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転生ヒロインとレベルダウン無効スキル  作者: 相馬あさ
第二章 解き放たれた英雄
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精霊使い(中編)

「おいおい。なんだ、この惨状は……」


 西の森は覚悟していない者が訪れたら一目散に逃げ出すだろうと言い切れるほどの地獄絵図だった。

 いくつもの獣の死骸が横たわっているが、そのどれもが頭部と腹部を損傷しており、辺りには血と内臓がまき散らされている。


「ひ、酷いですね」

「どうやら、見境なく襲っているようだね」


 フォルジュ伍長の言う通り、猪や鹿の死骸に混ざって狼の死骸があった。本来は襲う側の狼が死んでいるということは、この辺りの獣を殺したのは魔獣の仕業と見て間違いないだろう。


 俺は血塗れの死骸に近付くと、状態を確認する。


「頭を噛み砕かれているな」

「うひゃぁ……グロテスク……」


 サティ二等兵が表情を歪めて目を背けた。


 こいつ、本当に軍人なのか?

 この程度で値を上げてどうすると叱りそうになったが、俺は彼女の上官でも何でもないので思い留まった。


 二等兵という階級は新人に与えられるものらしいので、討伐組で言えば見習いなのだろう。


 俺はサティ二等兵を無視して、同じように死骸を検分しているフォルジュ伍長に声を掛けた。


「今回の討伐目標は狼の魔獣なんだよな? だとしたら、この死骸の狼は群れの仲間とかじゃないのか?」


 魔獣も普通の獣と同じで親がいる。何もないところから産まれてくるわけではない。

 巨大な狼の魔獣と聞いていたので群れを率いる個体の可能性もあると考えていたのだが、率いるどころか他の狼まで殺しているのは異常としか言いようがない。


「……同じ狼といっても仲間だとは限らないよ。脳と内臓だけを狙っているのは、魔力を一番多く含んでいる部位だからだろう」

「それでこの惨状か……」


 辺り一面の死骸を眺めながら歩いていると、フォルジュ伍長が手で制止するように合図を送って来た。


 コルベール一等兵が警戒するように前に出て大きな盾を構え、サティ二等兵が弓矢を手にする。


「――どうやら現れたみたいだ」


 フォルジュ伍長の言葉を聞いて、俺が剣の柄に手をかけた瞬間、正面の木々の陰から赤い獣が躍り出た。


 それは目にも止まらぬ速度でこちらへと接近し、フォルジュ伍長めがけて飛び掛かって来たが、間に割り込むように入ったコルベール一等兵の大盾によって防がれた。


 赤い獣は大盾を蹴るようにして後方へ飛び退くことで、コルベール一等兵の斧による一撃を回避する。


 少し離れた所に着地した赤い獣の姿を見て、俺は驚いた。


 牛ほどの大きさがある狼の魔獣。そう聞いていたが、目の前にいるのは想像していた狼とはかけ離れた獰猛そうな獣だった。


 燃える様な真紅の毛並みに禍々しい金色の瞳。どんな生き物も一撃で絶命させられそうな巨大な口からは鋭い牙が覗いている。そして巨体に似合わない身軽さを持った獣は、一目で魔獣だと分かる程の威圧感を放っていた。


