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七々扇楓

 一振(ひとふり)家に居候するようになって3日が経ち、この世界での暮らしにも少しずつ慣れてきた。


 初日に弥生さんが「一生守る」と言い出した時はサムライ流のプロポーズでも受けたのかとドギマギしたものだが、台所の片隅でプロポーズするのも変な話なので、あれは保護した俺を安心させようという彼女なりの言葉だったのだと解釈した。


 七々扇(ななおうぎ)邸で弥生さんが言っていた内容から、俺は少なからず弥生さんに好意を持たれているのだと思っている。しかしあれ以降、親切にはされているが、恋愛的なアプローチは特に感じられない。


 弥生さんは美人で可愛いし、頼もしくて優しいので、そういう関係になれたら嬉しいのだが、この世界に順応する方が優先なので、彼女の気持ちを確かめるのは後回しにしてしまっているのが現状だ。


 そもそも、俺と弥生さんは出会って日が浅い。今はお互いを知っていくターンなのかもしれない。


 一振家三姉妹は全員松葉組のサムライで日中に家にいる事はない。ここ数日は弥生さんだけが俺の生活必需品を買うために仕事を休んでくれていたが、一通りの買い物が終わったということで、今日からは三姉妹全員が七々扇邸へ向かうのだ。


 大した仕事も任されていない俺が家で留守番をしていても意味が無いので、伊吹さんから夕陽さんへお願いして貰って、日中は俺も七々扇邸へ働きに行くことになった。


「健之助が七々扇邸でも働くってことは、今日からは昼も美味しくなりそうだね~」


 俺は一振家の奉公人的な立場なので三姉妹の後ろを歩いていたのだが、華火(はなび)さんが楽しそうに笑いながら俺の隣に並んできた。


 良く日焼けした小麦色の肌と笑顔から覗く白く尖った犬歯が印象的な華火さんは、俺や弥生さんの二つ年上らしいのだが、子供っぽい言動からとても19歳のお姉さんには見えない。


 よく見ると顔自体は弥生さんや伊吹さんに似ているのだが、表情豊か過ぎて最初の印象では似ていないとすら思ったほどだ。


「まだ、料理を任せてもらえるかは分からないですよ?」

「私から夕陽にも話しておいたので、健之助君の主な仕事は料理になるはずです。空いた時間は掃除などでしょうか? そういえば弥生が魔法を教えると言っていましたね?」


 先頭を歩く伊吹さんがこちらを振り返ることなく会話に混ざる。

 俺に対してもとても丁寧な話し方をしてくれる伊吹さんは、弥生さんから可愛さを取って美しさを足したような大人のお姉さんだ。歳が離れているとは聞いているが、さすがに何歳なのか具体的な数字は聞けていない。


 外見から30代ではなさそうなので、おそらく25歳前後だと思う。


 三姉妹の中では一番の色白なので、何かしらの日焼け対策をしているか、夕陽さんのように書類仕事を主にしているのかもしれない。


「魔法に関しては興味があるんですけど、さすがに働きに行くのに魔法の練習をしているわけにもいきませんよね……」

「そうですね。男の君にとって、魔法は必ずしも習得していなければいけないものでもないですから。ただ、『魔力刃(まりょくやいば)』が使えれば料理に活かせるかも知れませんから、弥生の手が空いた時にでも教わると良いですよ。後で夕陽には話を通しておきましょう」

「ありがとうございます」


 偶然にもレベルアップによって『料理LV2』のスキルを習得したことによって、一振家での俺の評価は不憫な境遇の男から将来有望な料理人見習いへ変化している。元々いた専属料理人の腕には全く及ばないのだが、俺が調理に関わると同じ調理法でもより美味しくなるらしく、弥生さんたちは大喜びしてくれた。


 俺としてもちゃんとした仕事が見つかりそうで嬉しい限りなので、もっと料理を頑張りたいと思っている。


 七々扇邸へ到着すると、華火さんと弥生さんは稽古へ向かった。俺は伊吹さんに連れられて夕陽さんへ挨拶に伺ったのだが、通された部屋では夕陽さんだけではなく、彼女と同年代くらいのサムライの女性と、少し年嵩の女性が待ち構えていた。


