封印石
宿場町の旅籠で一泊したのちに、俺たちを乗せた馬車は街道を逸れて土の道を進んだ。舗装された街道とは違って道が凸凹なので馬車がガタガタと揺れて乗り心地が悪い。
目的地付近の河原で弥生さんが合図を出し、全員が馬車から降りた。
「健之助君と会ったのはこの辺だったと思うけど、ここからどうするの?」
「えっと……あの山を登ります」
俺は川と山の位置関係を思い出し、幽霊がいた池のある山を指差す。
「登るって……頂上まで?」
「いえ、途中でちょっとした開けた場所があって、そこに行きたいんです」
問題はその場所を正確には覚えていない事だが、こればかりは登りながら探すしかない。
俺は同じように馬車から降りて伸びをしたり、外の空気を堪能している蓮さんたち3人組へ向かって声を掛けた。
「しばらくしたら戻ってくるので、皆さんはここで待っていてください」
「こんなところに何があるんだ?」
「ええっと……お世話になったお婆さんが山に住んでいるんです」
幽霊の説明は話がややこしくなるので、お婆さんという事にして説明した。
見た目的にはお姉さんだが、年齢で考えればお婆さんなので嘘は言っていない。
「こんな山に婆さんが? 山姥じゃないのかそれ?」
「違いますって。とにかく一言お礼を言ったら戻ってくるんで、すみませんが蓮さんたちはここで待っていてください」
「分かった。ミレーヌがいるから良いが、一応お前も俺の護衛なんだから早めに戻れよ」
3人に見送られ、俺は弥生さんを連れて山へと歩き出す。
全く人の手が入っていない山というのは本当に登りにくく、急斜面を避けるように迂回しながら上を目指していく。
降りる時も苦戦したのだが、登るのも一苦労だ。最初に鬼から逃げながら辿り着いた時は何も考えていなかったが、よく滑落せずにあの場所まで辿り着けたと思う。
「健之助君、本当にこの山にお婆さんが住んでいるの?」
「色々と説明を省くとそうなりますね」
俺は弥生さんにどこから説明しようか考えた結果、一番最初から話すことに決めた。彼女に隠し事は必要ない。
「俺はこの辺りの河原で突然目覚めたんです」
「それって……この世界へ来た時の事?」
「そうです。そしてすぐに鬼に遭遇して山の中へ逃げました」
今となってはあの程度の鬼なら簡単に倒せてそうだが、魔法はおろか刀も持っていなかった当時の俺には本当に恐ろしい相手だった。
「逃げて、逃げて、逃げ惑った先で、異様に綺麗な石がある池を見付けたんです」
「異様に綺麗ってどういう意味?」
「こんな山の中にある池ですよ? 普通はあんな風に石も苔むしていると思いません?」
俺は近くにあった大量の苔に覆われた岩を指差して同意を求めた。
「確かに……じゃあ、苔一つなく綺麗だったんだ?」
「はい。そしてその石に近付いた時、俺はその人に会ったんです」
そこまで説明したところで、俺は見覚えのある石段の残骸を発見した。
「あっ! この石段です」
「これって、石段なの? 完全に自然と一体化しちゃっているけど」
石は至る所が砕けており、そのほとんどが何かしらの植物に覆われている。よく見なければ人工的に切り出された石段だとは思えないだろう。
「……多分ですけど、1000年前に作られた石段だと思います」
「1000年前って……」
今は見る影も無いが、きっとあの幽霊が生きていた時代では綺麗に整えられた石段だったのだと思う。
俺は弥生さんと共に石段の先を目指して登っていくと、綺麗に開けた場所に出た。
「ほう。よもやここへ戻ってくるとは思わなかったぞ」
「えっ!? だ、誰? というか、透けてる!?」
俺たちが池の前に辿り着くや否や、幽霊が嬉しそうに声を掛けて来た。