 俺は威圧耐性LV1を持っているので身体に物理的な異常は無いが、その見た目の迫力だけで臆病者ならば腰を抜かすのではないだろうか。


 狼は鋭い牙と獲物をどこまでも追い続ける持久力が脅威だと姉上から聞いた事がある。それにあの速度だ。空を飛べるエラ以外はこの魔獣から逃げることは出来ないだろう。


「おい、この国の狼は赤いのか?」

「いや、こんな色の狼は初めて見る。間違いなく突然変異種だ。蓮、自身が無いなら下がっても良いぞ」

「馬鹿言うな。お前らこそ、下がっていいぞ」


 この程度の魔獣に臆していては、魔獣討伐で稼ぐことなど出来ない。


 俺はゲイルの宿る魔法銀製の剣を鞘から抜くと、動きの邪魔になる鞘をベルトからホルダーごと取り外して脇に放る。


 コルベール一等兵の横を走り抜けると、両足から自然魔力を取り込みながら赤い狼へと接近する。


 何かが風を切る音が聞こえたかと思うと、赤い狼の逃げ道に一本の矢が刺さった。


 俺とエラが日ノ本で魔獣を狩る時によくやる連携だ。エラが魔獣の逃げ道を塞ぎ、俺がその隙に斬りかかる。


「『霞刃』!」


 自然魔力が霞のように集まって巨大な刀身を作り出し、俺の剣は何倍もの攻撃範囲を得る。


 赤い獣は突如として延びた俺の剣に対応できず、一刀両断されるはずだった。


 俺が振り下ろした『霞刃』は間違いなく赤い狼を捉えており、もはや回避は間に合わない位置だったのだ。


 だというのに、俺の『霞刃』が赤い獣を斬り裂くことは無かった。


「あっ? なんだ、こいつ?」


 突如として目の前に現れた別の獣。


 金色に光り輝く見たこともない異国の獣によって、無敵を誇るはずの『霞刃』が受け止められていた。


「そ、そんな馬鹿な!? 蓮、早く下がれ!」


 フォルジュ伍長の焦ったような声が響く。


 目の前の金色の魔獣に気を取られていたせいで、赤い狼の動きに気付けなかった。いつの間にか俺の側面に移動している。


「くそっ!」


 赤い狼の牙から俺を庇うように熊のような巨体が割り込む。コルベール一等兵だ。


 大盾を持った彼が来た事で赤い狼は警戒したのか、飛び掛かるのを止めてその場で唸り声を上げた。


「二人とも、下がって! 『緑の刃』!」


 続いてサティ二等兵が魔法の刃を放ったことで、赤い獣はそれを回避しつつ、俺たちから再び距離を取る。


 俺とコルベール一等兵はその隙に踵を返してみんなと合流した。


「エラ、お前ももっと援護しろ」

「あう……ご、ごめんなさい」


 俺たちが赤い狼から距離を取る間、サティ二等兵が弓矢で赤い狼へ牽制してくれたのを見て、俺は何もせずに見ているだけのエラに苦言を呈す。


 エラとは如何にして魔獣を逃がさずに討つかという連携しか行って来なかったので、初動が遅れるのは仕方がない。しかし、俺が反撃で死にかけるような状況で、家来であるエラが何もせずにいたという事実は怒られても仕様がないものだろう。


「それで、あの突然現れた金色の魔獣は何だ?」


 あんな魔物がいるとは聞いていなかったが、それ以上に気になるのはあの魔獣の異常な硬さだ。『霞刃』が通らない魔獣など聞いた事が無い。


 帝国にのみ生息する危険な魔獣なのだろうか?


「あれは魔獣ではなく獣属性の上級魔法だよ。まさか魔獣が使ってくるとはね……」

「魔法? 俺の『霞刃』で斬れなかったんだぞ? あの魔獣が魔法生物だって言うのか?」


 フォルジュ伍長の言うように、あの金色の魔獣が本当に上級魔法なら、『霞刃』を防げるだろう。

 上級魔法というのは、姉上が使う『風の霞刃』と同格ということだ。俺の『霞刃』では斬れるわけがない。


「あの魔法の獅子は身体の周りに障壁を張っているんだ。あれを正面から破るには同格の上級魔法が必要だろうね。魔法があまり得意ではない僕たち獣人族は、力と素早さで勝負するほかないよ」


 俺とフォルジュ伍長が話している間、エラとサティ二等兵が弓や魔法で赤い狼を攻撃していたが、その全てを金色の獣の障壁が受け止めて防いでいる。


 最強の盾に守られた赤い狼は、もはや避ける素振りすら見せずにこちらを睨んだまま動かない。コルベール一等兵の大盾を打ち崩す策でも考えているのではないかと思うほどに不気味だ。


「れ、蓮様ぁ。矢が無くなっちゃいますよぉ!」

「何?」


 エラが泣き言を言い始めたことで気付く。

 先ほどから動かなかったのは、こちらの矢が尽きるのを待っていたのだ。


「すまない。話が長引いてしまったね。蓮君、ここからは僕がスピードで勝負するから、君はコルベール一等兵と一緒に黄金の獅子を足止めしてくれ」

「……くそっ、せっかく『霞刃』を使って暴れてやろうと思っていたのに」


 これでは本当にただの軍の協力者だ。

 俺は先ほどから彼らに助けられすぎている。


「レン。私の事を忘れていないかしら?」

「ん?」


 俺の剣に嵌められている黄緑色の宝玉から精霊のゲイルが飛び出すと、光り輝きながら俺の周りを旋回する。

 それを見たフォルジュ伍長が驚いて声を上げた。


「うわっ、何だ!? 虫の魔物か?」

「ちょ!? 虫ですって!? あ、あんた、何を見ているのよ! こんなに可愛い私が虫なわけがないでしょ!」


 ゲイルはくるくると空を飛び回りながらフォルジュ伍長へ詰め寄ると、彼の顔の前で制止して自分の身体を見せつけた。


 人族と同じ大きさであったなら、それなりに可愛い容姿であることは確かなのだが、彼女の大きさは手のひら程度であり、蝶の翅のせいで遠目にはほぼ虫にしか見えない。


「おい。だらだら話している場合じゃないぞ。ゲイル、お前の紹介は後でしてやるから、先に魔獣を片付けるぞ。お前の魔法ならやれるのか?」


 憧れだった『霞刃』が通用しなかった衝撃が大きかったせいですっかり忘れていたが、今の俺にはこいつがいたのだ。


 魔法銀製の剣と精霊魔法なら、上級魔法を斬り裂く攻撃ができるのだろうか?


