風の精霊
「まさか俺が荷物持ちとはな……」
パン屋の助言通り、俺とエラは帝国服やカバンなどを買い揃えた。
魔獣討伐で稼ぎながら帝国を観光して周るという話をしたところ、長旅に最適だと言われて大きめのカバンを買ったのだが、これは背負うようにして持つ形のものだったので、翼が邪魔になるエラでは上手く背負う事ができなかった。
その結果、俺は主だというのにまるで奉公人かの如く荷物を背負うことになった。
更に不快なのは、エラに荷物を持たせる方法はないか店の者に相談したら、女性に荷物を持たせるのかと驚かれた事だ。
詳しく聞いてみたら、この国では力仕事は男がするものらしい。呪いの無い素晴らしい国だと思っていたが、男が力を取り戻した分、日ノ本では女がやっていた仕事を男がやらなければならないようだ。
エラの荷物も俺が運ぶことになるなんて、まるで主従が逆転したようで不快だが、これが世界の普通なのだ。
俺は自分の考え方の根幹が女に守られることに慣れている日ノ本の男のままだったと痛感し、意識を変える様に務めることにした。
「うぅ、ご、ごめんなさい。蓮様」
「俺に荷物を持たせているんだ。これからも俺に感謝して仕えろよ」
「は、はい!」
こんなことをわざわざ言わなくても、エラは俺に誠心誠意仕えるとは思うが、俺に荷物を持たせている事に対して罪悪感を覚えられてオドオドとされている方が不快なので、別の仕事に気持ちを入れられるように言いつけておく。
元気よく返事をしたエラがそれなりに可愛かったので頭を撫でてやったら、にへらっと嬉しそうに表情を崩した。
「しかし、結局、健之助たちの後追いになっちまったのが癪だな。何もかも先を越されている」
カバンを買いに入った店で、同じ日に二組目の日ノ本人が来るとは思わなかったと店の者たちに驚かれた。
聞けば、刀を持った日ノ本人の客が昼前に買い物に来ていたらしい。間違いなく健之助たちの事だろう。
「最初に町の観光をしちゃいましたからね。でも、楽しかったですよ?」
「そりゃ良かったな。着いたぞ」
俺は最初に町を観光した時から後で来ようと目を付けていた武器屋の前で立ち止まった。
帝国の文字は読めないが、剣の絵が描かれている看板を見れば、ここが武器屋だと一目で分かる。
木の扉を開いて中へと入ると、多種多様な武器が並べられた棚に目を奪われた。
日ノ本では武器とは刀や槍の事であり、このような様々な形の武器を見るのは生まれて初めてだ。
「わぁ、武器がいっぱい……」
エラと共に数々の武器を眺めていると、奥の勘定台に頬杖を付いていた若い店主が口を開いた。
「あれ、また日ノ本人? 珍しいことが続くなあ」
「ちっ、やっぱりこの店も健之助たちが先に来ていたか」
別に早い者が偉いということでは無いのだが、こうも先を越されていると負けた気分になってくる。こんなことなら、最初にこの店を見付けた時に入っておけば良かった。
「なあ、俺より前に来た日ノ本人は何を買って行ったんだ?」
「短剣二つと斧と鞭を買って行ったよ。後は自前の刀用のホルダーとか。お客さんは……刀を持ってないみたいだね? 悪いんだけど、うちじゃ刀は売ってないよ?」
健之助たちは刀以外の武器を随分と買い込んだようだ。
あの二人が刀以外の武器を使うとは思えないので、途中で拾ったあの子供用の武器ということだろうか?
