スキルと魔法
馬車に繋がれていた馬の交代作業が始まる。次の宿場までは結構な距離があり、到着したらちょうど昼食時になるらしい。
俺たちはトイレ休憩を挟んでから再び馬車へと乗り込んだ。再び馬車が動き出したところで、俺は先ほどの話の続きを促した。
「弥生さん、その鬼王なんですけど」
「ちょっと待って。これ以上詳しい鬼王の話は一般常識から外れてくるから、先に常識関係の話をさせて?」
鬼王の伝承についてもっと聞きたかったのだが、弥生さんからしてみれば他に優先すべき話があるらしい。
「健之助君は外国にいたんだから、日ノ本の呪いについて知っておいた方が良いと思う。日ノ本に着いてから、誰かに呪いについて教わったりはした?」
突然の話題に驚きつつ首を横に振る。
日ノ本の歴史以外だと、鬼などの危険生物や人族以外の種族、ステータスやスキルなどのゲーム的要素は幽霊に教わったが、呪いという物騒なワードは初めて耳にした。魔法がある世界なので呪いがあっても不思議では無いが、それが身近にあると分かれば楽観視は出来ない。
「健之助君もおかしいと思っているんじゃないのかな? ここで生まれ育った私たちからしてみれば当たり前だけど、外国から来た男性は最初に驚くことがあるんだけど」
「もしかして、サムライが女性しかいないことですか?」
弥生さんは俺の言葉に軽く頷くと、日ノ本の呪いについて話し始めた。
「日ノ本の大地が呪われたのも、1000年前くらい。鬼王を討った人族の男たちが突然に力を失ったの」
当時はまだサムライと言えば男であり、女は守られる対象だったらしい。けれど鬼王を討って勢い付いた人族が日ノ本の魔人族を一掃しようと攻勢に出た途端、全ての男が力を失ったらしい。
具体的にはレベルが減少する速度が急速に上がった事で、どんなに鍛錬しても高レベルを維持出来なくなってしまい、戦いどころでは無くなった。その呪いは人族だけでなく魔人族にも被害を与えており、魔人族たちは鬼王の仇討ちすら諦めて大陸へ撤退して行ったのだという。
原因は全く不明だが、討ち取られた鬼王の怨念によって大地が呪われたのではという説が最も信じられているらしい。
「そういうわけで、それからずっと日ノ本の大地の上では男性は呪われ続けているんだけど、健之助君も大陸から来たなら実感があるんじゃない? レベルがどんどん下がっていると思うけど?」
「えっ? あ、ああ……そ、そうですね。でも、俺は元々レベルが低かったんでそこまで影響はないですよ」
俺はステータスを開くと、自分のユニークスキルの欄に表示されている『レベルダウン無効』という文字を凝視する。
このスキルのおかげで俺は日ノ本の呪いを全く受け付けていないのだろう。俺のレベルは10のまま変化が無い。
「えっ――何このスキル……? レベルダウン無効?」
隣に座っている弥生さんの口から飛び出した言葉を聞いて、俺の背筋が凍り付く。恐る恐る彼女へ視線を向けると、弥生さんが真剣な表情で何もない空間を見つめていた。その視線は明らかにステータスを見ている時のものだ。
俺の視線に気付いた弥生さんは当然のことのように質問してきた。
「健之助君、このユニークスキル……もしかして呪いも無効にしてるんじゃない?」
「いや、あの、ど、どうして見えるんですか?」
「どうしてって、鑑定だよ。あっ、ごめんね、断りもなく見ちゃって」
弥生さんは俺のユニークスキルについて詳しく知りたそうにしているが、俺からしてみればそれどころではない。
俺は『鑑定耐性LV3』のスキルを習得したはずだ。それなのに、弥生さんは当たり前のように俺のステータス画面を見て質問してきている。いったいどうして俺のスキルが発動しないのだろう?