「やあ、待っていたよ。健之助君」


 やけにフランクに俺を歓迎する夕陽さんに座る様に促され、俺は伊吹さんと共に畳に正座する。


「先日は異国の服だったが、日ノ本の着物も似合うじゃないか」

「ありがとうございます」

「紹介するよ。七々扇家当主の七々扇千奈(せんな)様と跡取りの(かえで)だ」

「萩原健之助です。よろしくお願いします」


 松葉組の屯所として利用されている七々扇邸の本来の持ち主である千奈さんは興味深そうに俺を見て目を細めたあとで口を開いた。


「千奈です。夕陽さんから聞きましたが大変な思いをしてこられたようですね?」

「え、ええ、まあ。でも、弥生さんに助けられて、伊吹さんに保護して貰えたので幸運でした」


 千奈さんの口ぶりから、夕陽さんから情報共有を受けているようだが、一体どこまで話しているのか分からないので、俺は曖昧に答えた。


「今日からここで料理人に混ざって働いてくれるのでしょう? よろしく頼みますね」

「は、はい。精一杯頑張ります」


 千奈さんは物腰こそ柔らかだが、目が全く笑っていない。俺がどういった人間か探るような視線を向けられているので、異様に緊張してしまう。

 すると、黙って俺を見ていた楓さんが首を傾げて口を開く。


「……『鑑定耐性LV3』?」

「え?」


 真っ直ぐに俺へと向けられる視線には初対面の時の夕陽さんや今の千奈さんのような俺を疑うという意志が感じられず。ただただ、不思議な生き物を見る様な目が向けられていた。


「ほう。LV2かと思っていたが、LV3とは……」


 夕陽さんが楽しそうに口角を上げる。


「『鑑定耐性LV3』を持っている男なんて初めて見た。君、面白いね」

「健之助君、何か他に隠しているスキルはないのかい?」

「えっ、な、ないですよ。あとは『運搬LV2』くらいです」

「運搬か、それなら私も持っているよ。男で持っているのは珍しいけれど、別段隠すようなものでもないな」


 夕陽さんが期待外れだと言わんばかりに詰まらなそうな顔をする。この人は俺に一体何を求めているんだ?


 隣に座っている伊吹さんはほぼ無表情で感情が読めないが、千奈さんは依然として俺を探るような目を向けており気が抜けない。


「夕陽、そろそろ良いのではないですか?」

「うん? ああ、そうだね。じゃあ健之助君、料理人には話を通してあるから、台所へ向かってくれ」

「わ、分かりました」


 俺は退出の挨拶をしてから立ち上がって部屋を出る。


 千奈さんの視線から逃れたくて急いで退出してしまったが、俺は台所の場所など知らない。仕方なく一振家の間取りと照らし合わせながら廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられる。


「待って」


 振り返ると、楓さんが俺を追いかけるように歩いて来た。


「君、名前……何だっけ?」

「えっと、萩原健之助です」

「健之助って呼んで良い?」

「はい、良いですよ」


 ぽんっと、俺の頭の上に楓さんが手のひらを置く。

 何事かと思ったら、何故か俺の頭を撫で出した。


 こうして立って並ぶと分かるが、楓さんは女性にしてはかなり背が高い。おそらくは170センチ後半くらいはあるのではないだろうか?


 俺は初対面の長身の女性に頭を撫でられるという意味不明な状況に困惑しつつ、サムライ相手に無礼を働くわけにもいかないので、彼女が飽きるまで撫でられ続けた。


「健之助の髪、すごく綺麗」

「あ、ありがとうございます」

「ねえ、『鑑定耐性LV3』を持ってるってことは、健之助は隠したい魔法かスキルがあるんだよね?」

「えっ?」

「付いて来て」


 楓さんは俺の腕を掴むと、どこかへ向かって歩き出す。俺は訳が分からないまま彼女に連れられて玄関から外へ出ると、見習いらしき幼い女の子が剣を振っている庭を横切って別の建物へと移動させられる。


 その建物の中は剣道場のようになっており、サムライたちが稽古をしていた。華火さんや弥生さんの姿もある。

 楓さんに手を引かれて入場した俺にサムライたちの視線が一斉に集まった。


「楓様、その男は?」


 近くにいた中学生くらいのサムライが近寄って声を掛けてくる。俺に対して警戒するような目を向けられたが、楓さんが素早く俺を自分の後ろに隠したので、不快な視線からは守られた。


