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一振家の方針

 私、一振(ひとふり)弥生は一振家の三女に産まれて17年生きてきた中で、最大の転機を迎えていた。


 江戸最強と謳われる討伐組である松葉組に入って2年。本当に目立った活躍をしてこなかった。伊吹姉様(ねえさま)が言うには、私の実力はサムライ全体で考えると中の上、松葉組で考えると中の下らしいのだが、活躍ぶりは下の中か下の下。10万(ごく)を越える大名である一振家の三女だというのに、本当に情けない。


 この2年間、自分の刀でトドメを刺した鬼の数はたったの2体。鬼の出没数が少ないというわけでは無く、いつも遠慮してしまって他のサムライにトドメを譲っているからだ。


 サムライの給料は国から出ているのだが、最近では私がみんなと同じ量のお金を貰っている事に不満が上がっているという。家格が上なので直接言われたことは無いのだが、10万石の大名家なのだからサムライの給料などいらないのではないかと言われているらしい。


 実際、姉様たちと同じ家に住んでいるし、奉公人を雇っているのも姉様だし、遊ぶ暇もないのでお金は貯まる一方だし、サムライの給料が無くとも生活は出来る。けれど、だからといって無給で命がけの鬼討伐などするわけがない。


 馬鹿な事を裏で言うサムライたちも気に入らないが、もっと気に入らないのは彼女たちを黙らせる活躍を出来ない自分だ。


 そんな鬱々とした気持ちを募らせて稽古をしていたある日、私は組頭(くみがしら)の松葉夕陽様から北にある田舎村周辺に現れた鬼の単独討伐を命じられた。


 単独任務であれば、絶対に手柄は私のものになる上、一人で鬼を倒したと知れれば周囲も私に一目置くに違いない。私は喜び勇んで北へ馬を走らせた。


 鬼との戦いは緊張こそしたが負けるはずのない戦いであり、私は見事、単独で鬼を討伐した。

 これで周囲を見返すことが出来ると安堵していた時、私は彼に出会った。


 萩原健之助君。


 異国の服を着た同い年の青年は、私と同じかやや低いくらいの身長で、綺麗な艶のある黒髪が印象的だ。

 言動は女性の振る舞いに近いが、言葉遣いが丁寧で食事の所作も美しい。とてもフランメギド魔王国で奴隷として育ったとは思えない。どのような労働環境だったのかは聞けていないが、もしかしたら魔人族(まじんぞく)が不快にならないように厳しく教育されたのかもしれない。


 無自覚な発言から察するに、彼は自分の魅力に気付いていないようだが、同年代の男と話したことも数えるほどしかない私からすると、健之助君はとても魅力的に映っていた。


 不名誉な話だが、私はサムライだというのに男から好意を寄せられたことが一度もない。夕陽様や伊吹姉様は言わずもがなだが、松葉組に属するほとんどのサムライたちは江戸で一定以上の人気がある。サムライとは身を挺して恐ろしい鬼から守ってくれる存在であり、頼れる女性の代名詞だ。江戸最強と謳われている松葉組のサムライなら、次女や三女でも言い寄ってくる男性は多いのだ。


 だというのに、江戸の町を歩いていても私に声を掛けてくれる男性は一人としていない。おそらく、私の悪評が知れ渡っているのだろう。


 しかし、健之助君は違う。


 外国育ちで江戸での私の評判を知らないし、江戸までの道中では努めて頼りになるサムライとして振る舞い続けた。


 事実として私は単独で鬼討伐を果たしたし、健之助君は私が倒した鬼を見ている。これはもしかしなくても、私の事を実に女らしいサムライだと思ってくれているのではないだろうか。


 七々扇(ななおうぎ)邸で夕陽様につい口を滑らせてしまったので、私の下心が彼に伝わってしまったのは恥ずかしかったが、あの時の反応から考えても嫌がってはいないようだった。


 彼とは最終的にそういう関係になれたら嬉しいと思っているだけで、一足飛びに関係を進展させようとは思っていないので、これからじっくりと距離を縮めて行きたいと思っている。


 私は健之助君を連れて家に帰ると、先に帰っていた二人の姉様に彼を紹介する。

 二人とも驚いてはいたが、健之助君の事情を話すと即座に保護すると言ってくれたので、私は胸を撫で下ろした。ここで伊吹姉様に反対されたら全ての計画がご破算だし、何より健之助君の行くところが無くなってしまうからだ。