「あの、弥生さんに俺のステータスが見えるはず長いんですけど……」
「もしかして、鑑定されたのが初めて? 他人のステータスを見る事が出来る、『鑑定』っていうスキルがあるんだよ」
「そのスキルは知ってます。でも、俺は耐性スキルを持ってるんです」
「へ? あっ――ほんとだ……しかもLV3」
弥生さんは「しまった」と呟いた後、俺の怪しむ視線から逃げるように逆方向へ顔を向けた。
「ええっと……今のやり取りはなかったことにならないかな?」
「ならないですよ。弥生さんは一体何をしたんですか?」
鑑定耐性を貫通して俺のステータスを見ることが出来る方法があるのなら、それを知っておかないと後々大変な目に会うかもしれない。
弥生さんにユニークスキルの存在が知られてしまったのは仕方ないとしても、今後の対策はしたいのだ。
弥生さんは困り果てたような顔で俺を見る。
「だ、誰にも言わないでね?」
「分かりました。弥生さんも俺のスキルの事は言わないでくださいね」
弥生さんは小さく頷くと、馬車の外に声が漏れるのを気にするように小声で話し始めた。
「私もユニークスキルを持っているの。そのスキルの力で健之助君のステータスを確認したんだよ」
「なんて名前のスキルなんですか?」
「『絶対鑑定の魔眼』」
あまりにもそのまんま過ぎるスキル名に俺は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。絶対鑑定というくらいだから、恐らくは耐性スキルを全て無視して相手のステータスを見ることが出来るユニークスキルなのだろう。
「あの、魔眼って何ですか?」
「ユニークスキルの中には魔眼っていう種類のものがあるんだよ。名前の通り目に宿っているスキルで、目で見ることで力を発動するから、視界を遮られたりすると使えなくなっちゃうんだ」
「見えないと使えない……逆に普通の『鑑定』スキルは相手が見えなくても使えるんですか?」
俺の質問に弥生さんは首を振って否定する。
「『鑑定』のスキルは相手を見るだけじゃなくて、相手が自分の近くにいないと使えないの。正確に距離を測ったことはないけど、大体5メートルくらいの距離が限界だと思う。スキルの詳細には『目の前の対象のステータスを見る』って書いてあるらしいから」
「アバウトな表現ですけど、確かにそれだと見えている事と、すぐ近くにいる事が条件っぽいですね」
そして弥生さんの魔眼は見えるならどれだけ離れていても鑑定できる上に、耐性スキルが無効化されるということだ。
俺の『レベルダウン無効』も大概だが、弥生さんの魔眼も負けず劣らず凄いスキルだった。
「俺、このユニークスキルを知られないように耐性スキルを習得したのに、弥生さんみたいなユニークスキルを持っている人が現れたら意味が無いですね……」
「私に対してはそうだけど、ユニークスキルなんだから私以外に同じ魔眼を持っている人はいないはずだよ」
「そうなんですか?」
「もちろん。世界で自分だけが持っているスキルだからユニークスキルって言うんだよ?」
俺はぎょっとして自分のステータスに表示されているユニークスキルへ目を向ける。
この世界、そしてこの国において途轍もなく強大な恩恵を与えてくれるスキルだが、まさかそれが世界で自分だけのものだとは思わなかった。俺は本当の意味で自分のユニークスキルの希少さと異常さを理解した。
「弥生さん、俺のユニークスキルが知れ渡ったらどうなると思いますか?」
俺の質問に弥生さんは腕を組んで考えた後、真剣な表情で答えた。
「日ノ本の呪いを無効にできるなら、健之助君は1000年前にいた男のサムライのように活躍することが出来ると思う」
「俺がサムライ? 無理ですよ、昨日の鬼にすら殺されかけたのに」
「それは訓練をしていないから当然だよ。でも男なら元々の強さは私たち女よりも上のはず。討伐組の組頭や各地の大名に知られれば1000年ぶりの男サムライになることを期待されてもおかしくないよ」
弥生の言葉を聞いて、幽霊に言われた言葉が思い起こされる。
『鍛錬を続ければ永久的に強くなり、いずれは世界一強い人族になるだろう』
別に最強になどなりたくはないが、周囲はそれを俺に求めてくるかもしれないということだ。
俺はごくりと生唾を飲み込む。耐性スキルを貫通して鑑定できるユニークスキルを持っていたのが弥生さんで良かったと思うしかない。
「あの、弥生さん。俺のユニークスキルについては本当に誰にも言わないでいてくれますか?」
「……健之助君はそれでいいの?」
「どういう意味ですか?」
