旅支度
蓮さんたちを見送った後で、琥珀がくるりと回ってこちらへ向き直る。
「さて、これからどうするのだ?」
「とりあえずは買い物だな。旅行者用の大きなカバンと、服も買いたい」
「服? ああ、確かに日ノ本の服では目立つか」
おっしゃる通り、今の俺たちは滅茶苦茶目立っている。
これから帝国の人たちと仲良くなりたいという状況なので、彼らに友好的だという姿勢を見せるためにも、帝国の服を着ておきたい。
「汝らの荷物に着替えがほとんどなかったのは、最初から帝国で買うつもりだったからか?」
「そういうこと。琥珀の分も買ってやるからな」
荷物は最小限だが、お金だけは大量に持ってきている。
松葉組の給料や伊吹さんから貰ったお小遣いなどを入れた俺の全財産に加えて、弥生さんも貯金のほとんどを持ってきたらしい。当然だが松葉組からの支度金も貰っているので、金銭的な不安はない。
「ほう。そういうことであれば、こちらの姿で買い物へ行った方が良さそうだな」
琥珀は嬉しそうに笑うと、姿を人族へと変えている魔法を解除した。
黒髪が金髪へ、瞳の色も茶色から琥珀色へと変わる。極め付けに着物の後ろには大きな尻尾が9つも現れた。
「お、おい、琥珀!」
「案ずるな。今こちらを見ている者はおらんし、ミレーヌや蓮たちもいない。妾が見た目を偽る必要はないのだ。それならばこの姿の方が何かと便利であろう」
俺には何が便利なのか分からなかったが、隣で見ていた弥生さんが何かに気付いたように声を上げた。
「あっ、そっか。ここは獣人族の町だから、見た目だけなら半獣人族と変わらない琥珀ちゃんがいた方が良いかもね」
「そういうものですか?」
「初対面での対応は第一印象でほとんどが決まるからな。店での受け答えは妾がしよう」
種族で対応を変える店というのはあまり良いとは言えない気がしたが、もしそうなら確かに琥珀がいた方が良い。
俺はとくに異論を挟むことなく、琥珀に続くようにして服屋へと足を運んだ。
「いらっしゃいませ」
店内へ入ると、上等そうな洋服を着た獣人族の店員に出迎えられた。
目の前の店員は一見すると普通の対応だが、少し離れたところでこちらを見ている他の店員たちの視線から、やや警戒されているのが分かる。
「初めまして。妾は琥珀、こっちは兄の健之助とその恋人の弥生。見ての通り日ノ本からの旅行者なのだが、帝国の街を歩くにはいささか悪目立ちかと思って、服を買いに来た。良ければ、妾たちに似合う服を見繕っては貰えぬか?」
「か、かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
琥珀の古風な言葉遣いのせいなのか、後ろにいる俺たちが警戒されているだけなのかは分からないが、やや動揺した素振りの店員にぎこちなく店の奥へと案内された。
そこからは数人の店員によってどのような服を求めているか聞き取りが行われた。
俺たちがこれから帝国中を旅してまわる予定だと説明したことで、ある程度ラフな服が並べられていく。
幸いなことに靴屋も兼ねている店舗だったので、一気に全身のコーディネートを揃えられそうで助かった。
最初に服を選び終えたのは琥珀だ。
店員たちが獣人族と半獣人族だったことで選びやすかったからだろう。
「どうだ、兄上?」
選んだ服に着替えた琥珀は嬉しそうに手を広げて感想を求めて来た。
白いシャツに真紅のスカート。黒いブーツ。何より目を引くのはスカートと同じ色のフード付きマントだ。
「に、似合っているけどさ、そのマントは必要なのか?」
「フードが付いておるし、何かと便利だろう?」
赤色のマントは目立つので別の色の方が良い気がしたが、元々の着物も赤だったので好きな色なのだろう。
俺はそれ以上の口出しをするのを止めて、自分の服選びを再開した。
色々と悩んだ結局、俺はシャツにベストとズボン。それと茶色のブーツを選んだ。着飾った服はたくさんあったのだが、俺たちの旅に適しているのはシンプルで動きやすい服だ。
「兄上は昔着ていた服とあまり変わらんな?」
