出発
長期任務に向けての準備期間が三日しかなく、俺と弥生さんは大慌てで荷物をまとめた。
こういう時、スーツケースなどが無いのは本当に不便だ。荷物を馬車に積み込んで港まで運ぶことは出来ても、リンドラム帝国からの旅ではどうなるか分からないのであまり大荷物にすることも出来ない。自分で背負って運べる量にするしかないのだ。
結果として、着替えなどはリンドラム帝国で洋服を買った方が良いという判断になり、荷物の量はかなり少なくなった。
現在、リンドラム帝国と行き来する船が入港する港はただ一つ、蝦夷だけだ。理由は男性の乗組員ばかりであるリンドラム帝国の船が日ノ本の本土には近付こうとしないかららしい。
そういうわけで、俺たちの最初の目的地は陸奥。日本で言う青森県だ。そこから船に乗って蝦夷へ渡り、リンドラム帝国の船に乗り換える。
俺が蓮さんに『霞刃』の習得方法を教えた褒美で行くつもりだった那須野原の話をしたところ、旅の途中で寄っても良いということになったので、街道を北上しながら那須野原へ立ち寄り、その後本土の最北端にある陸奥へ向かう旅になった。
蓮さんたちと共に江戸の北門で馬車に乗ろうというところで、千奈さんを含む松葉組の面々が見送りに集まってくれた。
松葉組のみんなには俺がサムライとして将軍様に認められるために外国の情報収集を行うと知らされているので、大役を仰せつかった俺と弥生さんを心配する声が多い。
「健之助、本当に弥生様と二人だけで行くのか?」
見送りに来てくれた涼子が少しだけ不満そうな顔で近付いて来た。口ぶりからして自分も一緒に行きたいという意志表示だと思うが、みんなには伏せられている蝦夷や結婚の件を考えると俺と弥生さんの二人だけでやり遂げなければならない任務なので、涼子を誘うことは出来ない。
「ああ。元々、上様にはあまり期待されていないらしいし、これ以上の人数を俺の護衛に割いて松葉組の戦力を減らすのは違うだろ?」
「まあ、それはそうだが……リンドラム帝国までならともかく、そこから更に他の国に行ったりもするんだろ?」
さすがは涼子。俺たちの任務がちょっとリンドラム帝国を観光して情報収集する程度の内容ではないと分かっているようだ。
「とりあえずは帝国を見て回るけどな。日ノ本の何倍も大きいらしいし」
「呪いが無い分お前は今よりも強くなれるかもしれないが、弥生様からしてみたら周りの男たちが突然強くなるんだ。気遣って差し上げろよ?」
呪いの無い土地へ渡る事で、俺と弥生さんの力関係が逆転することを涼子はちゃんと理解しているらしい。
日ノ本の呪いは、そこに住む男性たちを苦しめるものだったはずが、今では女性たちを守るものへと意味合いを変えているのだ。
「分かっている。リンドラム帝国からは俺がレベルを上げて弥生さんを守るよ」
「お前なあ。呪いの無い土地に行くからって、あまり増長するなよ? 日ノ本のサムライである弥生様は外国の男にも後れを取ることは無い。ただ、日ノ本にいる時ほど圧倒的優位ではなくなるので、支えて差し上げろと言っているんだ」
「うっ……わ、分かった」
現実はどうであれ、涼子は外国の男が自分たちサムライより強いとは微塵も考えていないらしい。その辺りはサムライのプライドとして譲れないのだろう。
その後、涼子や奏ちゃんなど、交流の深かった松葉組の組員たちと別れの挨拶を交わしていると、聞き覚えのある明るい女性の声が聞こえて来た。
「あっ、いたいた! 健之助君!」
「ララミアさん? それに……宗次郎君」
北門に集まった松葉組のサムライたちをかき分けるようにして俺に近付いてきたのは、ハーフエルフの魔法使いであるララミアさんと、茶屋の看板息子で半獣人族の宗次郎君だった。
「松葉組へ挨拶に行ったら誰もいないから、どこへ行ったのかと思ったら、健之助君たちも北へ向かうの?」
「もしかして、ララミアさんも北へ向かうんですか?」
「ええ。そろそろリンドラム帝国へ戻ろうかと思って、お世話になった松葉組の皆さんに挨拶がしたかったの」
「そうだったんですか」
偶然にも同じタイミングでリンドラム帝国へ向かうらしいララミアさんは、大きな革製のカバンを背負っている。
荷物を籠や風呂敷でまとめる日ノ本での暮らしにも慣れて来ていたが、日本でも普通に店売りされていそうな機能性の高そうなカバンを見て、俺はすぐに弥生さんへと視線を向けた。
弥生さんも同じことに注目していたのか、俺と目が合うと近付いて耳打ちして来る。
「健之助君、帝国に行ったらまずはああいうカバンを買わない?」
「ですね。風呂敷を背負って旅なんてしていたら目立ちますし、何よりあっちの方が便利そうです」
本革のカバンなんて日本だったらそれなりの値段がしそうだが、リンドラム帝国ではどのくらいの価値があるのだろう?