「私が良いって言うまで全員外に出て」

「えっ? と、突然どうしたのですか?」

「いいから出て」


 楓さんは俺の手を握ったまま入り口を開けるように脇に逸れると、稽古をしていた全員に外に出るように命令した。


 討伐組の日常を知らない俺でも分かる。今の状況は異常だ。俺は何か途轍もない騒動に巻き込まれて――いや、騒動の渦中にいる気がする。


 楓さんはこの七々扇家の跡取りだと言っていたのでここではかなり立場が上なのだろうが、道場で稽古していたサムライ全員を説明もなく追い出すというのは明らかにやりすぎだ。


 案の定、黙って従うサムライばかりではなく、何人かは楓さんの前に集まって来た。先頭には最初に声を掛けてきた中学生くらいのサムライがいる。


「楓様、何があったのですか? その男は何者です?」


 楓さんはチラリと俺を見てから手を離すと、腰の刀に手を伸ばした。


「いいから出て。言う事が聞けないなら、気絶させて叩き出す」

「なっ!?」


 突如として、楓さんの存在感が膨れ上がった。

 幽霊の時とは違って俺に対して向けられているものではないが、これは間違いなく魔力による『威圧』だ。


 その場に残っていたサムライたちは楓さんが本気だと悟って説明を求めることなく素早く道場の外へと退散していく。


 全員が出て行ったところで楓さんは刀から手を離すと、『威圧』を解いた。

 楓さんは再び俺の手を掴むと、道場の奥へと移動する。


「ここなら、誰にも話を聞かれないよ」

「え?」

「みんなには秘密にするから、教えて」


 無表情に近い楓さんの目には好奇心の色がありありと映っている。驚いたことに、彼女は俺の秘密を聞き出すためだけにこれほどの事をしでかしたらしい。


「あの、秘密って言われても……俺が持っているパッシブスキルは『料理LV2』で、アクティブスキルは『運搬LV2』だけですよ?」


 もしかしたら、嘘が分かるスキルがあるかもしれないので、俺は慎重に言葉を選びながら真実だけは話す。

 これで納得してくれれば良かったのだが、楓さんは一瞬無表情のまま固まった後で首を傾げた。


「健之助、『鑑定』のスキルのLVごとの詳細は知っている?」

「知らないです」

「『鑑定』はLVが上がると見られるステータスの範囲が増えるの。LV1だと名前や年齢みたいな基本情報と力や素早さなんかの能力が見られる」

「なるほど」

「LV2だとパッシブスキル、アクティブスキル、オートアクティブスキルまで見られるようになるの」


 そこまで説明されて俺は思い出した。

 そういえば、幽霊が俺に『鑑定耐性LV3』を習得させた時に、ユニークスキルを見られるのは『鑑定LV3』だと言っていた。


「そしてLV3だと、ユニークスキルと習得している魔法が見られるようになる。だから、健之助は何か凄い魔法かユニークスキルを持っていて、それを隠すために『鑑定耐性LV3』を習得したんじゃないの?」


 その通りです。

 俺はズバリと予想を的中させてくる楓さんに恐怖を感じながら、どのように言い訳しようか必死で頭を回転させる。


「夕陽は『鑑定LV2』までしか持っていないからLV3で何が見られるようになるか知らないの。ちなみに、『鑑定LV3』を持っているサムライは江戸で私だけ」

「す、凄いですね」

「うん。でも健之助も凄い。私以外で『鑑定耐性LV3』を持っている人間を始めて見た」


 楓さんは俺の両手を取って包み込むように両手で握ると、好奇心に満ちた目で俺と視線を合わせる。


「誰にも言わないよ?」


 彼女の視線は俺に好意的だが、だからといってユニークスキルの事を簡単に教えるわけにはいかない。俺は楓さんの視線に耐えられずに目を逸らした。


「え、えっと……フランメギドで奴隷として育って……」

「それは夕陽から聞いたけど、耐性スキルを取った経緯は本当の事だとは思えない」

「え?」

「私は昔、日ノ本で人攫いをしていた魔人族(まじんぞく)と戦ったことがある。魔人族は魔力が高い種族だけが自分たちと対等だと言っていて、魔力の低い種族を見下していた。奴隷にした人族(ひとぞく)がいくらレベルアップしたり、たくさんのスキルを習得したりしたとしても、種族として劣っているから絶対に自分たちを脅かすことは出来ないと思っている。何回も鑑定を使って奴隷の人族を管理しようとするほど、あいつらは人族を恐れていない」


 まずい。

 俺は幽霊から教わっただけだが、楓さんは本物の魔人族と話したことがあるらしい。自分の経験でどういう存在か知っているのなら、嘘で塗り固められた俺の話が通じるとは思えない。


