精霊使い(後編)
タルリエの町に戻ると、俺は軍の詰所で報酬を受け取った。
「おっ? 思ったより貰えるんだな」
受け取った紙幣に書かれた数字と枚数を見て呟く。
信用は金銀銅の方が遥かに上だが、普通の買い物に使う分には紙幣の方が便利だ。逆に、金銀銅を持っていることが知られれば物取りに狙われやすいので、報酬が紙幣で良かったとも言える。
俺の財布には貴重な金銀が入っているので、紙幣の管理はエラに任せようと思い、受け取った紙幣を全てエラに手渡した。
エラはそれを二つ折りにすると、懐から取り出した財布にしまった。
「あの魔獣は本当に危険だった。放置したら大惨事になっていたかもしれないからね。危険手当だと思ってくれ。今回は本当にありがとう。君のおかげで助かったよ」
「そうか。だったら、これからも魔獣が出た時は俺を頼れよ?」
実家から持ってきた金銀はなるべく使いたくないので、軍には出来るだけ恩を売っておきたい。出来れば他の町にいる軍人たちにまで名前が知られるようになるのが理想だ。
「あ、ああ。それはもちろんなんだが、あいにくこの町の周辺はあまり魔獣が出ない。魔獣狩りで生計を立てるなら、西へ向かった方が良いと思うよ」
「魔獣はより人が多いところへ集まるからか」
「この町は小さいし、そこまで賑わっているわけでもないからね」
「……そこはこれからの健之助の頑張り次第で変わると思うがな」
日ノ本と貿易を行っている唯一の港町であるタルリエが賑わっていないのは、帝国人たちにとって日ノ本がそこまで魅力的では無いからだ。
二度と帰るつもりのない故郷の事などどうでもいいと思っていたはずなのだが、こうしてあからさまに価値が無い様な扱いを受けているのを見てしまうと、少々面白くない気分になる。
「えっ? ケンノスケ? 誰の事だい?」
「今後、日ノ本と帝国とを繋ぐ存在に成ろうとしている奴だが、ここには来ていないのか?」
「日ノ本人は君以外には来ていないはずだが……」
「そうか」
健之助の奴、帝国軍に挨拶をしていないのか?
俺が同じ立場なら、軍に挨拶をして名前を売るところから始める。やはり武家の息子として産まれた俺と、外国育ちの健之助とでは考え方が違うらしい。
「西に行けはもっと大きい町があるんだよな?」
「西のドール公爵領にあるディヨンという町はかなり大きいよ。あそこなら、魔獣狩りの仕事もそれなりに舞い込んでくると思う。けど――」
フォルジュ伍長は途中で言い淀むと、顎に手を当てて何かを考え始めた。
「――いや、これは勝手な判断過ぎるか……」
「何だよ? そこまで言いかけたんだ、真に受けねえから、何を言いかけたのかくらい教えろ」
途中まで口にしたのに自己完結して話を終わらされるのが一番気になるのだ。軍の機密情報でもない限りは最後まで喋らせるつもりで続きを促す。
フォルジュ伍長は困ったように眉を寄せた後で、観念するように息を吐いて続きを話し始めた。
「……突出して優秀な民間の協力者が現れた場合、大公閣下へ紹介するようにと言われているんだ。今日の狩りで君が見せた魔法は突出して優秀なものだったと僕は思うのだが……僕のような下士官が本当に紹介などして良いものかと思ってね」
「大公って、どのくらい偉いんだ?」
公爵とか伯爵とかの呼び名だけある程度知っているが、順番に関してはあまり自信が無い。