それにしても買い過ぎだとは思う。物珍しくて試しに買ってみただけかもしれない。
しかし、刀が売っていないとなると、俺も慣れない武器を買わなくてはならない。
俺は『刀LV2』という才能ある者のみが習得できるレアスキルを持っているので、刀以外の武器を使うのはかなり勿体ないのだが、無いものを欲しがっても仕方がない。
「やっぱりそうか。仕方ない、なら剣を売ってくれ」
「君に合いそうなのだと……その辺りはどうかな?」
店主が手で示した方向にあった棚に並べられた剣へと目を向ける。
剣の前に帝国で使われている数字の書いた札が置いてあり、値段が一目で分かった。俺とエラは帝国への船旅中に船乗りたちに帝国で使われている数字を習っていたので、文字は読めなくとも数字は読める。
そして、その剣の値段が俺の予想していた額よりも遥かに高いことが分かった。
「う~ん」
「わっ、結構高いですね、蓮様」
母上から貰った路銀がかなりあるので買えないわけではないが、エラの言う通り高い。加えて俺は剣に関して目利きなど出来ないので、これが妥当な値段なのかも分からない。
「なんだ、金欠なの? いちおう、そっちの木箱に入っている剣なら安いけど、質は最低限だね」
俺たちの反応から貧乏人だと思われたのか、店主は隅に置かれていた木箱を指差した。
どう見ても安物の小汚い剣が何本も木箱に入れられている。
まともに手入れをされているとも思えないが、木箱に書かれている値段はかなり手頃であり、先ほど買った革靴よりも安かった。
『そんな、なまくらを買ってもお金の無駄じゃない?』
「ああ。少し高いが、ちゃんとした剣を買った方が良さそうだ」
肝心なところで壊れる可能性を考えると、多少は高くても綺麗に手入れされている剣を買った方が良い。
こういうなまくらは戦時中に武器が足りなくなった時くらいしか出番はないはずだ。
『どうせ高い買い物なら、出し惜しみせずに最高の剣を買うべきよ』
「そうは言うけどな。俺にはどれも同じに見えるぞ」
高額の剣とひとえに言っても、綺麗に並べられた剣たちには無視できない値段の差がある。それは質がより上等だからなのか、有名な鍛冶師が鍛えたからなのか、凝った装飾をしているからなのか、俺には全く分からない。
店主に一つ一つ質問しても良いが、本当の事を教えてくれるかは賭けになるだろう。
「あ、あの、蓮様。誰と話しているんですか?」
「あ?」
不意に、エラが俺の腕を掴んで引っ張った。
普段のエラから考えると、かなり強引で無礼な気の引き方に驚いたが、その驚きもすぐに別の事柄へと意識を持っていかれたことで上書きされた。
心配そうに俺を見つめるエラの頭上に、光り輝く球が浮かんでいたのだ。
「な、何だ、この光ってるの! 蛍か?」
俺が掴もうと手を伸ばす。すると光の玉はヒラリと空中で身を翻して回避すると同時に、怒った少女のような声で抗議して来た。
『ちょっと、私の魔力体を虫と一緒にしないでよ!』
そう言うと、光の玉は俺たちの頭上をぶんぶんと飛び回った。
虫と一緒にするなと言うが、その動きの速さや空中での軌道はまさしく虫のようだ。
「わっ、綺麗な光ですね?」
「……こ、これはもしかして」
俺が光の玉を何かの魔法ではないかと警戒していると、店主が慌てて店の奥へと引っ込むと、細長い箱を持って引き返してくる。
「何だ? どうしたんだ?」
「確証はないけど、この光はこれが原因かもしれないんだ」
店主が持ってきた箱は埃を被っていたが、造りはかなり上等なものだった。家宝が入っていると言われれば信じたことだろう。
「ええっと……石はここに……」
今度は別の場所から金色の宝石を持ってくると、箱の中心にあった窪みに宝石を嵌め込んだ。
すると宝石から箱全体へ水が流れるように光の線が走り、内部で金属の仕掛けが動いたような音がした。
店主が慎重に箱の上部分を持ち上げて取り外すと、箱の中から翅の生えた小人が飛び出してきた。
「やっと開けてくれたわね! 何年も箱に入れっぱなしされるし、適性を持った人間が誰もいないしで散々だったわ」
小人は小さな女の子のような容姿で、黄緑の珍しい髪色をしていた。背中に生えている翅は蝶の翅に似ているが、鱗粉はないのか透明で透き通っている。
