始まりの町
健之助たちと別れた俺とエラは、とりあえずタルリエの町を一通り見て回った。
日ノ本とは全く違う文化を持った国を見るのはとても面白いし、目に映る人々が獣人族ばかりなのがより異国感を際立たせていて、町を歩いているだけで楽しかった。
そして何よりも、呪いが無いのが最高に良い。
俺の現在のレベルは16。日ノ本にいた頃には到達することの出来なかったレベルだ。日ノ本の男でこのレベルまで到達できたのは俺以外には健之助くらいしかいないだろう。
健之助の奴はおそらく姉上のユニークスキルに似たスキルを持っているに違いないので、奴と張り合う気はないが、せっかく呪いの無い土地に来たのだから、俺もレベル20――いや、30くらいは目指したいと思う。
さて、町を一回りしたところで、それなりに腹が減ってきた。
俺とエラはとても良い匂いのするパン屋に入ると、並べられているパンに視線を向けた。船で食べたパンは硬くてあまりうまくなかったが、ここのパンは匂いからして絶対に美味いと言い切れる。
俺は店主の男に金を渡して、切ったパンの間に野菜や肉を挟んでいる物を二つ買った。一つをエラに渡してやると、エラは嬉しそうに笑ってみせた。
子供の頃はあまり笑わなかったエラも、今ではここまでの笑顔を見せる様になったことを感慨深く思いながら、俺は買ったパンにかぶりついた。
「ん! やっぱり、このパンは柔らかいな」
「はい。凄く食べやすいです」
美味いパンを作っている事を褒めてやろうかと店主へ視線を向けると、店主は物珍しそうな顔で俺たちを眺めていたことに気付いた。
「あんた達、日ノ本から来たのか? 俺は長年ここでパンを売っているが、日ノ本人を見たのは初めてだ」
「そうなのか……。このパン、結構うまいぞ」
「ありがとよ。けど、日ノ本の男って、もっとなよなよしているって旅人たちは言っていたんだが、あんたは普通だな」
それはそうだ。俺を日ノ本の他の男たちと一緒にしないで貰いたい。
まあ、あいつらとは違うと一目で気付いて貰えたことは少し嬉しくもある。
「俺はそういう男になりたくなくて国を出てきたんだ」
「へえ。旅行じゃなくて移住目的ってことか?」
「ああ。もっとも、まだどこに住むかは決めてないけどな。帝国かもしれないし、噂に聞くエリクトフって竜の国にするかもしれない」
大前提として俺とエラが楽しく暮らせる場所が良い。加えて、俺は最終的に妻が3人は欲しいと思っているので、その辺を許してくれる国が良い。
日ノ本は身分の高い武家の女であれば夫の他に複数の愛人を持つことを許す国だったが、帝国は逆に男が複数の妻を持つことを許す国なのか気になるところだ。
「いいねぇ、若いってのは。良いところが見つかるのを祈ってるよ」
「祈ってくれなくてもいいから、ちょっと教えてもらっても良いか?」
今会ったばかりのパン屋の店主に祈られても何の足しにもならないので、俺は店主に相談に乗ってもらうことにした。
何年もここでパン屋をやっていると言っていたので、それなりに有用な意見が期待できそうだ。
「な、なんだ、藪から棒に?」
「路銀稼ぎに魔獣討伐でもしようかと思っているんだが、何か準備することってあるのか?」
日ノ本でも色々と決まりがあるように、帝国には帝国の決まりがあるはずだ。
これからこの国でしばらく生活しようと考えているのに、後ろ盾もない俺が帝国の決まりを軽々と破るわけにはいかない。
「それだったら、まずは軍から協力者として認めて貰わないとダメだな」
「軍? おいおい、魔獣討伐に軍人の許可がいるのか?」
軍人とは日ノ本でいうところのサムライの事。サムライのように国に仕えて、その国で暮らしている民のために戦う者たちの事のはずだ。
まさか魔獣討伐でそんな奴らの許可を貰わないといけないとは思わなかった。
「いや、別に魔獣を狩ってくれるだけなら許可なんていらないが、あんたは金が欲しいんだろう? だったら、この町を魔獣から守っている軍に協力者として雇って貰わないと報酬も出ないぞ」
「……魔獣の被害に遭っている人から金を貰うんじゃダメなのか?」
日ノ本だと、魔獣は鬼と違って一人前のサムライを呼ぶほどの脅威ではないので、見習いのサムライや、武家の出身ではないが腕に自慢のある女たちが討伐を買って出ていた。