「もちろんよ。精霊魔法は私の魔力をレンに流して、レンが発動させる魔法なの。自分の魔力以外の魔力を扱うから難しいけど、レンなら大丈夫でしょ?」

「自然魔法と同じ要領か。なら、余裕だ」


 子供の頃から、一日だって自然魔法の練習を欠かしたことは無い。魔力操作に関しては自信がある。


「まずは私の魔力で身体を包んで自身を強化する『風の加護』よ」


 そう言って、ゲイルは俺の肩に乗ると、精霊魔力を俺の中へと流し込んで来た。


 足の裏以外から別の魔力が入ってくる感覚は初めてだが、身体の中へ取り込んでしまえば自然魔法とやり方は変わらない。


 俺は鬼魔法の『身体強化』をする感覚で精霊魔力を操作すると、視界の左下に『魔法習得』の文字が表示された。


・風精魔法:風の加護

 下級精霊魔法。強化型。自身の体力を200回復し、素早さを60%上昇させる。


 鬼魔法の身体強化に似てはいるが、こちらはより速度重視の効果で、まさに風の加護といった内容だ。


「こりゃいいな。行くぞ、犬っころ!」


 俺は上昇した素早さを最大限に利用して木々の間を縦横無尽に駆け抜ける。この速さがあれば、金色の魔獣を避けて赤い狼に攻撃することも十分に可能だ。


 赤い狼は速いが、この森の中では通れる場所に制限が生まれる。同じ速さなら奴よりも遥かに小さい俺たちの方が有利だ。


「ま、待て、蓮君。迂闊だぞ!」

 驚いたことに、上昇した俺の速度にフォルジュ伍長は付いて来た。流石は獣人族の軍人、素の速さで今の俺と同等らしい。


「丁度いい、伍長には金色の魔獣を任せた!」

「はあ!? 勝手なことを!」


 フォルジュ伍長は文句を言いながらも、素早く走る方向を切り替えて金色の魔獣へと斬りかかった。

 彼の獲物はやや短めの双剣。当然ながら金色の魔獣に傷を負わせる事は出来ないが、足止めとしては十分だ。


「くらえっ!」


 赤い狼は俺の攻撃に反応こそしていたが、回避が間に合わずに脇腹を斬り裂かれて、傷口から血が噴き出した。


「あ? 『霞刃』どころか、『魔力刃』も出てないのか?」


 俺の想定では、今の一撃で胴体を一刀両断出来るはずだった。

 しかし、実際には浅く裂いた程度であり、骨や内臓まで刃は届かなかったようだ。


 赤い狼は唸り声を上げながら、こちらを警戒して臨戦態勢を取っている。まだまだ戦えると全身が物語っていた。


「レン、魔法を複数同時に使用できるのはLV2のスキルを持っている者だけよ?」

「ちいっ、そういやそうだったな」


 俺の自然魔法のスキルはLV1だし、精霊魔法のスキルは習得していない。同時使用は出来ないということだ。


「蓮君! 何か来るぞ、下がれ!」


 フォルジュ伍長の声を聴いて、俺はすぐに赤い狼へと意識を戻す。


 赤い狼の正面に真っ赤に燃える炎が出現すると、それが水のように水平に広がっていく。


 次の瞬間。


 水平に広がっていた炎が波のように俺目掛けて押し寄せて来た。


「うおっ!」


 俺はすぐに真横へ転がるように回避し、間一髪で魔法の効果範囲から飛び出した。


 命拾いしたが、この場に留まるのは得策ではない。すぐに立ち上がると、追撃をされないように木々の間を走って逃げながら、みんなとの合流を優先した。


 先ほどまでいた場所を見ると、木々に炎が燃え移って火事を起こしていた。はやく火を消さなければ森の被害は甚大なものになりそうだ。


「や、やべえんじゃねえか?」

「まずいね。このままだと、森全体に燃え広がってしまうかもしれない」


 エラが覚えた水魔法ではあれだけの規模の消火を行えるとはとても思えない。早急に魔獣を討伐し、その後で周囲の木々を切り倒して燃え移りを避けなければならないだろう。


「大丈夫よ。私の魔法を信じなさい、レン」


 俺の肩の上にいたゲイルが自信満々で胸を張っている。


 彼女は水の精霊ではなく風の精霊だが、この状況を何とかする方法があるのだろうか?