弥生さんは岩の上に立つ半透明の女性を見て驚きの声を上げ、幽霊はそれを受けて眉をひそめる。
「健之助よ、なんだ、この小娘は?」
「俺を保護してくれたサムライの一振弥生さんです」
「サムライ? それにしては覇気が足りぬようだな。妾を見た程度でそこまで慌てるようでは頼りないのではないか?」
そんなことを言われても、半透明の幽霊を見たら普通は驚くと思う。
「弥生さんは俺と同じ世界の記憶を持っている人なので、信頼できるんです」
「なんと、汝以外にも別世界から来たものがおったのか」
「俺とはまた違って、弥生さんは記憶だけ持っているんです。前世の記憶と言った方が分かりますか?」
「輪廻転生のことか? しかし、記憶を引き継いでいるとは面白い」
俺が幽霊と話を進めていると、隣にいた弥生さんが警戒するような目で幽霊を見ながら、俺の服の裾を引っ張った。
「あ、あの、健之助君、私にも分かる様に説明して?」
「あっ、すみません。彼女はこの地に縛られている幽霊的な存在なんです」
「えっと……地縛霊ってこと?」
「そういう感じだと思います」
俺が弥生さんの言葉を肯定して頷くと、幽霊が不満そうに声を荒げた。
「健之助、汝は妾の事をそんな悪霊のような存在だと思っておったのか?」
「え? だって、1000年前に人族にやられてここに縛られたんですよね?」
「まあ、そうだが、幽霊というのは少し違う。妾の肉体は人族のユニークスキルによって石に変質させられているからな。死んだわけでは無い」
幽霊は自らが立っている足場の岩へと視線を落とす。
その岩が元々は彼女だったとは驚いた。他人を石へと変質させるユニークスキルの存在を聞いて、俺は人族が思っていた以上に危険な種族なのではと思い始めた。
「石に変質させるなんて、恐ろしいユニークスキルですね」
「それっておかしくない?」
幽霊の言葉を鵜呑みにした俺と違って、弥生さんは何かに気付いたように声を上げた。疑うように幽霊を睨んでいるが、その手は俺の服の裾を掴んだままなのが可愛い。
「いくら強力なユニークスキルだからって、石にされたのは1000年前なんだよね? ユニークスキルの中でも特に強力なものは魔力を消費して使用するはず。使用者が亡くなっているはずの1000年後まで石化が続いているなんて考えられないよ」
「弥生と言ったか? 汝は中々物知りだな。確かに、強力なユニークスキルは魔力を消費するものが多い。現に妾を石へと変えたスキルは『石化の魔眼』と言って、魔力を大量に消費して対象を石へと変えるスキルだった」
弥生さんと同じ魔眼のユニークスキルか。
魔眼を持つ弥生さんだからこそ、何か気になることがあるのだろう。
「やっぱり……でも、だったらどうして今も石のままなんですか?」
「そこが『石化の魔眼』の恐ろしいところなのだ。対象を石へと変えた後は、その石へ自然魔力が流れ込んで効果を維持できるようになっている。だからこそ、今もこの石へ自然魔力が供給され続け、妾の身体は石の姿をしているのだ」
対象を半永久的に石へと変えて縛るユニークスキル。
俺には恐ろしく悪意に満ちたスキルに思えた。単純に命を奪った方がまだ良いだろう。目の前の彼女のように動くことも出来ない状態で1000年以上もその地に留まるというのが、どれほどの地獄なのか、俺には想像もできない。
「使用者が死んだ後も効果が続くスキルなんて、まるでこの土地の呪いみたいですね」
俺は特に深く考えもせずに思った事を口にしたのだが、それを聞いた二人の反応は違うものになった。
弥生さんは同意するように頷くだけだったが、幽霊は苦虫を噛み潰したような顔になった後で、何かを諦めたように目を伏せたのだ。
