精霊使い(前編)
武器屋を出て軍の詰所への向かう道中。俺は買った武器を嬉しそうに触っているエラに警告した。
「新しい武器を買ったと言っても、お前はあまり前に出るなよ?」
「はい。蓮様の邪魔にならないように上空からの支援に努めます」
トラリド国の獣人族たちは男女ともに狩りが得意だというのは有名な話だが、俺は彼らが狩りをするところを直接見たことは一度も無い。
けれど、上空から弓を使って狩りをすると聞いていたので、俺は幼少期からエラに弓の稽古を積ませてきた。おかげで彼女の弓の腕はそれなりではあるのだが、こいつはあろうことか弓を江戸の屋敷に忘れて来たのだ。
普段から持ち歩いている物ではなかったとはいえ、これからは魔獣討伐で路銀を稼ごうと話し合っていた矢先にこれだ。
ミレーヌや健之助たちの目があったので殴りはしなかったが、エラの能天気な頭を引っ叩いてやろうかと思うほどだった。
「弓は良いわよね。レン、あなたも弓を使いなさいよ。私の魔法と最も相性が良いのは弓よ」
ゲイルがエラの買った帝国製の弓を見ながら言う。
「は? じゃあ、なんでお前が宿っている武器は剣なんだよ?」
「エルフのメイン武器は弓なのよ。だから旅立つエルフにプレゼントするなら弓以外の武器の方が良かったらしいわ」
「既に持っている弓より、弓が苦手な近距離戦闘で使える剣の方が貰って嬉しいって事か?」
「そういうこと。まあ、結局あのエルフは適性がイマイチだったけどね」
「エルフって魔法が得意なんじゃないのか?」
ハーフエルフのララミアは魔法が得意だったし、エルフは人族よりも魔力の高い種族だ。一般的には魔人族の次に魔法が得意だとされている。
「もちろん、あの子も魔法は得意だったわよ? けど、普通の魔法と精霊魔法は別。それこそ弓と剣くらい違うわ」
俺はまだ精霊魔法というものをゲイルに教わっていないし、見たこともないので分からないが、一般魔法とは名前が似ているだけで別物ということらしい。
早く試してみたいと、まだ見ぬ精霊魔法に胸を躍らせながら歩いていると、気が付いた時には軍の詰所に到着した。
「君たち旅人か? ここから先は軍の関係者以外は立ち入り禁止だぞ」
門の前に立っていた軍人が声を掛けてくる。
俺は丁寧な言葉遣いは苦手なので、第一印象を良くするために隣にいたエラへと視線を向けた。
「エラ」
「は、はい」
エラは俺の意図を察して前に出ると、俺たちの目的を伝えた。
「えっと、私たちは魔獣討伐で路銀を稼ごうと思っているのですけど……」
「ああ、協力者の申請か……それなら、ちょうど良いタイミングかもな」
「どういうことですか?」
「先ほど、町の南の森に魔獣の群れが出たと知らせがあったんだ。今手続きすれば、軍の協力者としてすぐに討伐へ行けるぞ」
「どうします、蓮様?」
こんな都合の良い事があって良いのかと思いたくなるくらい、お誂え向きの状況だ。
精霊魔法を試してみたかったし、何より呪いの無い土地で俺がどれだけ戦えるのか早く知りたかった。
姉上はいつも俺の事を、呪いが無ければ自分より優秀なはずだと言っていたが、果たしてそれが真実なのか。俺に本当に戦いの才能があるのか、それが今日分かるかもしれない。
「当然、行くぞ。ちゃんと報酬は出るんだろうな?」
「それは、君たちの活躍次第だ。軍人と違って協力者は魔獣を倒した数や、軍への貢献度で報酬が決まる。同行しただけで何も出来なければ報酬はゼロだ」
「分かりやすくていいな。エラ、すぐに手続きするぞ」
俺は書類へのサインなどの面倒事を全てエラにやらせた後で、貴重品以外の荷物を軍に預け、合流場所に指定された町の西門へと移動した。
西門で剣を素振りしながら少し待っていると、3人の軍人が姿を現した。
「――何だ、俺たち以外に協力者はいないのか?」
「もっと大きな町ならともかく、この町は日ノ本へ向かう人以外はほとんど立ち寄らないから、君みたいな協力者は珍しいよ」
真ん中にいた男性の獣人族が答える。
「蓮君とエラさんだね。僕はフォルジュ伍長。今回の魔獣狩りの指揮を任されている」
フォルジュ伍長はやや青みがかった黒い毛並みの獣人族で、細身だが中々強そうな外見の軍人だった。
「こっちがコベール一等兵とサティ二等兵だ」
フォルジュ伍長が左右の軍人を素早く紹介する。
コベール一等兵は見上げるほど大きな体躯をした熊のような獣人族の男性で、獣人族の存在を知らない者が見たら、熊の魔獣と勘違いしそうなほどの威圧感があり、正直に言ってフォルジュ伍長よりも強そうに見える。
サティ二等兵はうって変わって小柄な半獣人族であり、鍛えてはいるようだが細い手足と猫のような大きな瞳が印象的な可愛らしい銀髪の女性だ。
日ノ本の女性では見る事がない短髪が国の違いを感じる。あの髪型では日ノ本だと子供のようだと馬鹿にされることだろう。
軽い挨拶を終えると、俺たちはすぐに西にある森へ向かって歩き始めた。
道中で、俺の隣に並ぶように歩いていたサティ二等兵が口を開く。
