それぞれの道
「琥珀、ちょっと気になった事があるんだけど、今って大丈夫か?」
帝国行きの船旅にも慣れて、変わらない海を眺める事にもすっかり飽きてきた頃。
俺は船室のソファに腰掛けている琥珀に話しかけた。
「景色を眺めていただけだから構わぬぞ」
「ずっと変わらない海を眺めていて飽きないのか?」
何とはなしに出た言葉だったが、その一言で彼女は眉間に皺を寄せて俺を睨んだ。
「妾が封印されていた期間を考えれば、この程度で飽きるわけがなかろう。1000年ぶりの海なのだ。兄上が聞きたかったのはそんな事か?」
「い、いや、そうじゃなくて……種族スキルに関して……なんだけど」
俺の妹を自称しつつも妖魔族としての威厳をたっぷりと放つ琥珀は、その膨大な魔力を少しだけ俺に向けて解放し、軽い威圧を送ってきた。
それだけで俺の心臓は恐怖に早鐘を打ち、足は自然と後ろへ下がって震え始める。
「ふむ。座って話すがよい」
琥珀は俺が威圧されて委縮した姿を見て溜飲を下げたのか、満足そうに威圧を解除して自分の向かいにあるソファを手で指し示した。
こいつ、本当に俺の妹をやるつもりがあるのだろうか?
こんな怖い妹は御免だと思いながら、俺は琥珀の向かいのソファに腰掛ける。
「俺も詳しくは知らないんだけど、俺の持っている『多才』ってスキルは人族固有のスキルってことなんだよな?」
・種族スキル:多才
アクティブスキルを最初からLV2で習得できる
様々な種類のスキルがある中で、このスキルは『種族スキル』という分類になっている。
名前からして自分の種族固有のスキルなのだろうと勝手に考えていたのだが、せっかく色々と詳しそうな琥珀がいるのだから、確認を取っておこうと思ったのだ。
琥珀は小さく頷くと、スキルに関する解説を始めてくれた。
「人族はその種族スキルとユニークスキルのおかげで、強力なスキルをいくつも持っている種族だと他種族からは認識されている」
「やっぱりそうなのか。ちなみに他の種族スキルはどんなのがあるんだ?」
琥珀の口ぶりだと人族はかなりスキルに関して優遇されている種族のように聞こえるが、他の種族のスキル事情が分からないと比較しようがない。
「獣人族は『達人』、魔人族は『魔導師』というスキルを持っている。『達人』は『剣』や『弓』などの戦技に関するパッシブスキルを最初からLV2で習得できるというもので、『魔導師』は自分が習得している魔法を他者に習得させることができるというものだ」
「人族のスキルに負けず劣らず強力なスキルだな」
「うむ。種族スキルというのはその種族の強みそのものだからな。どれも強力なのだ」
獣人族の種族スキルは人族の種族スキルと似ているが、パッシブスキルは何個も習得できるものではないと弥生さんたちから聞いているので、汎用性が高いのは人族の種族スキルな気がする。
魔人族の種族スキルはさすが魔力至上主義の魔人族らしいスキルだと思った。魔法を習得する大変さは身を持って知っているので、魔人族間で魔法を習得させ合えば全員が強力な魔法を習得できるのでとても強力なスキルだと思う。
そこで俺は、魔人族の血を引いている琥珀はどうなのだろうと気になった。
もしも魔人族と同じスキルを持っているのなら、是非とも琥珀の習得している魔法を俺にも習得させて欲しい。
「もしかして、琥珀の種族スキルも魔導師なのか?」
「いや、妾の種族スキルは『変幻自在』というスキルだ。自然魔力を体内魔力へ変換できる」
俺の予想とは大きく異なった返事が返ってきた。
おそらくこの世界で一人だけである妖魔族の琥珀の種族スキル。それは実質的に俺や弥生さんが持っているユニークスキルに近い希少性のスキルだということだ。
「それって、実質魔力が無限って事じゃないか?」
人の体内魔力は魔法を使いまくればすぐに枯渇して休息が必要になるが、自然魔力が尽きるという現象は聞いた事が無い。
それもそのはずだ。大地から得られる自然魔力というものは、つまりこの星の魔力そのものだ。俺たち人間が使い切れるほど少ないわけがない。
「まあ、そうなるな。だからこそ、妾は純血である魔人族たちにも尊重され、身分の低い家の子であったにも関わらず、貴族の養女になることができたのだ」
「琥珀は魔王国の貴族だったのか?」
「妖魔族は皆そうだと教えなかったか? 妾は日ノ本で産まれたが、妖魔族だったために方伯家に養女として迎えられ、教育のために母上と共に魔王国で育った。方伯令嬢として一通りの礼儀作法を叩き込まれたな。今となっては昔懐かしい話だ」
琥珀は昔を懐かしむように目を細める。
おそらくは母親の事を思い出しているのだろう。今まで見たことが無いほどに優しくて、少し悲しそうな表情だ。
魔人族は長命だが、さすがに1000年以上は生きられない。この時代に、琥珀の事を知っている身内は生きていないのだ。