「この土地の呪いのせいで男の立場は凄く低いの。でも健之助君なら例外的に女と同等――ううん、それ以上の立場になることができるかもしれないんだよ?」
「だからって、サムライになれって言われる方が困りますよ。俺はサムライになるより、弥生さんの家でサムライの弥生さんを支える生き方がしたいです」
俺の言葉を聞いた弥生さんの顔が目に見えて赤くなる。その反応を見て俺は自分が告白まがいの発言をしたことに気が付いた。
「す、すみません。弥生さんの家で働きたいって意味で、他意はありませんから」
「……うん」
慌てて訂正したが、弥生さんは依然として耳まで真っ赤にして俺と目を合わせようとしない。
「健之助君。今みたいなの、絶対に姉様たちには言っちゃダメだからね?」
「は、はい」
その後、弥生さんに教えてもらったのだが、武家の次女や三女というのは結婚が出来ない立場であり、長女が健在の間は分家しない限りは未婚のまま生涯を終えるらしい。そして三女の弥生さんや次女の華火さんは討伐組の仕事で忙しいために男と遊んだことすらないということで、誤解されるような発言をしないように重々気を付けなければ、誘っている様に聞こえてしまうらしい。
ここでいう男と遊ぶというのは、恐らくは江戸時代で言うところの吉原へ行く的な意味だと思う。
弥生さんは控えめに言っても美人だと思うのだが、恋人もおらず三女なので結婚も出来ず、討伐組で働く以外にすることがないらしい。
俺は次の宿場町へ到着するまでの間、武家の長女以外の女性たちの人生について考えていた。
宿場町で昼食を済ませて、再び貸し切りの馬車へ乗り込んだ。その後も次の宿場町に着くたびに馬を入れ替えて進んで行く。
「……やっぱり、馬車があるのって変だよな……」
「えっ? 何か言った?」
「あっ、いや、独り言です」
俺が何気なく口にした言葉に弥生さんが反応してしまったので、慌てて取り繕う。弥生さんに江戸時代の話をするわけにはいかないのだ。
「日ノ本に馬車があるのが不思議なの?」
「えっと……日ノ本に馬車を使っているイメージがなかったので」
「ふうん? まあ、馬車が普及したのも最近の事らしいから、そういうイメージを持たれていてもおかしくないかもね。それこそ私が生まれるちょっと前くらいに使われ始めたって聞いたことがあるし」
余計な事は言えないという緊張感の中で、俺は必死に相槌を打つ。江戸時代に馬車はないはずという前の世界の常識を語るわけにもいかないからだ。
「大陸の方では昔から一般的な乗り物だったらしいんだけど、日ノ本では馬はサムライが乗るもので、車を引くのは牛だったんだよね。しかも牛車に乗って良いのは身分が高い人だけ。平民が少し奮発すれば馬車で街道を旅できる時代になるなんて、数十年前の人は思いもしなかったみたいだよ」
「……た、確かにそうですね」
この世界に参勤交代はあるのだろうか?
もしもあるのなら、俺の世界に比べて随分と楽そうだ。
「弥生さん、馬車の歴史よりも、俺は鬼王の歴史についてもっと知りたいです」
俺の世界との違いを色々と調べてみたい気持ちもあるのだが、弥生さんにどのように質問すれば怪しまれないかが分からないので、俺は再び鬼王について尋ねてみた。
すると弥生さんは何かが面白かったのか、少し目を見開いて驚いた顔をした後、クスクスと笑いながら了承してくれた。
「うん。早急に教えなきゃいけない内容は話し終えたから、私に分かる範囲で良ければ教えてあげるね」
どうやら弥生さんはあまり歴史に詳しくはないようなのだが、この世界の歴史知識がゼロの俺にしてみればとても興味深かい内容だった。
強大な力を持つ鬼王をいかにして人族の男たちが倒したのか気になっていたのだが、鬼王の部下との戦いで人族側はわざと敗走し、戦利品としてアルコール度数の高い酒を大量に持ち帰らせた。そして鬼王やその部下たちが戦利品の酒を飲んで宴会しているところを奇襲することで打ち倒したらしい。
酒を飲ませて倒すというのは日本の妖怪退治話でもよくあるが、正直に言うとあまり好きな勝ち方ではない。戦争なのだからそれで良いのかもしれないが、その負け方は鬼王にしてみれば無念だったに違いない。
ちなみに酒を飲ませて倒したのが最も有力な説というだけであり、女を使って油断させたとか、井戸に毒を入れたとか、神々に与えられた武器を使ったとか、別の倒し方で記録されている書物が各地にあるらしく、実際のところは分からないらしい。
フランメギド魔王国に伝わっている歴史と照らし合わせる事が出来れば真実が見えてくるのかもしれないが、今の両国の関係だと不可能に近いとのことだ。