「皇帝陛下の次に偉い3名の貴族様のことだよ。君は外国人だけど、これからこの国で暮らしていくなら、貴族様に対しては敬意ある呼び方をした方が良い」
「敬意って……あんたが使っていた閣下とかでいいのか?」
誰かの下に付くのは好きじゃないが、この国の権力者に悪印象を持たれないために呼び方だけでも適切なものを使った方が良いのは理解できる。
積極的に敬いたくは無いが、ここは従っておいた方が良いだろう。
「そうだね。皇帝は陛下。大公は閣下だよ」
「分かった。それで、その大公閣下が優秀な民間人を探しているんだろ? だったら、遠慮せずに俺を紹介しろよ。報酬次第だが、困っているなら俺が力になってやらんでもない」
「き、君の態度を見ていると激しく不安なんだけど……実力は本物だからなぁ。少し待っていてくれ、上官に紹介状を書いて貰ってくる」
そう言うと、フォルジュ伍長は他の二人と共に詰所の中へと入っていった。
俺は預けていた荷物を受け取って、中身が抜かれていないか確認しつつ、エラに話しかけた。
「なかなか良い調子じゃないか?」
「そうですね。大公閣下に気に入って頂ければ、この国での生活も楽になると思います」
荷物に問題無いことが分かると、俺はカバンを石畳の上に置いたままフォルジュ伍長の戻りを待つことにした。
「まっ、問題は大公閣下がどうして優秀な民間人を探しているかってことだ」
軍人でも手に負えない強力な魔獣に困っているとかなら良いが、民間人を使った何かしらの謀略に巻き込まれるのは御免だ。
受け答えは慎重にした方が良いだろう。
「人手不足だからじゃないんですか?」
俺が様々な可能性を踏まえて先の事を考えていると、エラが能天気な顔で言った。
反射的に手が出てしまい、エラの桃色の頭を引っ叩く。
「馬鹿か!」
「ひんっ! い、痛いですよぅ」
大して強く叩いたわけではないが、痛かったようだ。
「人手不足なら、優秀な奴を見付け次第勧誘して軍に入隊させるだけで良いはずだ。それをわざわざ自分の所へ紹介するように末端の軍人にまで命令を出しているのは不自然だろうが」
「そ、そうなんですか?」
再びエラの頭をはたく。
「た、たんこぶできちゃいます~」
「サムライが不足しているからって、魔獣討伐が得意な農民をいきなり母上に合わせたりするか?」
「そ、そんなことするわけない――あっ、そういうことか……」
馬鹿にも分かるように日ノ本で例えてやると、エラはやっと俺の言っていることを理解したようだった。
幼い頃から俺と一緒に育ったので、武家の娘並みの教養があるはずなのだが、エラからはあまり頭の良さを感じたことが無い。知識はあっても、元々の性格が能天気だからだろう。
俺はエラの頭に手のひらを置くと、叩くのではなく優しく撫でてやった。すると、さっきまで涙目で抗議するように俺を見ていたくせに、嬉しそうに目を細めて口元を緩めた。
あまりに単純すぎて心配になってくる。
「すまない。待たせたね」
エラが俺に撫でられて機嫌を直したところで、フォルジュ伍長が見覚えのない獣人族の軍人を連れて戻って来た。
「蓮君、こちらは小隊長のセルヴァン中尉だ」
「中尉って……あんたよりは偉いって事か?」
「そういうことになるね」
上官に紹介状を書いてもらうと言っていたが、その上官が俺に直接会いに来たというところだろうか?