鎖国せずに貿易はしているはずなのに、リンドラム帝国の物があまり日ノ本へ入って来ていないように見えるのも気になるところだ。
「それで、健之助君たちはどこまで行くの?」
「俺たちも帝国へ向かうつもりです。途中で、少しだけ寄り道しますけど」
俺が行き先を伝えると、ララミアさんは少しだけ残念そうに馬車へと視線を向けた。
「へえ、そうなの。私たちも一緒にと言いたいところだけど、寄るところがあるのなら邪魔したら悪そうね」
俺たちが乗る馬車は、蓮さんとエラさん、ミレーヌさんの3人を乗せる馬車と、俺と弥生さんが乗る馬車の2台だ。
少し離れた所にもう1台馬車が止まっているが、おそらくはあれがララミアさんの乗る馬車なのだろう。
「『私たちも』って、ララミアさんは一人旅じゃないんですか?」
「実はね、宗次郎君を私の研究助手として連れて行くことになったのよ」
「ええっ!?」
確かに、先ほどからララミアさんのすぐ隣に宗次郎君が大荷物を持って付いていたが、てっきり見送り兼荷物持ちだと思っていた。
俺は驚きつつ辺りを見回すと、少し離れた所に宗次郎君の家族らしき人々が確認出来た。
彼とよく似た賢一郎君の他に、父親と思われる半獣人族の男性と、母親らしき人族の女性。そして血涙でも流しそうな勢いで悔しそうな表情を浮かべて涙を流しているサムライの女性が宗次郎君の姉だろう。溺愛しているという話は本当のようだ。
大切に可愛がってきた弟が外国からきた絶世の美女に奪われていくというシチュエーションには同情出来なくもない。
「宗次郎君と私って何かと話が合ったでしょ? 私が種族魔法について世界中を調べている話をしたら、世界中の歴史を知りたいから付いて行きたいって言い出してね。それなら私の助手として雇う形で連れて行こうかなって」
「男の宗次郎君なら、外国に渡った方が生活しやすそうではありますよね」
「そうなのよ。日ノ本を出たら、獣人族が習得しやすい一般魔法とかも教えて、ある程度の自衛は出来るくらいに鍛え上げるつもりよ」
ララミアさんが一緒なら宗次郎君は外国でも不自由なく過ごしていくことが出来るだろう。
歴史や種族魔法に関しては何か分かったら俺たちにも教えて欲しいが、今はそれ以上にリンドラム帝国に付いて彼女から色々と教わりたい。
「ララミアさん。迷惑でなければ、リンドラム帝国で再会できませんか? 俺たちは初めての帝国なので、良ければ色々と教えて欲しいです」
「もちろんよ。健之助君はお友達だし、弥生さんやエラさんやミレーヌさんにもお世話になったからね」
「……おい。俺を忘れてないか?」
俺たちの近くに立っていた蓮さんが、少しだけ不満そうに眉を寄せた。
半魔人族探しを直接手伝ってはくれなかったが、あのメンバーを集めたのは蓮さんなので、仲間外れにされるのは気に入らないようだ。
「あっ、そ、そうでしたね。蓮さんがいなければ、このメンバーで集まることは無かったと思います。協力は惜しみません」
「分かっているなら良い」
ララミアさんは慌ててフォローを入れてくれたが、蓮さんは少々態度が大きいのが不安ではある。日ノ本ではそれでもいいが、リンドラム帝国では余計な問題に発展しかねない。
ここは俺からも注意をしておいた方が良いだろう。
「蓮さん、リンドラム帝国へ着いたら、七々扇家の息子という立場は通用しなくなるんですから、立ち回りには気を付けてくださいよ」
「ぐっ……わ、分かっている。ララミア、帝国に着いたらよろしく頼む」
ララミアさんは多少態度を改めた蓮さんを見て、何か彼を中心とした変化があるのだと察したのか、真剣な表情で蓮さんに向き直った。
「……何だか色々と複雑な事情がありそうですね。帝国で再会したら、その辺りを伺いつつ、力になれればと思います」
「助かる」
ララミアさんは素早く紙に何かを書き記すと、俺に手渡して来た。
弥生さんと一緒に渡された紙を覗き込むと、住所らしき地名と数字が書かれている。
「帝国での私はそこに住んでいるから」
「分かりました。必ず伺います」
ララミアさんが協力してくれるのなら、リンドラム帝国での情報収集は比較的に簡単に進みそうだ。
今後の足掛かりを得たことで少しだけ安堵していると、伊吹さんが全員に呼びかける。
「そろそろ出発しないと到着が夜中になってしまいます」
俺たちは慌てて馬車へ荷物を詰め込むと、松葉組のみんなへ向き直る。
「それでは、行ってきます」
この数か月間、大変な思いもたくさんしたけれど、楽しく過ごせたのは松葉組のみんなが俺を受け入れてくれたからだ。
俺は感謝の想いで一杯になりながら全員の顔を順番に見た後で、弥生さんと一緒に馬車へと乗り込む。