「方伯……初めて聞く爵位だな」
「貴族の中では上から二番目で、上級貴族というやつだ」
俺にとって貴族というのは歴史の授業とか小説や漫画の中だけで出てくる存在で、よく分かっていないことが多い。
魔王国と帝国では多少違うところもあるかもしれないが、琥珀から貴族とはどういうものか詳しく教わってみるのも良いかも知れない。
「ん? 兄上、見えて来たぞ」
俺が貴族に関して考えていると、琥珀が窓の外を指差す。
水平線の遥か向こうから小さな陸地が姿を現していた。
「あれが帝国か?」
「妾も初めての国だからな。どんなところなのか、楽しみだ」
俺は久しぶりの陸地に胸を躍らせながら、琥珀と共に甲板へと向かうのだった。
リンドラム帝国ランシュ辺境伯領タルリエ。
船着場で入国の手続きを済ませると、俺たちはタルリエという港町へ繰り出した。
ランシュという辺境伯の領地だと説明されたが、辺境伯がどのくらいの地位なのかさえよく分からない俺にしてみれば、だから何だという話だ。
貴族の領地といっても、港町で働いている人や、日ノ本へ行く商人や旅行者は全員平民だ。お城などに近寄らなければ辺境伯に会う事もないだろう。
俺の任務は帝国との貿易などにおいて有益な情報を持ち帰り、帝国人と友好的な繋がりを作る事。俺に求められているのは商人との繋がりだ。貴族との接触は面倒ごとに繋がるだけに思えるので極力したくない。
とはいえ、商人たちの中には貴族のお抱えとか、ややこしい立場の者もいると思うので、その辺りは慎重になった方が良いだろう。
「……人は多いが、蝦夷や陸奥ほどの賑わいはないな?」
キョロキョロと辺りを見回していた蓮さんがポツリと呟く。
確かに、サムライたちによって厳重な警備が敷かれていた蝦夷や、帝国からの品物を買いに来た商人でごった返していた陸奥ほどの賑わいはこの港にはない。
「日ノ本は帝国の商人が持ってくる品物を心待ちにしている人が多いけど、逆はそんなにってことなんじゃないですか?」
「日ノ本に売る物はあっても、日ノ本から買う物はないのか……健之助、帝国人が欲しがるようなものを日ノ本で生み出さなければ、お前の任務は達成できないんじゃないか?」
「そ、そうですね」
俺は蓮さんから真っ当な指摘を受けて少しだけ息を詰まらせた。
彼の指摘の通り、今の日ノ本にとってそこが一番の問題なのだ。
俺だって退屈な船旅でただぼうっとしていたわけではなく、同じ船に乗り合わせていた帝国の商人に聞き込みをしたり、弥生さんと話し合ったりして現在の日ノ本が抱えている状況を精査していた。
まず、現在の日ノ本から帝国への主な輸出品だが、壺や茶器などの工芸品が少量であり、残念なことに帝国での需要はそこまでではないらしい。珍しいもの好きの帝国人がコレクションのために買うくらいとのことだ。
では、帝国の商人たちはどうして遠い東の海の果てにある日ノ本と言う小国に商売にやってきてくれるのかというと、日ノ本の金銀銅が目当てだからだ。
これは俺が多少の情報量を渡して教えてもらった事だが、帝国の商人が日ノ本へ売っている物は帝国内だけで売り切れてしまうくらい需要があるものらしい。それをわざわざ日ノ本用として残して売りに来てくれているのは、日ノ本の支払いが金銀銅だからだと言っていた。
帝国では既に紙幣が発行されており、国内では紙幣でのやり取りが推奨されている。しかし、商人たちの間では紙幣でのやり取りを不安視する者も多く、いまだに金銀銅で取引をしてくれる日ノ本は貴重なのだそうだ。
この話を聞いて、俺は日本の歴史の授業で習った内容を少し思い出した。このままだと、日ノ本は日本の歴史と同じように貴金属を大量に外国へ輸出してしまい、国内の貴金属が不足する未来が迫っているのだ。
しかし、だからといって日ノ本でも紙幣を発行して取引するようになったとしたら、帝国の商人たちは日ノ本へ商売に来てくれなくなるだろう。
この状況を打開するには蓮さんの言ったように帝国人が欲しがる輸出品が必要なのだ。
これは江戸時代ではなく明治時代の話だが、日本の主な輸出品は生糸だったはずなので、俺は弥生さんに生糸を国内で大量生産する案を持ちかけた。しかし弥生さんからもたらされた情報によると、帝国からの主な輸入品の一つが生糸らしく、もしも国内で生糸の大量生産に成功したとしても、輸入を止めるだけで輸出品にはなり得ないだろうとのことだった。
その他に思い付くのは工業製品ばかりだし、俺は機械関係の物の仕組みをほとんど理解していないので、日本の知識で無双するライトノベルのような活躍はできそうにない。
己の無力さを感じつつ、これからの旅で何かを思いつくことに期待しながら帝国の街を見回す。
日ノ本とは違って石造りの建物が多く、帝国は日本で言うヨーロッパ系の国だと分かる。