「七々扇蓮だ」
「アロイス・セルヴァン中尉だ。伍長から話は聞いたが、君が精霊使いというのは本当かね?」
「精霊使い?」
聞き慣れない言葉をそのまま聞き返す。
「精霊に好かれ、精霊の力を扱える者をそう呼ぶのだ」
「ふうん。なら、俺はその精霊使いってやつだろうな。ゲイルも俺に懐いているみたいだし」
今回の討伐ではゲイルから精霊魔力を貰って、俺がその魔力を操作して魔法を放った。つまり、精霊魔法を使用できる者を精霊使いと呼ぶのだろう。
納得した俺と違ってゲイルは不満に思ったのか、抗議するように俺とセルヴァン中尉の間に躍り出た。
「ち、ちょっと、誰が懐いてるのよ、誰が!」
「お前だろ?」
まだ出会ったばかりだが、さっきの戦闘では結構息が合っていた。口では否定して騒いでいるが、ゲイルが俺に懐いてきているのは間違いない。
「私は適性があるから使わせてあげているだけよ! 別に、あ、あんたの事なんて好きじゃないんだからね!」
「へえ、そうかよ」
ゲイルはびしっと俺の鼻辺りに人差し指を突き出して懐いていることを否定した。
生意気ではあるのだが、俺は不思議と嫌な気はしなかった。ゲイルが小さな精霊だからというのもあるかもしれないが、こういうつっけんどんな態度も可愛いと思えてしまう。
精霊じゃなく、普通の人族の女だったら口説いていたかもしれないな。
俺がつんけんと騒ぐ可愛い精霊に見惚れていると、向かいに立っていたセルヴァン中尉が一呼吸遅れて声を上げた。
「お、驚いたよ……。まさか本物の精霊など生まれて初めて見た」
ゲイルはくるりとセルヴァン中尉に向き直ると、いつもの調子でやや上から目線の自己紹介を始める。
「この辺りは魔力が薄いものね。私はゲイル。風の聖霊よ。他の精霊に会いたいなら、大陸の西に行くと良いわ」
「に、西には精霊が多いのかい?」
「まあ、探せばいると思うわ。一番確実なのはレウシル聖王国に行くことね」
「――っ!?」
ゲイルの口から出た国名を聞いて、セルヴァン中尉は大きく目を見開いていた。
「どこにあるんだ、その国?」
俺が尋ねると、ゲイルは少しだけ勝ち誇ったように笑った後でため息を吐いた。
「西の森の中にあるエルフの国よ。知らないの?」
「俺はこの大陸の生まれじゃないからな」
俺に知識で勝っていることがそんなに嬉しいのか、ゲイルはにやにやとした笑みを絶やさない。
さすがに腹が立ってきたので、そろそろ捕まえて上下関係を明確にしてやろうか本気で悩む。
すると、セルヴァン中尉が焦ったようにゲイルに質問した。
「ま、待ってくれ、レウシル聖王国は本当に実在するのか?」
「えっ? まさか、あなたたちも知らないの?」
「エルフの国がどこかにあるという噂は聞いた事があるが、皇帝陛下ですらその存在を公に口にしたことは無い」
エルフの国ということは、皇帝にとっては生まれ故郷だろう。しかし、帝国民はそのエルフの国の場所すら知らないというのは、何か事情がありそうだ。
皇帝を含むエルフたちは故郷の場所を知られないように情報操作しているのかもしれない。
「皇帝……? もしかして、この国は東ゼリアス連合国ではないの?」
「それは、700年前の国名だ。現在はリンドラム帝国と名を変えている」
700年も経っていれば国名が変わることもあるだろう。しかし、ゲイルは思いのほか驚いたのか、フラフラと空中を漂うように俺に近付き、左肩に腰を下ろした。
「おい、ゲイル。どうした?」
俺が尋ねると、ゲイルは空を見上げて口を開いた。
「私、大きな勘違いをしていたみたい……その皇帝は竜王リンドラムのことなの?」
「いや、竜王リンドラムは700年前の南北戦争で亡くなっている。皇帝陛下は友人だった竜王の名を国名にしたらしい」
「あの竜王が死んだ……? ねえ、皇帝の名前は?」
「ギルノール陛下だ」
皇帝の名を聞いたゲイルから息をのむような音が聞こえた。
俺の肩にあった微かな重みが無くなると、ゲイルが真剣な表情で俺の前へと浮遊する。