「そうか?」
琥珀の言う『昔着ていた服』とは高校の学ランだと思うのだが、あれと今の服は俺の感覚では全然似ていない。
こちらの世界には学ランそのものが無いと思うので、琥珀は黒い洋服というざっくりとした分類で変わらないと言っているのだろう。
「あの服はどうしたのだ?」
「江戸の一振家の屋敷に置いて来た。あれは思い出の服だけど、今は着ないからな」
しばらく琥珀と話していると、帝国の服を身に纏った弥生さんが更衣室から出て来た。
「お、おまたせ」
黄色の袴姿とはガラリと印象が変わった事で、俺は思わず息をのんだ。
弥生さんは琥珀と同じでスカート姿だった。一振家の着物と同じ黄色をメインカラーとしたスカートは、これまで袴姿くらいしか見たことが無かった彼女の印象をガラリと変えるには十分だった。
どうしよう。俺の彼女、超可愛いかもしれない。
「この国、女性はスカートが基本なんだって。ど、どう……かな?」
「す、凄く似合ってます」
弥生さんは恥ずかしそうにしているけど、本当によく似合っている。
俺が弥生さんに見惚れていると、琥珀が弥生さんの胸を凝視しながら感心するように言い放つ。
「ふむ。日ノ本服の時は分からなかったが、弥生は意外と大きいのだな?」
「ふぇ!?」
こいつ、俺が気付いても言えなかった事を堂々と言いやがった。
おそらくは下着が変わったからだと思うのだが、今の弥生さんは以前よりも胸が大きく見える。
琥珀に指摘されて咄嗟に腕で胸を隠した弥生さんは、恥ずかしそうに頬を染めながら俺を軽く睨んだ。
「け、健之助君……そんなに見ないでよ」
「えっ! お、俺ですか?」
最初に胸を凝視していたのは琥珀なのに、何故か俺だけが怒られた。
その後、着替え用に似たような服や数枚の下着を選んだあと、春になったとはいえ日ノ本より寒い帝国で旅をするのならと店員に勧められた薄手のコートを購入した。
荷物を抱えるようにして店を出ると、琥珀は俺が抱えている綺麗にたたまれた着物へと視線を向けた。
「兄上、日ノ本服はどうするのだ?」
「もったいないけど、処分しようと思う」
そのために出来る限り着古した袴を着ていたので、ここで全て処分することにそこまで抵抗はない。
「それなら、妾が魔法で燃やそうか?」
「出来るのか?」
「もちろんだ。少し、人目に付かない場所へ移動しよう」
俺たちは着物を抱えて人気のない裏路地へと移動すると、処分する日ノ本の服を石畳の上に積み上げた。
「ただ燃やすだけじゃなくて、石畳や周囲には被害が出ないようにしてくれよ?」
「分かっておる。ではいくぞ、『炎の蛇』!」
琥珀が手をかざすと、彼女の膨大な魔力が炎へと変化し、巨大な蛇を形作った。
炎の蛇はするすると地を張って移動すると、積み上げられている服をパクリと飲み込んでしまう。
蛇の体内で飲み込まれた服が燃やされると、炎の蛇も役目を終えてその場から消滅した。
「凄いな。てっきり普通の炎魔法で燃やすのかと思ったぞ」
「それも出来るが、妾はこの魔法が最も使い慣れているからな」
石畳に焦げ跡一つ残っていない所を見るに、琥珀は燃やそうと思った物だけを燃やすことができるほどに魔法をコントロールしている。
それには使い慣れている魔法を使用するのが一番なのだろう。
「では、不要物の処分も出来たし、次の買い物へ行くとしよう。カバン屋だったか?」
「ああ。それと武器屋にも寄りたい」
「汝らの武器はその刀だろう?」
琥珀は俺たちが左手に持っている刀を指差す。
「さっきの服屋で店員に聞いたんだけど、ベルトに取り付けられる武器用のホルダーが武器屋で売っているらしいんだ。日ノ本の服と違って刀を腰に差せないから買っておこうと思って」
「なるほど。では、順番に巡るとしようか」
再び琥珀が先頭に立つ形で、カバン屋と武器屋を順番に巡る。
カバン屋では俺と弥生さんが大きめのリュックを買う。ついでに店員に勧められたベルトに提げられる形のポーチを3人分買った。
ポーチに入れられる財布も勧められたが、そこは断って店を出る。別に財布は日ノ本製の財布で問題ないからな。