 特に鑑定に関する話は魔人族のハーフである幽霊ではなく、俺が想像で作った話なので叩かれるとボロが出てしまう。


「だ、誰にも言いませんか?」


 俺が尋ねると、両手を包んでいる楓さんの手に力が込められた。


「言わない。約束する」

「千奈さんや夕陽さんにも?」

「言わないよ。伊吹にも言わない。私と健之助だけの秘密にする」


 ここまで逃げ道を封じられると本当の事を話すしかない。俺は観念して口を開く。


「えっと……実は俺、ユニークスキルを持っているんです」


 俺が白状すると、楓さんは目を輝かせて顔を近付けてきた。女性から手を握られて、顔を近付けられた事など無いので、たまらず目を逸らす。


「どんなスキル?」

「ええっと……」


 詳細を全て説明して良いものか考えたところで、俺は今の状況に違和感を覚えた。


 結局、彼女の押しの強さに負けて喋らされているが、普通はユニークスキルの詳細まで他人に教えるものなのだろうか?


 『鑑定』のスキルで勝手に見る事も出来るが、そもそも人のステータスを勝手に見るのは失礼にあたる気がするし、俺ばかりが喋らされている状況は酷く不当な扱いではないだろうか?


「楓さん。俺のユニークスキルの詳細を教えたら、楓さんは何をしてくれるんですか?」


 俺の返答が意外だったのか、楓さんはキョトンとした顔で目を瞬かせた。


「その……俺ばっかり秘密を喋らされるのは嫌ですよ」


 俺の主張を聞き届けると、楓さんは俺から手を放して考えこむ。


「言われてみれば、そうかも」

「そ、そうですよね」

「じゃあ、教えるけど。私もユニークスキルを持ってるよ」


 そうなのか。

 いや、ちょっと待て。この流れはまずい。


 楓さんのユニークスキルがどういったスキルなのか興味がないわけでは無いが、俺のユニークスキルの詳細を教える見返りが楓さんのユニークスキルの詳細なのだとしたら割に合わない。


 俺のユニークスキルを知られたら、今の生活がどのように変化するか分からないのだ。楓さんは秘密にすると言っていたが、『レベルダウン無効』の詳細を知って考えを変えるかもしれないし、所詮は口約束だ。こっそりと夕陽さんに情報を流される可能性も十分にある。俺はまだそこまで楓さんの事を信用できない。


「楓さん、俺は楓さんのユニークスキルを詳細まで知りたいとは思いません」

「え?」

「俺にとってユニークスキルは誰にも知られたくない情報で、知られたら今後の人生がひっくり返るかもしれないほど重要な事柄なんです。だから、それを教えろというのなら、楓さんにも同等の情報を要求します」


 これで諦めてくれと願いながら提案すると、楓さんは腕を組んで悩み始めた。


 もしも楓さんが本当に誰にも知られたくないような秘密を教えてくれるのなら、それはそれで良い。お互いに秘密を握り合う形になるので、俺のユニークスキルを誰かに喋ったりはしないはずだ。


「困った……私はそんなに大きな秘密が無い」

「じ、じゃあ、この話は終わりですね。お互いユニークスキルを持っているという情報は秘密にしましょう」

「うん。残念だけど……そうする」


 楓さんは本当に残念そうに肩を落として道場の出入り口に向かって歩き出した。

 閉じられていた出入り口の扉を開けると、追い出されたサムライたちが待ち構えている。


「楓様!? ど、どうされたのですか?」


 見るからに落ち込んでいる楓さんを見てサムライたちが目を剥いて驚く。

 楓さんはチラリと俺に視線を向けた後で大きく息を吐いた。


「健之助との秘密だから、言わない」


 その一言で、サムライたちの視線が一斉に俺に集まる。俺は不味いと思いながらも、即座にサムライたちへ口を開いた。


「お、俺も楓さんと約束したので話せることはありません。し、失礼します」


 俺は一礼してからサムライたちの間をするりと抜け出し、何事だろうと遠くからこちらを眺めていた見習いらしき女の子に台所の場所を聞く。


 背中に突き刺さるようなサムライたちの視線を受けながら、昼食を作るべく台所へと向かった。

本来は男の健之助が楓に交換条件を突き付けるなど無礼極まりない行為なのですが、楓は全く気にしていません。


次回はついに魔法について教わります。

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