扉が閉じられ、馬車がゆっくりと動き出した。
「……なんか、懐かしいですね」
「え?」
「弥生さんと一緒に馬車で江戸へ向かって旅した日を思い出します」
あの時も同じ造りの馬車だった。
今とは状況が全く違うが、隣には変わらず弥生さんが居てくれることが嬉しい。
「ああ、確かにあれから結構経ったよね。あの時は、まさかこんな事になるなんて思いもしなかったけど」
「それは俺も同じです。弥生さんと上手くやっていけるのかとか、江戸はどんなところなのかとか、そもそも俺はこのままこの世界で生きて行けるのかとか、結構不安だったんですよ?」
「そりゃあそうだよね。私は逆に今の方が不安だなぁ。リンドラム帝国なんて、一生行くことのない国だと思っていたから」
人目に付かない車内に入ったからなのか、弥生さんは少しだらしなく姿勢を崩しながら俺の肩に寄り掛かる。
最近はこうして二人だけの時は気を抜いた姿を見せてくれることが増えて来て、弥生さんとの距離が縮まっているのを感じられてとても嬉しい。
初めて会った時の凛とした弥生さんもカッコよかったが、普通の女の子のようにだらけている弥生さんも可愛くて好きだ。
「日ノ本の女性は外国に行きたがらないらしいですもんね」
「男は弱いから女が守らないといけないっていう常識がひっくり返されるって分かっているからね。普段から男に対して偉そうにしている女の人ほど、外国へは行きたくないって思っていると思うよ」
「涼子とか?」
「それ、涼子ちゃんに言ったら怒られるよ?」
目を吊り上げて子供みたいに暴れる涼子が簡単に思い浮かべられて、俺と弥生さんは顔を見合わせて笑った。
「でもさ、弥生さんはあんまり偉そうにしていないっていうか、日ノ本の女性っぽくはないですよね」
「えっ? そ、そうかな?」
「うん。やっぱり日本の記憶があるからなのかな。他のサムライたちは凛としたカッコいい系が多いですけど、弥生さんはお淑やかな可愛い系ですよね」
最近は特にそう思う。きっと弥生さん自身も前世の記憶が蘇った関係で言動が昔に引っ張られているのだろう。
「か、かわいい……」
俺は多少の気恥ずかしさに耐えながら弥生さんを褒めたつもりだったのだが、弥生さんは照れるどころか微妙そうな顔で俯いた。
「あれ? ほ、褒めているんですけど?」
「う、うん。それは何となく分かるし、前の私だったら嬉しかったと思うんだけど、やっぱり私って日ノ本の女なんだね。可愛いって言われるより、格好良いって言われたいみたい」
なんと日ノ本の女性は可愛いと言われても嬉しくないらしい。
そういうところまで男女で感覚が逆転しているのだろうか?
「えっと……戦っている時はカッコいいですよ? 何ていうか、普段とのギャップが良いですよね」
「無理に褒めなくても良いんだよ?」
俺が冬に入る前に一緒に鬼討伐をした時の事を思い出しながら褒めると、弥生さんは困ったように眉をひそめた。
「無理にじゃないです。弥生さんは可愛くてカッコいいサムライだって思っていますから」
「あ、ありがと……」
俺の気持ちが伝わったのか、弥生さんは少しだけ顔を赤らめながら目を逸らす。
そして照れながら、とても小さな声で呟いた。
「健之助君も可愛いよ」
「え――」
聞き間違いだと思いたいが、俺の耳はハッキリとその言葉を聞き取ってしまった。
「――お、俺が可愛いは嘘でしょ」
「う、嘘じゃないよ。健之助君は可愛いって華火姉様もよく行ってたし、たぶん松葉組のほとんどのサムライがそう思ってるよ」
なんと言う事だ。
俺はお世辞にもイケメンの類ではなく、悔しいが平凡な顔だ。けれど、顔の系統として宗次郎君たちのような中性的な顔立ちではない俺が、松葉組のみんなから『可愛い』と思われていたとは思いもしなかった。
「……う、嬉しくない」
弥生さんは褒めたつもりなのかもしれないが、マジで嬉しくない。
「あっ……そうか。男女感が逆だからそうなるのか」
「そうなんですよ。俺も弥生さんと同じで、可愛いよりはカッコいいって言われたいです」
全ての男がそうだとは言わないが、俺は間違いなく可愛いと言われて喜ぶ男ではない。カッコいいとか頼りになるとか、そういう評価が欲しかった。
弥生さんは俺の事をじっと見つめると、クスリと笑う。
「……やっぱり、可愛いね」
「そこは嘘でもカッコいいって言ってくださいよ」
弥生さんに可愛いと思われている内は、俺は彼女に守られる存在なのかもしれない。
俺はこの世界に来て初めて、もっと強くなりたいと心から思った。
健之助と弥生のストーリーの裏でララミアのストーリーも動いていました。
次回は物凄く久しぶりにあの幽霊が出てきます。