「数日は客人として扱うので、ゆっくりしていきなさい」

「ありがとうございます。でも、何もしないのも悪い気がするので、家事の手伝いはさせてください」

「それで君の気が済むのなら、好きにするといいよ」


 話が終わると健之助君が夕食作りの手伝いをするといって台所へ向かった。私も様子を見るために付いて行こうかと思っていると、華火(はなび)姉様に呼び止められた。


「弥生、ずいぶん可愛い子を連れて来たじゃないか」

「本当に偶然の出会いだったんですけど、話を聞いてみたらすごい境遇だったので、サムライとしては見過ごせませんでした」

「サムライとして……か。じゃあ、弥生はサムライとして不憫な境遇の彼を保護しただけなんだ?」


 華火姉様の目が獲物を見付けたように煌めき、楽しそうに口角を上げる。

 不味い流れだ。そうなる気がはしていたが、やはり華火姉様の目にも健之助君は魅力的に映ったらしい。


「どういう意味ですか?」

「どうもこうもないよ。弥生のお手付きだったらどうしようかと思ったんだけど、そんなことなさそうだし、これは好機だなって思っただけ」

「お、お手付きって……華火姉様、そういう言い方は止めてください。健之助君は客人として扱うんですよ? まさか手を出すつもりですか?」

「なにさ。こっちは毎日毎日鬼討伐と稽古ばっかりで男と遊んだことすらないっていうのに、長女っていうだけでサムライですらない女にも婚約者や妻がいるんだぞ? 私だって愛人の一人くらい欲しいんだよ!」

「あ、愛人……って……。そ、そんなの、私だって欲しいですよ! でも、それで保護した健之助君に手を出すのは良くないです。彼の意志は無視する気ですか?」

「そんなこと言って、弥生だってゆくゆくはそういう関係になりたくて連れて来たんだろ!? 気付かれないと思ったのか?」


 私と華火姉様の議論が白熱しかけたところで、私たちのやり取りを座って見ていた伊吹姉様が文机に閉じた扇子を叩きつける。


 バンっと大きな音がしたことで、私と華火姉様の言い争いが止まった。


「二人とも、少し落ち着きなさい」


 伊吹姉様に座る様に促されて、私と華火姉様はすごすごとその場に腰を下ろした。


「華火、いくら性欲を持て余しているとはいえ、そのような品のない事を堂々と語るのは止めなさい」

「で、でも、姉様だって私に『適度に遊んで不満を溜め込まないようにしなさい』って言うじゃないですか」

「確かに言った覚えはありますが、弥生が連れてきた男にあなたが手を出すのは違うでしょう?」

「うっ……わ、私は弥生にまで先を越されるのですか?」

「別にどちらが先でも良いではないですか。華火もまだ19ですからいくらでも出会いはありますよ」


 優しく諭すように話す伊吹姉様を華火姉様は悔しそうに睨み付ける。


「長女に産まれた姉様には私の気持ちは分からないですよ」

「……確かにそうかもしれません。けれど、それを言うのなら、三女の弥生の気持ちは分かってあげられるでしょう?」


 華火姉様は私へ視線を移すと、口を引き結んで悔しそうに表情を歪めた後で、俯いて諦めるように息を吐きだした。


「弥生がフラれない限りは、私から行動を起こすことはしないようにします」

「聞いたね、弥生。華火は我慢してくれるそうだから、あなたは焦らずにじっくりやりなさい」

「えっ? じ、じっくりって……な、何をですか?」


 私の問いに、伊吹姉様は呆れたようにため息を吐き、華火姉様は苛立たし気に眉を寄せた。


「姉様、本当に私は弥生に譲らないとダメですか!?」

「落ち着きなさい、華火」


 伊吹姉様は華火姉様を手で制すと、困った子を見る様な目で私を見た。


「弥生、私がどうして健之助君を客人として受け入れたと思いますか?」

「それは……彼の境遇を聞いて、助けてあげたいと思ったからでは?」

「もちろんそれもありますが、一番の理由はあなたが連れてきたからですよ」

「私が?」


 妹の頼みだから健之助君を受け入れたという事だろうか?


「彼の境遇なら、道中の村や町にいくらでも受け入れ先はあったと思います。夕陽にお願いして松葉組に保護して貰っても良かったでしょう。けれど、あなたはわざわざ彼を家まで連れて来た。先ほど勢いに任せて愛人が欲しいなどと言っていましたが、彼をお相手にと望んで連れてきたのでしょう?」


 そんなつもりではないとは言えず、私は自分の顔が熱くなるのを感じた。どうやら姉様たちには私の下心などお見通しらしい。


「私も力添えしますから、時間をかけて彼と打ち解けなさい。そして彼の方から求められるようになるのが理想ですね」

「健之助君からですか? それは、難しくないですか?」

「難しいとは思います。奴隷として育ったのなら命令されることに慣れているはず。押せば簡単に受け入れると思うのです。そしてそこに――愛は生まれないでしょう」


 姉様の言葉を聞いて、私はハッとさせられた。

 健之助君は私たちに保護されているという立場であり、それは主と奴隷ほどの強制力のある関係ではないけれど、奴隷として育った彼からしてみれば、その違いなど分からないのではないだろうか?


 私が彼に迫ったら、彼は保護して貰っているという立場を考えて、私を拒否するという選択肢を取れない気がする。


 私が本当の意味で健之助君と恋人関係になりたいのなら、伊吹姉様の言うように彼の方から求めてもらえるようにならなければいけないのだ。


「分かりました。健之助君に夜這いして貰えるように頑張ります!」

「や、弥生……そういう時は好意を寄せて貰えるようにと言いなさい……」

「あっ、し、失礼しました」


 伊吹姉様は頭を抱えると小さく息を吐いた。

初の弥生視点のお話でした。

男に飢えている次女を長女が抑えてくれたので、弥生は健之助攻略にじっくりと打ち込めるようになりました。


次回も弥生視点です。

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