勇者の旅路にツッコミを
「冒険者のみなさん、そろそろ森に入りますよ」
御者席の方からおじさんの案内が聞こえてくる。
それから間もなく、旅路を進んだ馬車は、森の中へと入っていった。
森といってもそこまで木々が乱立しているわけではなく、見通しも良かった。
道路もきちんと整備がなされているようで、馬車がガタつくこともなかった。
「これなら、モンスターが襲ってきてもすぐ分かるな」
「そんな心配いらないわよ」
「??」
「あなたって何も知らないの?よく、それで冒険者やろうとしてるわね?今すぐやめて田舎に帰ったら?」
「え、そこまで言われるの!?」
突然の罵倒に、胸を痛めつけていると、したり顔のロアが解説をしてくれた。
「レイジさん、ここの沿道にはモンスター除けの結界が張られているんですよっ?だから、モンスターの心配なんて無いんですよっ?」
「そ、そうなん?」
よく見ると、沿道にはあちこちに薄く魔法陣の跡が確認できた。
ロアの言うとおり、この道には結界が施されており、モンスターの侵入を防いでいるようだ。
さらに、ロアの説明ではこうした森の陸路に結界が張られているのは、周辺都市との物流における重要ルートであるからとのことだった。
「なるほど、てかなんでロアがそんなこと知ってるんだ?」
「えへっ、さっき御者のおじさんに教えてもらったんですよっ」
「なんだ、そういうことか……。よくそれをドヤ顔で堂々と語れるよな」
「良いじゃないですかっ!別にっ。とにかく、この旅は安全な旅なので、不要な心配はいりませんよっ」
「やめろよ、お前が言うとフラグが立ちそうだ……」
「ちょっと、その言い方は流石に酷い--」
ドシンッ。
派手な音を立てて、馬車が大きく揺れた。
「なん!?」
「うわっ!」
「きゃー」
馬車は大きく揺れた後、急停止したせいで、俺たちはキャビンの前方へと投げ出された。
「いってええ」
俺は顔から壁に激突し、苦痛に悶える。
言ってるそばから、何らかのフラグを回収するなんて、さすがのロアだ。
「一体何が起きたんでしょうっ?」
「リリスちゃん、大丈夫?!」
「はい、大丈夫ですよ、ヴェーノさま!なので、そんなに抱きつかなくても…!」
俺以外の面々は、無事だった。
一人だけ床でのたうち回っているのが、なんだか恥ずかしい。
ロアには、すぐに治癒魔法をかけて欲しかった。
気づけば馬車は、完全に停止していた。
しばらく経っても動く様子はない。
外で一体何が起きたっていうんだろうか。
やがて、御者のおじさんの叫び声が聞こえてきた。
「……おい!馬!ウチの稼ぎ頭によお。チキショウ、何だってんだよ!こんなところでよ!!」
「敵襲??」
「盗賊でも現れたんでしょうか?」
「おじさん、何があった?外はどうなってる?大丈夫なのか?」
「ああ、俺はな!だが、馬がやられちまった。くそったれ!」
どうやら、さきほどの揺れは馬が襲われたことによるものらしい。
何者かは分からないが、十中八九敵だろう。
馬がやられ、馬車がその機動力を失ったことで、中の俺たちは投げ出される形になったのだ。
「かなりまずい事態のようね」
ここで、深刻そうな表情でヴェーノが告げた。
敵の気配でも察知したのかもしれない。
例えば、大人数の盗賊団とかか。
「どういうことですか?ヴェーノさま」
不思議そうに尋ねるリリスに、ヴェーノは丁寧に説明を始める。
俺にもそれくらいの優しさをもって接して欲しいところだ。
ヴェーノによると、敵の反応は、1体だけだそうだ。
そして、先ほどの攻撃は魔力攻撃では無かった。
つまり、物理攻撃であり、あれほどの威力を発揮するということは余程のモンスターである可能性が高いということだった。
ただでさえ、沿道の結界を破り侵入できているのだ。
その点からも奇襲をしたのは、高レベルかもしくは特異なモンスターである可能性が極めて高い。
そんなモノに出くわすなんて、本当に運が悪い。
「大丈夫よ。リリスちゃんは、私が命に変えても守るからね」
「ヴェーノさま……」