「兄上、妾の武器をいくつか買ってもらえないか?」
続く武器屋へ着くと、店内を軽く見回した琥珀が、上目遣いでねだってきた。
可愛い事は可愛いが、こいつは俺よりよりもずっと年上なので、おねだりする妹というよりは男にたかる女狐のように思えて若干気が進まない。
「……琥珀は魔法が得意なのに武器もいるのか?」
「接近戦になれば、魔法よりも武器の方が良い場合があるのだ」
「良いんじゃない? 琥珀ちゃん、たぶん強いと思うし」
安物の護身用の短剣一本位で我慢するように言いくるめられないか考えていると、弥生さんが勝手に返事をしてしまった。
「では、これを二つとそれとそれを買ってくれ」
琥珀は短剣を二つと投げ斧。それに鞭を順番に指差した。
「お、おい、冗談だろ?」
「琥珀ちゃん、そんなにいくつも買う必要あるの?」
俺たちの懐疑的な視線を気にした素振りもなく、琥珀は自慢げに胸を張ると腕を払うようにしてマントをたなびかせた。
「妾はどれも上手く使いこなせるぞ。気になるのなら、弥生は妾のステータスを見てみるが良い」
「あっ、そっか……そう言えば、そうだったね」
以前、琥珀のステータスを見ていた弥生さんは、何かを思い出したように頷いた。
琥珀は弥生さんが納得するようなスキルでも習得しているのだろうか?
「弥生さん? 何か分かったんですか?」
「あっ、う、うん。琥珀ちゃんは『短剣』と『斧』と『鞭』のLV2の戦技スキルを持っているから、達人並みに使いこなせるはずだよ」
「マジですか」
俺が『刀LV1』を習得した際、松葉組のみんなに凄く驚かれた。戦技スキルと呼ばれる武器関係のスキルはとても珍しく、レアスキルと呼ばれているものだ。
琥珀はそのレアスキルを3つも習得しているというのだから凄まじい。
「改めてみると、琥珀ちゃんのステータスって本当に凄すぎて圧倒されちゃうな……」
「そんなに凄いんですか?」
「ステータスの高さとか持っているスキルだけで判断するなら、夕陽様と互角以上。もしかしたら楓様に匹敵するかも知れないよ」
楓さんに匹敵すると言われて、俺は目の前にいる小さな少女に改めて目を向けた。
魔法が得意な妖魔族で、年の功から知識も豊富で頼りになるとは思っていたが、戦闘面でも頼れる存在だったらしい。
「ほう、妾と互角以上の強さのサムライがいるとは驚いた。サムライの強さも1000年間で随分と向上したようだな」
琥珀は妖魔族であり、1000年も封印されていた原因を作ったのは人族であることには変わりない。
俺は今一度、琥珀の意志を確認することにした。
「琥珀、一応確認したいんだが、本当に俺たちと敵対する気はないんだよな?」
「ここまで来て汝にあだなすことはせぬ。反意があるのなら、とっくにやっておるわ」
「……分かった。買ってやる」
琥珀用に短剣を二本、投げ斧に鞭を買ってやった後で、俺と弥生さんは刀をベルトに提げるための武器ホルダーを購入する。
本来は刀ではなく剣用なのだが、特に不具合もなく刀を取り付けることができた。ただし状況によっては鞘が揺れて邪魔になりそうなので、素早く取り外せるようなものを選んだ。
琥珀はというと、短剣を両足のブーツに固定したホルダーへ入れて、腰のベルトの左に投げ斧、右にポーチ、後ろに鞭という完全武装だ。
見た目が子供なのも相まって、滅茶苦茶目立っている。店員も苦笑い気味だ。
「うむ。これでいざという時は兄上と弥生を守りやすくなった」
「頼もしい限りだな」
「わ、私だって、健之助君を守るからね」
「うっ、もしかして、俺が一番弱くて守られる側なのか……」
恋人と妹に守られる男。
日ノ本でなら普通だが、ここは帝国なので何だか情けなくなってきた。
最近はセーブしていたが、もう少しレベルを上げるように努力しても良いかも知れない。
服に関しては本来の名称を書くと専門的な会話になりすぎるので、万人が分かる名称に置き換えています。
とりあえずは、和服から洋服になったんだと理解して貰えれば良いと思っています。
次回は昼食です。




