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落ち込んでいる相手に、ツッコんだら地雷を踏みそう

 ポポナの初陣は――ぐだぐだの結果に終わった。


 彼女がどれだけ渾身の一撃を振るっても、オーガの分厚い皮膚には傷一つつけられなかった。振るわれた大剣は、空を斬るばかりで、敵の巨体にはじかれてよろける始末。


 見かねたヴェーノが静かに前へ出て、一閃――鋭い軌道でオーガの胴体を一刀両断。


「さすがです!ヴェーノさま!」


 リリスがすかさず拍手混じりに賞賛を送る。

 ヴェーノは涼しい顔を保っていたが、内心では満更でもなさそうだった。口元がほんの少し、にやりと緩んでいた。


 その後、ポポナを後衛に回し、残りのオーガはほぼヴェーノが単独で討伐した。ロアが、たまに支援の魔法を飛ばし、俺は木の陰で様子を見守る役。

 

 そして、クエストはあっさりと終了した。


 ――だが、帰り道。


 ポポナは一言も喋らなかった。


 行きの道中では、意気揚々としていた彼女が、今は沈黙して、黙々と歩く。

 

 その背中は、やけに小さく見えた。


 ギルドに戻って報告を終えても、彼女の表情は変わらない。報酬袋を手渡しても、まるで重みがないかのように手の中でぶらぶらと揺れていた。

 

 他のメンバーが帰っていこうとする中、ポポナだけがその場に立ち尽くしていた。靴音も、言葉もない。ただ、薄暗くなったギルドの空気に、彼女の影だけが沈んでいる。


「……大丈夫でしょうかっ?」


 ロアが心配そうに小声で問いかけてくる。彼女もポポナの異変に気づいているようだ。


「……さすがに、声かけた方がいいよな」


 俺は小さく頷き、ポポナの元へと歩み寄った。できるだけ優しい声色で声をかける。


「今日はおつかれさま。……良かったら、メシでも行かないか?」


 返事はなかった。けれど、彼女の肩がほんの少しだけ動いた。 

 拒絶ではない。そう感じた俺は、無理に手を引いたりせず、ただ彼女の前を歩くようにして、静かに冒険者酒場へと向かった。


 酒場についても、ポポナは黙ったままだった。注文した料理はテーブルに並んでいるが、彼女の手は一度も伸びていない。まるで、目の前にあるのが食べ物ではなく、ただの飾り物であるかのようだった。


 ……正直、気まずい。


 俺も一応は注文したが、飯の味なんてまるでしない。向かいに座る彼女が黙っているだけで、場の空気がどんどん重たく沈んでいく。


 ――こんなことなら、さっさと帰ればよかった。


 そう思いつつも、目の前で俯く彼女を放っておくこともできない。俺は頭の奥を必死に掘り返しながら、励ましになりそうな言葉を探した。

 

「そ、そんなに気落ちしなくていいんじゃないか?むしろ、よくオーガに立ち向かえたな。あんなでかいやつ、普通なら足がすくむだろ……」


 俺なんて、全く参加してないしな……。

 勇気だけは、マジで立派だったと思う。

 

 ……でも、ポポナは何も返さなかった。


 ただ、皿の向こうをじっと見つめたまま。視線はうつろで、表情は影に覆われていた。


「これからどんどん経験を積めば――」


「違うんです……」


 その小さな声は、俺の言葉を静かに切り裂いた。


「私は……何も出来ない、ただの役立たずなんです……」

 

 その声は、かすれながらも、はっきりとした自嘲と絶望に満ちていた。

 テーブルの下、両膝の上で拳を握りしめる彼女の手が、小刻みに震えている。


 口調も姿勢も、まるで別人だった。

 あのエネルギーに満ちた“絆パワー”のポポナは、もうどこにもいなかった。 


「全部……嘘だったんです。私には……“絆パワー”なんて、最初から……なかったんです」


「……あー、うん。すごく分かるよ」


 自分にしかない特別な力がある――って思い込むの、よくあるやつだ。

 俺も昔、“漆黒の申し子”とか中二病全開のあだ名を自称してた。結局、何の力もなかったけど。


 だから、「分かるぞ同志よ」というつもりだった。

 ……が、彼女は予想外の方向に話を飛ばしてきた。


「それに……私、お父さんもいないんです…」


「……ん?」


 今、なんて?