「あなた、日ノ本人よね? 日ノ本のサムライは湾曲した剣を使うって聞いたけど、あなたの武器は普通の長剣なのね」
「俺はサムライじゃないからな。この剣はこの町で買ったものだ」
先ほどからゲイルは剣の中に入って出てこない。あまり大勢の前に姿を晒したくないのかもしれない。
「ふうん? 日ノ本の男性は、か弱い女性のようだと聞いた事があったけど、君は全然違うのね」
「俺をあんな軟弱者たちと一緒にするな。そういうのが嫌で国を出て来たんだ。呪いのある日ノ本と違って、この国なら俺は十分に戦える」
日ノ本の一般的な男性たちと一緒にされてはたまらないので、俺は無礼に思われるか微妙なラインの強い言葉を使って、自分が強い男であることを強調した。
すると、前を歩いていたフォルジュ伍長が前を向いたままで会話に混ざってくる。
「噂に聞く男を弱体化させる日ノ本の呪いか。僕は絶対に日ノ本には行きたくないな」
「それが良いぞ。俺も二度と戻りたくない」
俺たちの会話に同じく前を歩いていたコルベール一等兵がうんうんと頷いている。
やはり帝国の男性とは話が合いそうだ。
「ねえ、日ノ本の女性はとても強いって聞くけど、実際のところはどうなの? 男が弱体化するから相対的に強く見えるだけなんじゃないかって思っているんだけど」
「あんた、レベルは?」
「21よ」
「サムライの平均より少し低いくらいだな」
平均とは言っても、地方のサムライの平均だ。俺の周りにいた松葉組のサムライたちの平均レベルはもっと高い。
「平均……じゃあ、もっと高レベルのサムライがいるのね」
「上を見ればキリがないぞ。40や50を越えるレベルのサムライもいる」
「ご、50!? それ、本当に人族の女なの?」
サティ二等兵は目を見開いて驚いた。
姉上は別格なので置いておくとして、松葉組のサムライの中でも西へ遠征する松葉夕陽と一振華火は二人ともレベル50を越えていると聞いている。
おそらく帝国の軍人でもこのレベルはそう何人もいないだろう。
「それだけ、鬼を相手にしているサムライは強いってことだ」
「オニ?」
サティ二等兵が初めて聞いたとばかりに聞き返して来た。鬼を知らないとは、本当に羨ましい国だ。
俺が答えるよりも早く、フォルジュ伍長が口を開いた。
「聞いた事がある。日ノ本だけに出現する特殊な魔獣で、最上位の個体は人とほぼ変わらない見た目と知性を持っているとか」
「ええっ? 人と同じ見た目で知性もあるとか、それってもう狩りじゃなくて、殺し合いじゃないですか」
それどころか、こちらが一方的に虐殺されることもある。
俺は後ろを歩いているエラを助けた時の事を思い出し、鬼との戦いの緊張感を呼び起こした。
帝国は建国前にフランメギド魔王国と戦っただけで、以降の700年は表立って戦争をしていない。
この軍人たちも、魔獣相手くらいしか戦った経験は無いだろう。
日ノ本のサムライを良く知っている俺の目には、彼らが平和ボケしているように映った。
「だからこそ、日ノ本のサムライは女性でも強いのだろう。何百年も女性だけで鬼と生存戦争をしている国だと思った方が良い」
「強いって噂されるだけのことはあるのね……」
帝国の軍人は日ノ本のサムライよりもずっと強い男たちだと思っていたのだが、少々拍子抜けだ。都心部へ行けば、もっと強い軍人がいるのだろうか?
「日ノ本の話より、今向かっている森に出たっていう魔獣について教えてくれよ。どんな魔獣が出たんだ?」
これ以上、日ノ本の話をしても面白くも何ともないので無理やり話題を変えると、サティ二等兵が教えてくれた。
「南の森で良く出るオオカミの魔獣だよ。ただ、今回はちょっと警戒が必要だね」
「数が多いのか?」
前を歩くフォルジュ伍長が答える。
「いや、数は数匹程度だと思うんだが、目撃して逃げ帰って来た人によると、一匹だけ異様に大きな個体がいたらしい」
「大きいって、中級鬼くらいか?」
「中級? すまない、鬼の大きさで言われても分からないが、牛ほどの大きさだったとのことだ」
「なんだ、牛程度なら平気だろ」
俺は直接中級鬼を見たことは無いが、人の三倍ほどの大きさの個体もいると聞く。それに比べれば、牛程度の大きさの魔獣など恐れるに足りない。
ゲイルの精霊魔法を試してみたい気持ちもあるが、その程度の魔獣なら俺の『霞刃』で一刀両断に出来るだろう。
「いや、本来のオオカミの魔獣よりもかなり大きいという事は、突然変異した特殊個体の可能性が高い。そういう魔獣は魔法を使ってきたり、賢く立ち回ったりと厄介な場合が多いんだ。十分に気を付けてくれ」
「ふうん。まあ、ある程度強い魔獣ってことだな」
魔法を使ってくるというのは厄介そうではある。下級鬼くらいの強さはあると思っておいた方が良いかもしれない。
「エラ、ヤバそうならお前は下がるんだぞ」
「は、はい。蓮様」
とはいえ、負ける気は全くしない。
俺はまだ見ぬ狼の魔獣と対峙した時の事を想像しながら、足取り軽く森へと歩を進めた。
三人の軍人が登場しました。
指揮官の伍長、無口な一等兵、可愛い二等兵の三人組です。
次回は魔獣狩りです。