「お、おい、これは一体どういう状況だ? この剣とこのちっさいのは何だ?」
「むかっ! ちっさいのとは何よ!」
「小さいのは事実だろ」
「ぐぬぬ。せっかく適性のある人に会えたと思ったのに……失礼な人族ね」
小人は俺の周りをぶんぶんと飛び回りながら苛立ちを全身で表現している。
何が何だか分からないので、俺はこの状況を作り出した店主へと視線を向けた。
「おい、あんた。呆けてないでこの状況を説明しろよ」
「……あ、ああ――」
俺に声を掛けられたことでやっと正気に戻った店主は、小人から箱の中へと視線を移して説明を始めた。
そこで気が付いたが、箱の中には綺麗な黄緑色の宝石が嵌め込まれた美しい剣が保管されていた。
「――こ、この剣は僕のご先祖様がエルフから預かったもの……らしい」
「エルフから預かった?」
「その昔、一人のエルフが故郷から旅立つ時に家族から貰った大切なものらしくて、そのうち取りくるつもりだけれど、適性のある者が他に現れたら譲るようにと、僕のご先祖様に預けたらしいんだ。まあ、結局取りに来なかったらしいんだけど」
相手が寿命の無いエルフだから時間感覚がどうなっているのかは謎だが、店主のご先祖様の代からずっと店に保管されているのなら、相当な年月が経っていそうだ。
俺は店主の言う『適性のある者』という言葉が、先ほど小人が腹立たしそうに言い放った『適性のある人』と同じ意味かと思い至り、尋ねてみた。
「適性のある者って……それが俺って事か?」
俺の問いに、小人が空中を浮遊しながら答える。
「ええ。人族でこれほど精霊魔力に適性があるのは稀よ。前の持ち主のエルフだって、大した適正がないからこの剣を使いこなせなくて、最後の戦いには持っていかなかったんだから」
「最後の戦いって……そのエルフは死んだのか?」
「500年以上待っても取りに来ないんだもの、そう考えるのが普通じゃない?」
「500年以上だって? 骨董品だろそれ。とっくに錆び付いてんじゃねえか?」
せいぜい100年前くらいの話かと思っていたら、その五倍以上も昔の話だった。
500年以上前ということは、日ノ本では江戸ができるよりも前、天下統一すらされていない戦国時代の話だ。
鞘に収まった状態では綺麗に見えるが、中身は錆び付いていてもおかしくない。
「失礼ね! この私が宿る剣がたかが数百年程度で錆びるわけがないでしょ!」
「剣に宿るって……そもそもお前は何なんだよ?」
「私は風の精霊のゲイルよ」
俺の質問に、小人は偉そうに腰に手を当てて名乗りを上げた。
「風のせいれい?」
「父から特殊な魔力が込められている剣だとは聞いていたけど、精霊が宿っていたなんて知らなかったなあ」
言葉の意味が分からなかった俺と違って、店主はゲイルの言葉が理解できたらしい。
俺が説明を求めて視線を向けると、店主は俺に分かるように噛み砕いて話し始めた。
「精霊というのは自然魔力が何らかの要因で変質した際に誕生する魔力生命体の事だよ。そして、亜人族にはエルフ以外にドワーフっていう種族がいるんだけど、そのドワーフは精霊を宿す武器を作ることができるらしいんだ。けれどその存在は旅人のエルフから伝えられたくらいで、実際に見たことがある帝国人はエルフである皇帝陛下以外にいないと思うよ」
「……もしかして、滅茶苦茶レアな剣ってことか?」
自然魔力が生き物へ変質するなど聞いた事が無かったし、目の前のゲイルがその精霊だと言われても、大した感動もなかったのだが、店主の口ぶりからして精霊が宿っている剣と言うのはとんでもなく希少な物という予感がした。
「当たり前だよ。ドワーフが作った精霊を宿す剣なんて、この店の武器全てを合計した値段よりも高く売れるはずだ」
「な、何だと?」
この店はそこまで大きくはないが、数多くの武器が所狭しと並べられている。総額がいくらになるのかは想像がつかない。
「凄い剣なんですね……」
「当然よ。この剣は魔法銀製だし、なによりこの私が宿っているんだから」
話についていけていないエラが能天気な感想を述べ、ゲイルが誇らしげに胸を張った。
「ま、魔法銀だって!?」