俺は幽霊の反応が気になったのだが、弥生さんは別の事が気になり続けているようで、幽霊の変化に気付かずに話を続けた。
「……さすがに土地の呪いほどではないけど、凄く強力なスキルだとは思う。けど、それでも一つ納得できないのは、身体を石へと変えられているのにどうしてそんな半透明の状態で私たちの前に姿を現せて、会話もできるのかってこと……その辺りは説明して貰えますか?」
弥生さんの問いに幽霊は逡巡するように視線を彷徨わせた後で、口を開いた。
「これは『幻影』という妾の得意魔法の応用だ。肉体は石になっているが、魔力はあるので何百年も魔力操作を訓練して、こうして『幻影』に魔力で喋らせることも出来るようになったのだ。凄いだろう?」
「いや、凄すぎでしょ。何ですかその魔法」
「それほどの魔法……あなたはエルフなんですか?」
「いや? 妾は魔人族と獣人族の子だ」
幽霊の種族が分かると、弥生さんは驚いて目を見開くと共に、俺を守る様に前に出た。
「じ、獣魔人族!? その見た目で?」
「……『幻影』で創り出した身体だと言ったであろう? 本来の姿は違う」
幽霊は明らかに自分を警戒している弥生さんを不快そうに一瞥した後で、俺に視線を向ける。
これは弥生さんを何とかしろというアイコンタクトだろう。
「弥生さん、この人は大丈夫だよ。この場所に縛られて1000年も経ったことで、人族への恨みとかは消えたって言っていたし」
「で、でも……」
「それよりも、今の話を聞いて、俺はこの人を元に戻してあげたいって思った」
「えっ?」
人族と敵対していた頃、彼女がどのような事をしたのか俺は知らない。
もしかしたら人族の命を奪った事もあるのかもしれないが、戦争状態にあったのだから、それは仕方のない事だとも言える。
そして何より、1000年もの間、身動きの出来ない石にされるという想像もできない苦行によって、彼女は十分に罰を受けたのではないだろうか?
人族である俺に親切にしてくれた彼女を、これ以上このような状態で放置しておきたくない。だから俺は、彼女を石化から解放する方法を思考していた。
「健之助よ。気持ちは嬉しいが、それは無理というものだ。汝は石化を元に戻すスキルも魔法も持っていないだろう?」
「確かに、そんなピンポイントなものはありませんよ。でも、今の俺が出来る事で、試せる事はやってみたいんです」
俺は刀を抜くと、弥生さんの脇を通り抜けて池に近付く。
「け、健之助君、何する気なの?」
「石化は自然魔力が石へと供給されることで維持されているんですよね? だったら、その供給を止めれば、石化は解ける。違いますか?」
弥生さんは石化が維持されていることに疑問を持っていた。だから、自然魔力の供給を止める事さえ出来れば、石化は解除されるはずなのだ。
「どうやって止めるの?」
「こうやってです!」
俺は『霞刃』を作り出して池に向かって突き刺し、岩を傷付けないように注意しながら池の底を抉る様に刀を動かした。
続いて『両手持ち』のスキルを発動して力を上昇させ、『霞刃』の側面で押すようにして岩を池の外へと弾き飛ばす。
「はぁっ!」
「ぬあっ!?」
岩の上に立っていた幽霊は岩が動いた瞬間に姿を消した。
そして岩だけが池の外へと弾き出され、近くの木に激突して動きを止める。
「け、健之助君、そんな力技で大丈夫なの?」
「分からないけど、あの場所から自然魔力が供給されているのなら、無理やり動かすことで供給を断てるかもしれません。これで駄目なら次の手を考えます」
これが不発に終わるのなら、次は俺の身体を経由した自然魔力を岩に流す方法を試そうと思っていたのだが、池から出された岩が光を帯び始めたのを見て、俺は正解を引いたと確信した。
