何故、そんなスキルを持っているんだい?」
「何故って……」
健之助は予想外の質問に言葉を詰まらせつつ、どう返答したものか思考を巡らせる。
夕陽に幽霊の話をするわけにもいかないので、これまでに教わった知識をフル活用して別の習得理由を考えなければならない。
「フランメギドで、よく魔人族に鑑定されていたので……」
「魔人族に? 奴らなら希少な鑑定スキルを持っていても不思議では無いが、君を定期的に鑑定する必要はないだろう?」
「重労働でレベルが上がり過ぎないように管理されていました」
「それでは奴隷たちは耐性スキルを習得していくはずだ。耐性LVが上がり過ぎて鑑定できなくなった場合はどうするんだい?」
「……だから脱走したんですよ」
夕陽は健之助の口ぶりから、鑑定できなくなった奴隷は処分されるのだろうと察し、健之助が決死の覚悟で脱走を試みたのだと考えた。
「なるほど……良く分かったよ」
健之助はアドリブにしては説得力のある理由を考え付いたが、その視線は終始畳へと向けられていた。夕陽の真っ直ぐな瞳と目を合わせていたら、自分が嘘を吐いていることなどすぐに看破されそうだと思ったからだ。
夕陽からは俯いて話す健之助が、奴隷時代の辛い記憶を思い出して苦しんでいる様に見えており、彼をフランメギドの諜報員だとは思えなくなっていた。
「よく考えてみれば、裏がある者がわざわざフランメギドから来たとは言わないだろうし、君の言っていることは真実なのだろう。疑って悪かったね」
「いえ、大丈夫です」
健之助は疑いが晴れたことに安堵しつつ夕陽へ視線を戻す。いつの間にか夕陽は面白がるような顔で健之助を見ていた。
「君は弥生の事をどう思う?」
「弥生さんですか? とても優しくて、面倒見のいい人だと思いました。今は助けられてばかりなので、何か恩返しが出来たらいいんですけど」
「弥生の家に保護されるのは嫌ではないんだね?」
「はい。衣食住の面倒を見ると言ってくれましたし、行くところなかった俺にしてみれば、感謝しかありません」
健之助の表情には弥生に対する信頼が見て取れた。
夕陽は弥生が江戸までの道中で彼に好かれようと随分努力したのだと感じてにやけそうになりながら、早足で部屋に近付くものがいることに気付いて入口へと視線を向けた。
「すみません、夕陽様。もう店は閉まっていました」
「ああ、無理を言ってすまなかったね、弥生。だが、私は別の意味でお腹いっぱいになったので、もう大丈夫だよ」
「……どういう意味でしょう?」
「いや、こちらの話だ。健之助君の受け入れの準備もあるだろうから、今日はもう帰りなさい」
「え? は、はい」
弥生は釈然としない表情のまま一礼すると、健之助を連れて退出していく。
「伊吹は喜びそうだが、華火は嫉妬で荒れそうだな」
この後、一振家で繰り広げられるであろう健之助に関する騒動を予想しつつ、夕陽は楽しそうに口角を上げた。
『鑑定耐性LV3』自体がとんでもないレアスキルなので逆に怪しまれてしまうという話でした。
夕陽の視点では健之助は『鑑定耐性LV2』を持っているということになっています。
次回はついに一振家に到着です。