「レン、お願いがあるわ」
「何だよ、急に?」
「私をギルノールのところへ連れて行って。彼と話がしたいの」
どうして突然そんなことを言い出したのか知らないが、俺としては叶えられるのなら叶えてやってもいいお願いだった。
しかし、俺が口を開くよりも前に、話を聞いていたセルヴァン中尉が割り込むように止めに入る。
「ま、待ちたまえ。いくら世にも珍しい精霊だと言っても、皇帝陛下に謁見するなど、そう簡単に出来ることではない」
「むぅ……。ねえ、レン! 何とかならないの?」
ゲイルは拳を握りしめると、駄々っ子のように腕を振り回して詰め寄ってくる。
俺は手のひらでゲイルがこれ以上顔に接近するのを止めると、彼女の気持ちを確認する。
「落ち着けよ。まずは、どうして突然、皇帝陛下に会いたくなったのか話せ」
ゲイルは仕方なさそうに俺から少し距離と取ると、腰のホルダーに提げられている魔法銀製の剣を指差した。
「その剣の前の持ち主がエルフだって言ったでしょ? 名前はメルメネル。エルフにしては異常に好奇心旺盛な子で、双子の弟を引き連れてゼリアス大陸を西から東へ横断したの」
「大陸横断か。なかなか楽しそうな旅だな」
「ええ。とても楽しかったわ」
ゲイルは700年以上昔の出来事を思い出したのか、懐かしそうに目を細めて空を見上げた。
「メルメネルの双子の弟の名前は――ギルノールっていうの」
「ん? ってことは、この剣の前の持ち主は皇帝の姉ってことか?」
同名の別人という可能性もあるが、エルフは数が少ない上に寿命が無いので、700年前のギルノールと今のギルノール皇帝陛下が同一人物でも不思議はない。
ゲイルの説明を聞いていた軍人連中も、驚きを隠せずにざわざわと何か話し始めた。セルヴァン中尉も目に見えて動揺しており、顎に手を当てて視線を彷徨わせている。
「ま、まさか、そんなことが……いや、有り得るのか?」
「おい、中尉。皇帝陛下には姉がいるのか?」
「竜王リンドラムと同じで、700年前の戦争で亡くなられたと聞いた事がある」
「やっぱり……あの子はもう死んだのね」
ゲイルは予想していたことが確定したかのように、少しだけ悲しそうに息を吐いた。
「ゲイル、お前はどうして皇帝陛下と話がしたいんだ?」
「私はてっきり二人とも死んだと思っていたから、ギルノールが生きているのなら、メルメネルの最後がどうだったのかくらい、聞いておきたいの」
前の剣の持ち主であるメルメネルとゲイルの関係について詳しくは分からないが、彼女の顔を見ていれば、友人以上の関係だったと分かる。
あまり前の持ち主に未練を持たれても困るのだが、気持ちを切り替えるためにも皇帝に話を聞いてみるのは良いと思う。
幸い、皇帝に謁見する手段はいくつか思い付いたので、一番確実そうな案を実行に移そう。
「よし、俺が何とかしてやるよ」
「ホント?」
「中尉。まずは俺を大公閣下へ紹介してくれ。皇帝陛下の姉上が所持していた剣を持つ精霊使いって触れ込みでな」
精霊に加えて、皇帝の姉の剣という餌をぶらさげれば、どんなに偉い貴族でも無視はできないだろう。
「なるほど。それなら間違いなく、閣下は君に会うだろう」
「そして大公閣下に皇帝陛下への紹介状を書いて貰えれば、陛下に謁見することも不可能じゃない」
「では、まずは私から辺境伯閣下へ紹介状を書こう」
出鼻を挫くようなセルヴァン中尉の発言に、俺は思わずその場で転びそうになった。
「お、おいおい、大公閣下じゃないのかよ!?」
「ここは辺境伯領だからな。田舎の小隊長に過ぎない私が他領の領主へ紹介状など書けるわけがない」
「ちっ、面倒だが、順番に話を通していくしかないってことか」
こうして俺は軍から貴族に繋いでもらい、皇帝陛下に謁見することをこの国で最初の目標にするのだった。
ゲイルのおかげで話がトントン拍子に進んでいますが、面倒事も一緒に舞い込んで来そうな雰囲気がプンプンしています。
次回から健之助視点へと戻ります。