「急にでかい声を出すなよ。どうしたんだ?」
突然、勘定台から身を乗り出すようにしてゲイルに聞き返した店主に驚き、俺は彼を睨みつけて、大声を注意した。
「いや、だって魔法銀って……」
「普通の銀とは違うのか?」
「日ノ本人の君は知らないかもしれないけど、この国が建国される前にとても大きな戦争があったんだ。その際に皇帝陛下が使用した弓の矢が魔法銀製だったと言われている。魔法の力を込めて放たれる矢はフランメギドの魔王の魔法すら打ち貫く威力だったらしい」
「へえ。てことは、皇帝は魔法銀製の武器を持っているのか」
リンドラム帝国の建国前ということは700年以上前だ。エルフであるリンドラム皇帝がこの剣と同じ素材の武器を持っていることは全く不思議ではない。
俺の興味を引いたのは、そんな魔法銀の希少性に関してではなく、魔王の魔法を打ち貫いたという威力の方だ。
「その戦いで使い切ったという噂もあるけど、真実は分からない。魔法銀製の武器がまだあるかもしれないと思わせることが、フランメギド魔王国に対する最大の牽制だからね。魔法銀はエルフだけが持つ魔法の金属らしいけど、まさかそれがドワーフの作る武器の素材だったとは知らなかった」
「ふうん。この国の歴史とかはよく分からねえし、興味もないけど――」
俺は箱の中の剣を掴み取ると、天井に掲げて見せた。
「――この魔法銀製の剣は気に入った! 魔人族の魔法を斬ることができる剣なんて、俺にピッタリだ」
「あっ、ち、ちょっと待ってよ!」
「何だよ? 適性のある者が現れたら譲るんだろ? ならこの剣は俺の物だ」
店主がこの剣の前の持ち主とご先祖様とで交わされた約束を守るのなら、ゲイルが適性があると認めた俺に剣を譲らなければならないはずだ。
「いや、そうなんだけど、精霊が宿った魔法銀製の剣をただで譲るのは……」
「ちっ、仕方ねえな。エラ、剣一振り分の金は払ってやれ」
俺はエラに命令するのと同時に、安物の木箱に入れられている剣たちをエラにだけ見えるように指差した。
「はい、蓮様」
エラは小さく頷くと、店主の前に安物剣の値段分の紙幣を置いた。
「えっ? 一振り分って、これはそこの安物剣の値段じゃないか!?」
「俺が来なかったら、この剣はこれからもずっと箱に仕舞われたままだったんだろ? なら金が貰えるだけ有り難いと思えよ」
本来は販売ではなく譲り渡さなければならなかった剣に代金を払ってやったというのに、店主は不満をあらわにしたので、俺は軽く店主を睨んだ。
「うっ……わ、分かったよ。けどせめて武器ホルダーとか、そっちの女の子用の護身用武器とか、何か他にも買って行ってくれ」
別に俺もそこまで非道ではない。
それに武器ホルダーは元々欲しかったものではあったので、店主の言う通りに買い物をしていってやろう。
「……そうだな。じゃあ、エラ。必要そうなものをお前が考えて買っておけ。ただし、使い過ぎるなよ」
俺は面倒な買い物をエラに押し付けると、手に入れた魔法銀製の剣とそれに宿る精霊のゲイルに視線を向けた。
「実際に手で持ってもらって分かったけど、あなた本当に適性が高いわね。ドワーフ以外でこれほど精霊魔法の適性がある者がいるなんて信じられないわ」
「精霊魔法? 俺はそんな魔法使えないぞ?」
「使えるかどうかは関係ないわ。これは才能の話だから」
「へえ? 俺にはその魔法の才能があるのか?」
刀LV2のスキルを習得して姉上に褒められた時もそうだが、才能があると言われるのは悪い気分ではない。
「ええ。私の持ち主になるんだもの。教えてあげるから、ちゃんと習得してよね」
「いいね。ちょうど、魔獣討伐に行く予定だったんだ。魔獣相手に剣と魔法の練習と行くか」
レベル16になった自分の実力も試したいところだったし、新しい魔法を習得できるとなると心が躍る。
「魔獣相手なら楽勝よ。そういえば、あなたの名前はなんて言うの?」
「俺は七々扇蓮だ。特別に蓮でいいぞ」
「よろしくね。レン!」
ゲイルは嬉しそうに俺の周りをくるくると飛び回った。
風の精霊が宿る剣を手に入れました。
その実力が分かるのはもう少し後になります。
次回は軍の協力者になるために詰所へ向かいます。