「私のお父さんは、冒険者だったんです。でも、私が産まれた後も、冒険をやめられなくて……。結局、私とお母さんを置いて、出て行ってしまいました」


 ポポナは、手のひらをさらに強く握りしめた。

 白くなるほどの握力。口元は震えて、下を向いたまま、声を絞り出す。


「帰ってくるって……信じてたのに。ずっと、待ってたのに。……それでも、お父さんは、帰ってきませんでした」 


 ……めっちゃ最低な父親じゃん!


 つまり、父親が鍛冶屋って話は嘘だったのか……。


 それにしても、話が重い。

 明るく振る舞っていた彼女に、そんな過去があったとは。

 

「……だったら、その大剣は?」


 俺はふと、彼女が背負ってきた立派な大剣に目をやった。

 元々は、鍛冶屋の父親の貰い物だと言っていたが。


 ポポナは一瞬、黙ってから口を開いた。


「……これは、その辺の武器屋で買った、その辺の大剣です……」

「……全部嘘かい!」


 どこまで盛ってたんだよ!ここまでいくと、一周回ってヤバい子じゃん。

 

 でも、だからって責める気にはなれなかった。


「私、自分がどれだけ弱いかって、今日よく分かりました。気合いだけじゃ……どうにもならないって」


 彼女は、皿を見つめたまま、小さく唇を噛んだ。


「でも……冒険者になれば、お父さんに会えるかもしれないって……。そんな淡い希望だけで、ここまで来たんです」


 こんなんじゃ、お父さんを見つけられるわけないですよね、と彼女は続けた。


 ――ポポナ。


 変わった子だけど、ウソを付いたのも、理由があったんだ。

 父親に会うために虚勢を張って、一人でここまで来た。


 がむしゃらに前に進もうとした結果が、あの“絆パワー”だったのかもしれない。

 

 俺は、そっと懐から冒険者カードを取り出した。

 もう見たくなかったカードを差し出して、笑いながら言った。


「……何の励ましにもならないかもしれないけどさ。俺も、実はめっちゃ弱いんだ」


 ポポナが目を丸くして、俺のカードをのぞきこむ。そして――


「えっ……なにこの村人以下のステータス……。“HP:18”って、虫に刺されただけで死にません? それに“職業:ツッコミ勇者”ってなに……?」

「思ったより辛辣だな!? 見せなきゃよかったわ!!」


 でも、ポポナは口元をぷるぷるさせながら――ふっと笑った。

 それは、ようやく戻ってきた“あの”笑顔だった。


「……そんな勇者、初めて聞きましたよ」

「いいだろ!!この世に一人だけのレア職なんだよ!」

「……あたしの方が強いですね」

「もうやめてくれ! それ以上は俺の心が保たない!」


「レイジさん、思ったよりいい人ですね」


「やかましいわ!」


 ――でも、その笑顔が見られただけで、俺のステータスを見せる価値はあった気がする。


 ようやく箸を手に取ったポポナは、もそもそとご飯を食べ始めた。まだちょっと元気はないけど、確かに前よりは顔色が良くなっている。


「そういやさ、オヤジさんって、どれくらいの冒険者だったんだ?」


 俺はふと気になって聞いてみた。


 ポポナは、一瞬だけ箸を止めてから、小さく答える。


「Dランクのハンターだったそうです。名前は……ドーンクラッシャー。……ご存じありませんか?」


「……聞いたことないけど」


 正直、微妙にダサい名前だなと思った。でも、俺は笑って言った。


「大丈夫。絶対すぐ見つかるよ!!」


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