「よし!」
岩全体が光に包まれて形を変えて行き、赤い着物を身に纏った一人の女性を形作っていく。
岩の姿から解放された女性は、唖然とした顔で自分の身体を見下ろした後で、手を動かして何かを確認している。
両手を握ったり、開いたりした後で、ゆっくりと俺に視線を向けた。
「し、信じられぬ。1000年間、妾を縛っていた石化がこのような単純な方法で解除できるとは……」
もっと喜んで貰えるかと思ったが、女性の声は震えており、喜びよりも驚きの方が上回っているように見えた。
「魔法が使えたなら、もっと早く自力で解除出来ていたかもしれませんね」
「いや……それはとうの昔に試した。おそらく、汝が岩の下を魔法で斬ったのが最大の原因だと思う。妾と地面を繋いでいた自然魔力の流れがあれで断ち切られた。そんなことが出来るのは同じ自然魔力を使う魔法だけだろう。その魔法は誰に教わったのだ?」
「サムライは鬼魔法で鬼と戦いますから、弥生さんたちサムライに習いましたよ」
「…………鬼魔法で鬼と戦っている? し、知らぬ間に……時代は変わったのだな」
そういえば、昔は鬼魔法なしで妖魔族や鬼と戦っていたと聞いた事があるので、彼女は人族が鬼魔法を使える事を知らなかったのだろう。
「俺に色々教えてくれていたけど、鬼魔法は使えなかったんですか?」
「妾が得意とするのは体内魔力を使う魔法だ。こんなことなら、陛下に自然魔法を習っておけば良かったな……」
「陛下?」
俺が陛下という言葉に反応すると、彼女はフッと力が抜けたように笑った。
「妾が昔、仕えていた御方だ。今はもう、亡くなっているだろうが」
陛下というくらいだから、王様の事だろう。
1000年前にいた王。
それを思い浮かべた時、当然の如く真っ先に思い浮かぶのは『鬼王』だ。もしかして彼女は『鬼王』と面識があるのだろうか?
「あの、前回別れた時から気になっていたんですけど、あなたの名前は何て言うんですか?」
「妾の名か? う~ん」
名前を聞くと、彼女は言い辛そうに腕を組んだ。
「まさか1000年の間に自分の名前を忘れたなんて言わないですよね?」
「覚えてはおるのだが、その名を名乗るのは憚られる」
「どうしてですか?」
「この地に封印された際に、人族と敵対していた妾は死んだと思っている。こうして石化から解放されはしたが、今更あの頃の名を名乗る気にはなれないのだ。良ければ新しい名を考えては貰えないか?」
予想外の要求に、俺は面食らった。
新しい名前を考えてくれと言われても、人の名前をそう簡単に思い付くわけがないし、そういう大事なものを普通は他人に頼まないだろう?
「お、俺が、ですか?」
「妾を解放したのは汝だからな」
確かに俺が解放したが、それで命名権を委ねられても困る。
彼女の今後の人生に関わる内容なので、どうにかして自分で考えて欲しいと思っていると、弥生さんが血相を変えて俺と彼女との間に割り込んで来た。
「さがって、健之助君!」
弥生さんは俺を後ろへ突き飛ばすように強く推すと、躊躇いもなく抜刀して彼女へ刀を構えた。
「や、弥生さん!?」
「ふむ。穏やかではないな。妾は人族に敵対する気はないのだぞ?」
「そんな言葉が信じられると思っているの?」
やばい。弥生さんは冗談でこんな行動をする人じゃない。何かあればすぐにでも斬りかかる気だ。
「ど、どうしたんですか弥生さん?」
「私の魔眼で確認したの。彼女の名前はペトロネラ・オルロープ。種族は――」
弥生さんは『霞刃』を作り出して、彼女へ突き付けた。
「――妖魔族!」
幽霊が獣魔人族だと言わずに回りくどい言い方をしていたのは、妖魔族だったからでした。
次回、妖魔族と真の姿と対面します。