「ふと思ったんですけど、今の魔人族の子供に鬼王みたいな突然変異の妖魔族が生まれたりしたら、日ノ本に攻めてくると思いますか?」
「うーん、どうだろ? 呪いのせいで日ノ本を侵略する旨味はほとんど無いだろうから、例え戦力が整ったとしても日ノ本には攻めてこないんじゃないかな?」
日ノ本の呪いは魔人族の男性にも効果があるようなので、今の日ノ本はフランメギドにとって特に欲しくはない土地なのだそうだ。とはいえフランメギドの人々が船で東の海に出る場合に日ノ本の北を横切るので、警戒を怠るわけにはいかないらしい。日ノ本から北西の大陸へ向かう際もフランメギドの船と鉢合わせないように細心の注意を払っているとのことだ。
「それに昔はともかく、今の日ノ本のサムライなら妖魔族に負ける事はないと思う」
「男がいないんだし、逆に昔より不利じゃないですか?」
「確かに男はいないけど、1000年以上鬼を倒し続けてきた私たちは昔のサムライが持っていなかった力を身に付けたの。この力があれば妖魔族と互角以上に戦えるよ」
「強力なスキルですか?」
「スキルと魔法どっちもだよ。私たちサムライが使うのは『鬼魔法』。昔は妖術って呼ばれていたけどね」
鬼魔法と聞いて首を傾げた俺を見て、弥生さんは詳しく説明してくれた。
「妖術は本来、鬼王や部下の鬼が使っていた魔法だったの。日ノ本のサムライたちはそれを見て、妖魔族が使う術だから妖術って呼んでいた。けれどある時、『鑑定LV3』を持ったサムライが誕生して鬼たちを調べることが出来たの。その結果、鬼は『自然魔法』というスキルと『鬼魔法』という魔法を習得しているって事が分かったの」
そこからは、そのスキルと魔法が人族にも習得できないか研究が始まり、長い年月をかけて解明した結果。見事、人族のサムライたちも『鬼魔法』を習得するに至ったということらしい。
「元々は鬼王が使っていた魔法だけあってすごく強力で、『鬼魔法』が当たり前の時代に産まれた私からしてみれば、この魔法なしで戦っていた昔のサムライを逆に尊敬したくらいだよ」
ひとしきり魔法について語り終えたところで、弥生さんがポンっと手を打つ。
「そうだ。健之助君も『鬼魔法』を習得しておくと良いよ」
「えっ? 俺も習得できるんですか?」
「素養があればだけど、下級の魔法くらいなら日ノ本の男の中にも習得している人がいるくらいだから、呪いの効かない健之助君なら簡単だと思うよ」
俺は自分も魔法が使えるかもしれないという事実に胸を高鳴らせ、弥生さんの提案に大きく頷いた。
「ぜひ、教えてください。ステータス的には俺にも魔力はあるみたいなんで、魔法を使ってみたかったんです」
俺が食い気味に答えたのが面白かったのか、弥生さんは口元を押さえて笑う。
「健之助君って、本当に面白いね。女の子みたいだよ」
「へ?」
女の子?
今の俺の態度のどこに女の子っぽい要素があったのか分からず、俺の口から間抜けな声が漏れ出た。
「鬼王の歴史に興味を持って、スキルや魔法の話を凄くワクワクした顔をして聞いて、魔法を教えてあげるっていたら目を輝かせて喜ぶんだもん。大きくなったらサムライになるんだって木の枝を振り回している小さい女の子みたいだよ」
「あっ、な、なるほど」
つまり弥生さんの言う「女の子みたい」とは、俺の世界の感覚では「男子小学生みたいだよ」と言っているようなものらしい。
仕方ないだろう。俺は高校生だが、魔法などというファンタジーの塊を前にして童心が疼いてしまった俺を責められる同年代の男はいないと断言したい。
「えっと、もっと男らしく振る舞った方がいいですか?」
「ううん。それが健之助君の魅力だと思うし、はしたなくはしゃいでいるわけでもないから良いと思うよ。江戸に到着して落ち着いたら魔法の練習に付き合ってあげるね」
「よろしくお願いします」
こうして俺は、弥生さんに『鬼魔法』の使い方を教えてもらえることになった。
地獄のような世界へ迷い込んでしまったと分かった時は絶望したが、何だかんだ衣食住には困らなそうだし、この世界での楽しみも見付けられそうだ。
俺は幽霊に言われたように、第二の人生を楽しむ準備を着々と進めていた。
三女だと結婚も許されないというのは、現代では考えられないほどに辛い境遇ですよね。
実際の江戸時代も武家の次男、三男はそういった境遇だったらしいです。
今回出てきた『自然魔法』や『鬼魔法』ですが、詳しく分かるのは少し先になりそうです。
次回はついに江戸に到着します。




