代行の勇者
次の日。
朝の冒険者ギルドは、いつも通りの喧噪に包まれていた。
受付前では見知らぬ新米冒険者たちが手続きをしていて、奥の掲示板ではクエスト情報を見つめて唸る中堅組の姿がある。
俺はというと、いつものようにテーブル席で、仲間が来るのを待っていた。
――昨日は、なかなか濃い夜だった。
まさかポポナがあんな重い過去を抱えていたなんて思わなかったし、慰めのつもりでステータスを晒してバカにされるなんて、なおさら予想外だった。
でも、最後には少し笑顔も見せてくれたし、仲も深まった気がした。
今日からまた一緒にクエストに出て、冒険をしたい。それに、ポポナの父親も探さなくてはいけない。
「おはようございますっ!昨日は大丈夫でしたっ?」
一足先に来たのは、いつも元気なロア。
その笑顔は、朝の陽ざしよりも眩しい。なんで、そこだけは女神っぽいんだ…。
「ああ。なんとか話はできた。……まぁ、色々と衝撃的な告白もあったけどな」
「えっ、衝撃的っ?まさかポポナさん、宇宙人だったとかっ……?」
「どんな展開だよ!」
どうやったら、そんな珍回答ができるんだよ。
その後、ほどなくしてヴェーノとリリスもやってくる。
ヴェーノはいつも通りクールな面持ちで、リリスは小さく手を振りながら小走りに。
「レイジさま、昨日の夜……ポポナお姉ちゃん、大丈夫でしたか?」
「ああ、心配ないよ。二人で色々話したよ。これから頑張っていこうって、ポポナもやる気だったよ」
リリスは、安心したように微笑む。
本気で、仲間のことを心配していたようだ。
「今日はどうするつもりなの?」
「そうだな、昨日あんなだったし、今日はもっと簡単なクエストに行こうと思ってる」
「そうね、お荷物が二人もいるんですもんね」
「……お前ホント空気読まねえよな!」
ヴェーノの辛辣さは今日も絶好調だ。もはや安定感がある。
そろそろポポナも来る頃だろう――と思っていたのだが。
時計の針は、じりじりと進むばかり。ギルドの騒がしさだけが、時間の経過を伝えてくる。
だが、いくら待っても、肝心のポポナは現れなかった。
「おかしいな……昨日疲れて、まだ寝ているのか…?」
いや、でもポポナは変わったところもあるが、真面目そうだし、そんな寝坊をするタイプでも――
そのときだった。
不意に場違いなくらい真面目そうな男が近づいてきた。
背筋をぴしっと伸ばし、黒いスーツにネクタイという、ギルドでは明らかに浮いているスタイルだ。
「失礼。レイジさまでいらっしゃいますか?」
「……え?あ、はい。俺ですけど……」
「初めまして。私、冒険者パーティ脱退代行《もう抜けるん》のキタヤマと申します」
「脱退代行!?なにその現代日本みたいなサービス!?」
ギルド中の視線が、こっちに集まる。
ざわ……ざわ……と、静かなざわめきが広がっていく。
「本日は、ポポナ様よりご依頼を受けまして、脱退のご意志を正式にお伝えに参りました」
キタヤマは慣れた口調で、まるで流れ作業かのように淡々と話し続ける。
「つきましては、パーティからの正式な離脱手続きを、弊社を通して進めさせていただければと――」
「待て待て待て!ちょっと待て!!」
俺は思わず椅子から立ち上がった。
「ポポナがパーティを抜けるって!?」
「はい……そのようにお伝えしたつもりだったのですが……」
キタヤマは、めんどくさそうな顔をしていた。
「そもそも、パーティに加入したの昨日だぞ!?しかも、夜にはあんなに語り合ったんだぞ!?」
「ええ……突然のことで驚かれるのも無理はございません。お気持ちお察しいたします」
察してる感じはゼロだった。
キタヤマは、あまりにも無表情で人間味が感じられなかった。
「いやいや、信じられないから!これは新手のドッキリか?」
「いえ、確かにポポナ様から弊社の方に依頼がきておりますので、そのようなことはございません」
「だったらなんで辞めるなんて話になるんだよ!ポポナと話させてくれ!」
「いえ、ポポナ様はもうレイジ様とは話されたくないとのご意向です」
「は??俺、何か嫌われるようなことした覚えないぞ!」
ヴェーノが冷ややかな視線を向ける。
「あんた、なんかやらかしたんじゃない?」
「疑うなよ!」
俺は全く思い当たる節がない。
昨日、あの後はお互いすぐに帰宅している。
「理由はなんでなんだ?このままじゃあ納得いかないよ!」
「その件につきましては、ポポナ様からのお手紙を預かっておりますので、こちらで代読させていただきますね」
キタヤマが胸ポケットから一枚の便箋を取り出し、丁寧に読み上げる。
「『レイジさん、昨日はご飯を奢ってもらってありがとうございます。急なことで本当にすみません。でも……レイジさん、めっちゃ弱いんですもん!さすがに、自分よりステータスが低いとパーティは組めません!ごめんなさい!』――以上です」
「容赦ねぇなおいぃ!!」
ギルド中に響き渡る俺の絶叫。
周囲の冒険者たちから、クスクスと笑いが漏れる。
「笑うな!笑うなってぇぇ!なんか、恥ずかしくなってきたわ!」
俺の嘆きも、キタヤマにはまるで他人事のように響いていた。
「それでは、本日のご用件は以上となります。今後とも《もう抜けるん》をよろしくお願いいたします」
「二度と顔見せるな!!」
スーツ姿の男は、礼儀正しく深々と頭を下げると、すたすたとギルドの外へ消えていった。
その場には、微妙な空気と、残された俺たちの茫然とした表情だけが残る。
「レイジ様……ポポナお姉ちゃん、本当にパーティからいなくなっちゃうんですか?」
リリスが不安そうに俺に聞いた。俺は肩を落として、苦笑まじりにうなずいた。
「……ああ。そうみたいだな……。俺もビックリしてる……」
たった一晩で芽生えたはずの絆が、こんな形で消えてしまうなんて。全部嘘だったのだろうか。
胸の奥がぽっかりと空いてしまったようで、どうしていいかわからない。
それに、本人からの直接の言葉すらなく、去っていくなんて……。
机には、キタヤマが置いていったポポナの脱退届が置かれていた。
俺はそれを、読むことなく拾い上げるとーー
「メシ代返せ!!」
力強く、紙を床に叩きつけた。