 火は扇ぐと勢いを増す。風の魔法とは相性が悪い気がするが、他に手は無いのでやれるだけやってみるしかない。


「どうすりゃいい?」

「私の魔力を剣先に溜めて圧縮、燃えている木々に向かって撃ち出して」

「剣先に? 刀身に集めるんじゃないのか?」

「ええ。剣先に球体を作るイメージよ!」


 俺はゲイルの言う通りに精霊魔力を剣先に集めると、球体状に圧縮していく。

 とにかく密度を濃くして硬い球を作るようにしてやると、剣先に黄緑色の光り輝く球体が出現した。視界の端に魔法習得の文字が表示されるが、詳細を確認している余裕はない。


「やるじゃない、レン。やっぱり適性があると違うわね」


 ゲイルは喜んでいるが、適性というよりは鬼魔法で魔力操作に慣れているから出来たことだ。


「ん? おい、あの狼、もう一発こっちに撃とうとしてないか?」


 見ると、赤い狼は再びこちらを睨んで炎を水平に引き延ばしていた。

 この位置であの魔法を放たれたら、素早さの低いコルベール一等兵とサティ二等兵が危険だ。何とかするしかないだろう。


「大丈夫、あいつの魔法ごと巻き込むわ。あいつに向かって剣を振って、レン!」


 どんな魔法なのか知らないが、今はゲイルの言う通りにやるだけだ。


「信じるぞ、ゲイル!」


 俺は赤い狼が放った炎の波に向かって剣を振った。


 剣先に集められていた魔力の球はその動きをきっかけとして前方へと打ち出され、炎の波へと激突する。


 炎には物を受け止める力など無いので、当たり前と言えば当たり前だが、打ち出された球は炎の波を貫いて赤い狼の眼前へと迫った。


 金色の魔獣が割り込むように盾となり、その身体から迸る黄金の障壁に黄緑色の球が触る。


 その瞬間、黄緑色の球は圧縮されていた魔力を解き放ったように大爆発を起こし、赤い狼、金色の魔獣、炎の波と周囲の木々を全て飲み込む巨大な竜巻へと変貌する。


「なっ、何だ、これ!?」


 何もかもを上空へと巻き上げる暴力的なまでの風の力によって、効果範囲内の全てが黄緑色の輝きを放つ竜巻の中へと吸い込まれて行った。


「どう? これが『精霊の風』。この魔法の中じゃ、あの魔獣は自分の魔法を維持できないわ」


 ゲイルが不敵に笑うと、効力を発揮し終えた竜巻が消え、上空から赤い狼と木々の残骸が地面へと落下する。


 落下物の中に金色の魔獣が見当たらない所を見るに、彼女の言う通り赤い狼が魔法を維持できなかったのだろう。


「た、倒したんですか、蓮様?」

「どうだろうな?」


 エラが赤い狼の状態を確認しようと前に出ようとしたので、俺は手で行く手を塞いで制止する。

 倒したと決めつけて行動するのは危険だ。


 俺と同意見らしい軍人たちは、3人とも気を抜かずに武器を構えている。


「あんな高さから落とされたら普通は即死すると思うが、あの魔獣は普通じゃなかったからね」

「ああ。まだ油断は出来ない。エラは高く飛びすぎるなよ?」


 魔法で撃ち抜かれないように低く飛ぶように命じつつ、残骸に埋もれている赤い狼へと視線を向ける。


 すると、身体の上に乗っていた木を弾き飛ばすようにして、ボロボロになった赤い狼が起き上がった。


「げっ、化け物かよ、こいつ」


 弱ってはいるようだが、あの高さから落ちたというのに足も折れていないらしい。とんでもない身体の強さだ。


「だが、ここまで弱らせれば、後は簡単だ。サティ二等兵」

「待てよ。弱らせたのは俺だ。手柄を横取りするな」


 フォルジュ伍長がサティ二等兵に攻撃を支持しようとしたので、俺は素早く二人を止めた。


 軍の協力者になった時の説明では、手柄によって報酬が変わると言っていた。トドメを軍人たちに奪われるわけにはいかない。


「あっ、す、すまない。確かにその通りだな。では、君に譲ろう」


 フォルジュ伍長はこちらの事情を察したのか、すぐに道を譲ってくれた。


 俺は弱った身体で何とか立っているといった感じの赤い狼と睨み合うと、剣を上段に構える。


「んじゃ、仕留めるか」


 素早く動く力が残されていないのなら、このまま『霞刃』で一刀両断してやるのが、一番簡単だ。