「しかし、本当に獣人族ばかりの町だな」
俺とは違い、町行く人々に目を向けていたらしい蓮さんが、獣人族たちを眺めながら言う。
「半獣人族なら日ノ本でも見るが、獣人族をこれだけ見たのは初めてだ」
「帝国は東が獣人族、西が人族、南が竜人族って感じで分れているらしいんで、蓮さんが住むなら、西か全種族が入り混じっている中央の方が良いんじゃないですか?」
観光なら良いが、獣人族や竜人族ばかりの町で人族の蓮さんが不自由なく暮らすのは難しいだろう。これだけ見た目が違うと、生活様式も大きく異なっている可能性が高い。
「正直に言うと、西は無いな」
「どうしてですか? 同じ人族が多くいた方が暮らしやすいと思いますけど」
「この国の女が日ノ本の女共とは違うって事は知っているが、どうしても人族の女を見ると嫌な思い出が蘇るからな。出来れば住むのは首都が良い」
蓮さんは嫌な事を思い出したのか顔をしかめ、それを気遣う様にエラさんが彼の手を握った。
彼の性格では日ノ本の女性と上手くいかないのは分かるが、どうやら彼が思い出して顔をしかめるほどの事を日ノ本の女性たちから言われて育ってきたようだ。
それでも自分を曲げなかった蓮さんを強いと思いつつ、彼が呪いの無い土地へ脱出できたことを共に喜んであげたい気分になった。
「とはいえ、この辺りや南の領地も見てみたいからな。そうすぐには住む場所を決めたりはしないつもりだ」
「仕事はどうするんですか?」
「この国なら男の俺でも十分に戦えるからな。魔獣退治で稼ぎなら旅する予定だ」
船旅中も蓮さんは甲板で俺が作った木刀を振って稽古を続けていた。まだまだ弥生さんたちほどの強さは無いが、弱い魔獣くらいならエラさんと協力すれば狩れると思う。
何より、彼には『霞刃』があるので、一撃の威力だけなら既にそれなりだ。そこまでの心配は要らないと思いつつも、少しだけ不安になる。
「俺たちが護衛するのはここまでですから、無茶はしないでくださいね。エラさんもいるんですから」
「いざとなったらエラは空に逃げられるから大丈夫だ」
エラさんは逃げられても、蓮さんは逃げられないから心配なのだが、彼には俺の心配が通じていないらしい。
蓮さんの中でエラさんは家来であり、自分が守ってあげなければならない女の子なのだろう。
「エラさんってトラリドの出身なんですよね?」
「は、はい。そうですよ」
「蓮さんと一緒にトラリドへ行くとかは考えないんですか?」
俺の質問にエラさんが答えるよりも前に、蓮さんが口を挟んだ。
「俺が考えなかったと思うのか? トラリド国はとんでもなく遠い南にある国で、トラリド国の獣人族は誰も詳しい場所を教えないんだ。エラは国を出たのが子供の頃過ぎて場所を覚えていないだけだがな」
南というと、インドネシアやニューギニア辺りの国家なのだろうか?
どちらにしろ、場所が分からないなら船で向かうのも危険なので、トラリド行きは諦めた方が良いだろう。
俺たちの会話が途切れたタイミングで、見計らっていたようにミレーヌさんが口を開いた。
「蓮さん、私の護衛もここまでになります」
「ん、そうか……分かった。ミレーヌさえ良ければ、いつでも俺のところに来て良いからな?」
「……心にとめておきます」
名残惜しそうな雰囲気の蓮さんと少し照れるようなミレーヌさんを見て、俺は二人の関係が主と護衛という関係以上のものになっていた事を察した。
人族の女性は嫌だと言っていた割に、ミレーヌさんの事をかなり気にかけている様子だったので、結局は種族や国籍ではなく、個人を見ているのだと思う。
「じゃあな、ミレーヌ」
「はい。皆さんもお元気で」
俺たちに背を向けて歩いていくミレーヌさんを見送った後で、蓮さんが気持ちを切り替えるように大きめの声をエラさんへ掛けた。
「んじゃ、俺たちも行くか、エラ」
「はい、蓮様」
ミレーヌさんの護衛任務が終わったように、俺の護衛任務もここで終わりだ。
ここから俺は日ノ本のために情報収集と関係値作りの旅に出ることになる。
「健之助、お前も頑張れよ」
「蓮さんこそ、頑張ってください」
俺は何となくそういう気分になったので、蓮さんに向かって拳を突き出した。
蓮さんは俺の行動を見て不思議そうに首を傾げる。
「俺の拳に蓮さんの拳を合わせるんです」
「何の意味があるんだ?」
「色んな意味がありますけど、今の状況ならお互いを激励しつつ『また会おう』って意味ですかね」
「いいな、それ」
蓮さんは笑顔で拳を作って俺の拳に軽くぶつけた。
「またな、健之助」
「また会いましょう、蓮さん」
こうして俺は護衛任務を完了した。
思い付きで前半にスキルの小話を入れたせいで少し長くなってしまいましたが、帝国に降り立った健之助たちがそれぞれの道を進み始めました。
次回は買い物をします。