その報酬は護られた農村から謝礼として出ていたはずだ。
「被害なんて出たら大事だ。そうならないために軍隊がいて、日々魔獣を退治している。けど、軍人の数もそこまで多くないからな。腕に自信のある旅人なんかを臨時で雇ったりはしているって聞くぞ」
「なるほど……じゃあ、まずは武器屋で武器を買って、その後で軍の詰所に行くか」
俺はサムライではないので刀を持っていない。エラも護身用に短刀くらいは持っているが、さすがに心もとなさすぎる。
ちゃんと魔獣を討伐するのなら、刀や槍、弓などが欲しいところだ。
「軍と交渉するなら帝国の服やカバンも買っておいた方がいいぞ。日ノ本の男は弱いって思われているからな。実力を見せる前に門前払いされかねない」
「あ~、それもそうか。金はかかるが、帝国人らしい旅装を買っておいた方が良さそうだな」
身元を偽るのは気が引けるが、日ノ本出身というだけで弱いと思われたらたまったものではない。
俺はレベルこそ低かったが、長年あの姉上に稽古を付けて貰っていたのだ。そして唯一の弱点であったレベルの低さも日ノ本を出てから改善されつつある。
俺は着実に強くなっているのだ。
「蓮様、私にも服を買って頂けますか?」
服の話をしていたら、エラがねだるように俺の着物の裾を摘まんで来た。
エラが俺に物をねだるのはかなり珍しい上に、ねだり方が可愛いので検討の余地はある。しかし、結局は金次第だろう。
「……値段による」
「そっちの姉ちゃんは空を飛べるんだろ? だとしたらこの町で服を買うのは止めときな」
俺は服の値段によっては買ってやろうと思っていたのだが、意外にもパン屋の店主の一声でエラの服を買うという計画は立ち消えた。
「えっ、ど、どうしてですか?」
「帝国の女性はスカートが基本だ。そんなものを着て空を飛んだら大変なことになる」
「そ、そんな……」
スカートというものはララミアが着ていたので知っているし、思い返すとこの国で見かけた女たちは全員スカートを履いていた。
あの服を着て空を飛ぼうものなら、下から丸見えだ。
エラは俺の家来なので、俺がエラの身体を見るのは良いが、他の男どもにエラの身体を見られるのは看過できない。
エラにスカートを履かせることは絶対にしないと俺は即座に決定した。
「帝都に行けば、トラリドの女性向けの服もあるかもしれないから、それまでは我慢することだな」
「よし。我慢しろ、エラ」
「は、はい……」
エラはしょんぼりと俯いた。余程、新しい服が欲しかったらしい。
日ノ本では足を出すのは品が無いとされていたが、トラリドの旅行者は夏場だと太ももまで見える様な短い履物を着ていた。
帝国でもそういったトラリドの服が許されるのなら、エラにはトラリドの服を帝都で買ってやった方が良いだろう。
「……そんなに服が欲しかったのか?」
「だ、だって、江戸を出てからずっと同じ着物なんですよ?」
「ララミアに習った水魔法で毎日綺麗に洗えているんだから大丈夫だろ」
健之助が便利だと騒いだことで、ララミアが松葉組で教えた水魔法は奉公人たちの間でとても人気になった。
エラは俺の家来――対外的には奉公人という立場なので、水魔法を習得したらしいのだが、この旅に出てからというもの、俺は何よりも先に水魔法を習得した健之助の行動が英断だったと確信を持った。
旅先にぞろぞろと奉公人を連れて行くわけにはいかないし、彼らの衣食住を俺が保証してやれるほどの余裕はない。
そうなると一瞬で洗い物を終わらせて、干して乾かす必要もない水魔法は本当に便利なのだ。着物は毎日洗い立ての綺麗なものを着られるし、飲み水にも困らない。旅においては必須の魔法だと今は思っている。
「文句ばっかり言っていると、帝都に行っても服を買ってやらんぞ」
「あぅ……ご、ごめんなさい、蓮様」
俺はやっと諦めたエラを見て一息つくと、店主に向き直る。
「色々教えてくれて助かった。追加でもう一個くれ」
「まいど。まあ、頑張りな」
俺は一つ分の金を渡したのだが、店主は俺とエラに一つずつ追加のパンを渡してくれた。
気前のいい店主だ。
俺はまたこの町に寄ることがあったら、次もここのパンを買おうと心に決めた。
「行くぞ、エラ」
「はい。蓮様」
ついに蓮視点の物語が始まりました。




