弥生の誓い
伊吹姉様と華火姉様との話し合いも終わり、私は決意を新たに台所で料理の手伝いをしている健之助君の様子を見に行くことにした。
健之助君は家の専属料理人の指示に従って包丁を握って野菜を切っているようだ。私たちと健之助君の分だけでなく、奉公人全員分の夕食を作っているはずなので、結構大きな鍋が使われている。おそらくはおみおつけ(味噌汁)の具を切っているのだろう。健之助君が作ったおみおつけを飲むのが今から楽しみだ。
ふと、私は思い出したように健之助君に対してユニークスキルの『絶対鑑定の魔眼』を発動する。
ずらりと視界一杯に広がったステータスからパッシブスキルの項目にあるスキルに触れて詳細を表示する。
・パッシブスキル:料理LV1
器用さが10%上昇する。
ユニークスキルや耐性スキルにばかり目が行きがちだが、パッシブスキルを持っているのはかなり珍しい。
私たち人族はアクティブスキルが得意な種族なので、健之助君が持っている『運搬』や私が持っている『遠見』などのスキルはそこまで珍しいものではない。けれど、パッシブスキルは中々習得することが出来ないレアスキルなのだ。
スキルを持っているということは才能があるということであり、健之助君には料理の才能があるということだ。日ノ本の家庭を守る男性にピッタリの才能を持っている彼に対して、私は更に評価を上方修正した。
「あっ!」
「どうしたの?」
「あ~、いえ、何でもないです。大丈夫です」
突然、健之助君が声を上げる。
専属料理人に心配されても、何でもないと言って誤魔化していたが、何でもないなら今のような声の上げ方はしないだろう。
私は健之助君に何か変化があったのではないかと思って再びステータスを確認した。
「……あっ」
これは料理人に心配されても誤魔化すわけだ。言えるわけがない。
・名前:萩原健之助
・種族:人族
・性別:男
・年齢:17歳
・出身:日本
・経験値:1000
・レベル:11
・生命力:185/220
・体力:400/528
・力:26
・魔力:22
・精神力:33
・素早さ:26
・器用さ:52
・運:44
・種族スキル:多才
・ユニークスキル:レベルダウン無効
・パッシブスキル:料理LV2
・アクティブスキル:運搬LV2
・オートアクティブスキル:鑑定耐性LV3
たった今、健之助君のレベルが上がったのだ。
おそらくは料理をすることで経験値が加算されてレベルアップしたのだと思うが、男である彼が簡単にレベルアップした所を見ると、本当に日ノ本の呪いが彼には聞いていないのだと分かる。
いや、それどころか一週間レベルアップがないとレベルダウンするという世界の常識すら無効化できるのではないだろうか?
もしもそうなら、かなり年月はかかるだろうが、彼は料理をするだけで地道にレベルを上げ続けることが可能ということになるだろう。
そして驚くべき事に、彼はレベルアップと同時に『料理LV2』のスキルを習得したようだ。
・パッシブスキル:料理LV2
器用さが20%上昇する。料理によって作り出した物が他者から魅力的に見えやすくなり、味も良く感じられるようになる。
彼は天才ではないだろうか?
LV2のパッシブスキルなど、よほど才能がない限りは習得できない。少なくとも私は料理LV2を持っている人を始めて見た。
私は早く彼の作ったおみおつけが飲みたいと思いながら、手際よく具材を切って鍋に投入する姿を眺める。
さすがにまだ私の方が器用さは上だが、男で50以上の器用さを持っている者などそういない。器用さだけで言えば専属料理人よりも上になったので、そのうち彼の方が料理の腕が上になるだろう。というか、家の専属料理人は女性なので、健之助君を取られないように一度威圧しておいた方がいいかもしれない。とりあえずは、彼女が長女かどうか確認した方が良いだろう。
そこまで考えたところで、健之助君のステータスに妙なところを発見した。
・出身:日本
よく見たら出身のところが日ノ本ではないのだ。
ステータスに誤字など有り得ないし、一体どういう事だろうか?
日本という国名は聞いたことがない。日ノ本と似ているので、もしかしたらフランメギド魔王国では日ノ本の事を日本と呼んでいるのだろうか?
国名というのはそこに住んでいる人が考えたものなので、新しく誕生することもあるし、変わることもある。つまり、ステータスに表示される出身はその人の認識によって変化するということだ。
つまり、健之助君は自分の出身を日ノ本ではなく日本だと認識しているということになる。
普通に考えれば、魔人族にそう言って教えられたからだと思うのだが、健之助君は既に魔人族の支配から脱走して日ノ本へ辿り着いている。
日ノ本の人たちと話すことで、この地の国名が日ノ本だと知ったはずだが、後から認識が変わっても変化しないものなのだろうか?
いや、それ以前に、この『日本』という言葉に、私はどこか引っ掛かりのようなものを感じている。
日本。
何年も前に聞いたことがあるような、そんな懐かしい響きだ。
私は料理する健之助君を眺めながら、日本という言葉を頭の中で反芻する。
すると、私は突然の頭痛に見舞われた。
その痛みを皮切りに、私の頭の中にいくつもの記憶が蘇っていく。
「うっ!?」
私が痛みに声を上げたことで、こちらに気が付いた健之助君が駆け寄って来た。
「弥生さん? どうしたんですか?」
私は痛む頭を左手で押さえながら、彼の顔を凝視する。
何故、今まで思い出せなかったのだろう?
私はいつだって、彼の顔写真を見ていたではないか。
遠い昔、毎日のように見ていた彼の顔を、いつか必ず探し出すと誓っていた彼の事を、私はどうして忘れていたのだろうか。
彼を見付けられなかった。それだけが私の心残りだったのに、それすらも忘れて私は今まで何をやっていたのだ。
突如として蘇った数々の記憶と、私の置かれた状況を整理しつつ、私は空いていた右手で健之助君の肩を掴んだ。
「弥生さん?」
「やっと……やっと見つけたよ」
長いとは言えなかった私の人生。
彼を見付けられなかった悔しさと、助けられたのに長生きできなかった申し訳なさを抱えて、もう一度やり直したいと心から願った。それが叶ったのだ。
私は、彼に再開したら最初に伝えるのだと心に決めていた言葉を口にする。
「助けてくれて、ありがとう。萩原健之助君」
私の名前は一振弥生。一振家の三女で、松葉組のサムライ。
前世の名前は一橋弥子。高校生の時に健之助君に助けられ、空間の裂け目に落ちていった彼を探していたが、大学3年の夏に病気が見つかり、翌年に命を落とした。
「助けられたのは俺ですよ?」
何も分かっていない彼の言葉に、私はクスリと笑う。
「君は分かってないかも知れないけど、私は君に助けられたんだよ。だから、ありがとう」
「は、はあ、そうですか。ど、どういたしまして?」
健之助君は首を傾げているが、私は彼に再会できた喜びに任せて、誓いを立てる。
「お礼にさ……これから一生、君の事を守ってあげる」
彼は私をかばって裂け目に落ち、この世界へやってきたのだろう。
それならば、彼に助けられた私は一生かけて彼を守り、彼が失ったものを越えるほどの幸せを、彼に与えてあげたい。
弥生の心に芽生え始めていた恋心と、弥子の心に纏わり付いていた後悔が混ざり合い、強い使命感が生まれていく。
私は彼を助けるためにこの世界に転生したのだと確信を持った。
転生ヒロインが記憶を取り戻しました。