 俺が剣に『霞刃』を纏わせると、赤い狼は最後の力とばかりに魔法で小さな炎を生み出して攻撃してきた。

 この程度の炎なら、『霞刃』で簡単に切り伏せられる。


「は?」


 俺目掛けて放たれると思っていた赤い炎。


 しかし、その軌道は明らかに俺よりも一人分右へずれていた。


 俺は素早く剣を振り下ろして炎を斬り伏せたが、赤い狼が誰を狙って攻撃したのかはハッキリと理解できた。


 弱っていたから狙いが逸れたわけではない。


 こいつは間違いなく、正確な狙いで攻撃魔法を放っていた。


「――おい、お前……エラを狙ったな?」


 俺の中でどす黒い感情が渦巻き出す。


 先ほどまでは、ただの危険な魔獣だった。


 町の人に害をなす危険な魔獣を討伐し、報酬を貰う。それだけのはずだった。


 だが、今はもう、そんなことはどうでもいい。


「えっ、レン? 何、この魔力?」


 こいつは、俺の女に危害を加えようとした。


 生き延びるために俺に対して反撃するのではなく、弱くて殺せそうなエラを狙ったのだ。


 今から自分に対して剣を振り下ろそうとしている奴を無視してまで、どうしてエラを狙う?


 物言わぬ魔獣の考えなど、本当のところは誰にも分からないが、俺の女を狙うなら、俺も一切の容赦をしない。


 こいつの全てを蹂躙して、完膚なきまでに叩きのめそう。


 俺は『霞刃』を纏った剣を、水平方向に振る。


 剣を持っていた右手に衝撃が加わり、俺の斬撃が受け止められたことが分かる。


 赤い狼は再び金色の魔獣を生み出して盾としたのだ。


「……一撃防いだ程度で、何とかなると思うな!」


 例え防がれたとしても、気にせずに次々に打ち込んでいく。


 二連、三連、四連。


 普段の何倍もの速さで剣を振り、力任せに金色の魔獣へとぶつけていく。


 五連撃目で、魔獣を守っていた薄い金色の膜のようなものが砕け散った。


 やはり、硬いだけで壊せないわけではない。


「う、嘘!? 今って私の加護を使ってない生身でしょ?」


 ゲイルの驚く声が響く。


 俺は続けざまに高速の四連撃を放ち、邪魔な金色の魔獣を切り刻んだ。


「こいつで、終わりだ!」


 最後に『霞刃』を巨大化させると、赤い狼目掛けて上から振り下ろす。


 もはや、回避も、魔法を使う隙も与えない。


 瞬きするよりも速く剣を振り、俺の女を狙った下等生物を一刀両断した。


「凄いわ、レン! どうしてそんなに速く動けるの?」


 一瞬のうちに絶命した魔獣の事など気に掛けることもなく、俺の肩に乗っていたゲイルははしゃいだ声を上げた。


 こいつとは長い付き合いになる気がするので、教えてやっても良いだろう。


「……俺のユニークスキルの力だよ」


 姉上は褒めてくれたが、俺はこのスキルの不安定さが好きじゃない。


「へえ! レンってユニークスキルも持ってたんだ! どんな能力なの?」

「長くなるから、また今度な」


 後ろで聞き耳を立てている軍人たちに詳細まで教えてやる義理は無い。


 俺がユニークスキルを持つ強い人族だと認識されるのは良いが、詳細まで知られると弱点にもなる。エラとゲイル以外には知られるわけにはいかない。


「ええ~、良いけど……今度絶対教えてね?」

「ああ。今夜にでも教えてやるよ」


 ゲイルに約束すると、俺はエラに近付いて軽く頭をはたく。


「エラ。お前、次からはもう少し安全な位置にいろよ。魔獣が弱ったからって、気を抜いて前に出て来ただろ」

「ご、ごめんなさい、蓮様」


 エラは涙目で謝罪したので、俺は彼女が落ち込み過ぎないように、ぐしゃぐしゃと頭を乱雑に撫でてやった。


「い、痛いですよ、蓮様ぁ」


 泣き虫エラが泣き止んで笑ったところを確認すると、俺は唖然としているフォルジュ伍長へと視線を向ける。


「討伐完了だ。これは誰がどう見ても俺の手柄だよな?」

「あ、ああ。もちろんだよ。協力に感謝する」

風の精霊の力のお披露目でした。

精霊魔法は下級でもかなり高性能です。


次回は町に帰って報告です。

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