「どこの主人公だよ……。とりあえず、外に出よう」
カッコいいヴェーノさんは、置いといて俺は3人に呼びかけた。
このまま中にいても、何も分からない。
馬の安否も不明で、御者のおじさんまで襲われてしまえば、俺たちは路頭に迷うことになる。
とりあえず、おじさんを助けに出るべきだと思い、呼び掛けたのだが、
「なに言ってんの?話聞いてた?外には、高レベルのモンスターがいるのよ?そんな危険なとこにリリスちゃんを行かせるわけないでしょ。私はリリスちゃんをここで守ってるから、あなた一人でなんとかしてきなさい!」
「んな、無茶な!」
ヴェーノは、リリスを背後に庇い、俺に手で行ってこいの合図をした。
俺は困惑する。
正直、ヴェーノが出てくれれば、すぐに片付くだろうと踏んでいたからだ。
そのヴェーノが、行かないと宣言した中、俺に出来ることはあるだろうか。
もちろん、俺一人で飛び出したところで何も出来ないだろうことは、もう分かっている。
それにほんの少しだけ、いやホントにちょっとだけ怖かった。
「今、御者の方まで失ってしまうと本当に帰れなくなりますよっ」
「じゃあ、女神様も助けに行けば?」
「えっと……」
「何もできないなら黙ってなさい」
ヴェーノは、ロアに対しても相変わらずの毒舌だった。
キャビン内に嫌悪な空気が漂い出す
今は言い争っている場合ではないのだが。
「あの、リリィは、大丈夫です!それより、早くディープを助けないと……!」
「……リリスちゃん、なんて優しい子なの!分かったわ、リリスちゃんだけは私が、何があっても守るからね!」
相変わらず、リリスファーストなヴェーノは、リリスに言われてたことで真っ先に外に飛び出していった。
「最初から、そうしてくれよ……」
俺はぼやかずにはいられなかった。
「じゃあ、ロア。先に出ていいぞ」
「……?どうして私に気を使うんですかっ?」
普段は、雑に扱ってるじゃないですかと言いたげにロアが聞いてくる。
こんな時だけ、妙な勘が働くな。
「それは、あれだよ。レディーファーストだよ、レディーファースト」
「……?」
俺は苦し紛れにそう言った。
もちろん、嘘だ。
いかに、ヴェーノが先陣切って飛び出したとはいえ、まだ外に出るのは怖かった。
そこで、次にロアに出ていってもらい、それでも大丈夫そうなら、後に続こうという算段だった。
「…………レイジさんにも、そんな優しいところがあったんですねっ!」
「ま、まあ…な!」
返答までが長ったので、バレたかと思ったが相手がロアで助かった。
しかし、そんな俺の出まかせを素直に信じてしまった者がもう1人いたようで、
「レディーファーストなんて、さすがレイジさまです!勇者さまの鏡です!」
「ああ……」
誰よりも俺のことを信じているリリスが、火傷しそうなくらい熱い崇拝の眼差しを送ってきた。
俺はそんなリリスへの罪悪感から、逃げ出すようにすぐさま外に飛び出した。
キャビンから出て、真っ先に目に付いたのは倒れた馬の姿だった。
馬車から数メートル離れた先に横たわっていた。
御者の言うようモンスターに襲われたようで、ケガをしていて立ち上がることができないでいた。
「ロア!あそこに怪我をした馬がいるんだ!すぐに治癒してやってくれ」
「はいっ、任せてくださいっ!」
続いて出てきたロアに馬の存在を伝え、救助に向かってもらう。
それから、リリスとヴェーノも出てきた。
「ディープ!!」
リリスは、よほど心配だったのか降りてすぐに馬の元へ駆け寄って行った。
「リリスちゃん、危ないわ!」
「待て、ヴェーノ!」
「何?邪魔するの?」
「リリスにはロアが付いてる。それより、馬を襲った敵をなんとかしないと」
「……チッ」
キレ気味だったヴェーノを何とか沈める。
舌打ちされたけれど。
ヴェーノまで行ってしまえば、馬車を強襲した犯人を止める者がいなくなってしまう。
ヴェーノは苛立ちながら、足を止めた。
それから、この騒ぎを起こしたであろう犯人の姿を捉えた。
「どういうことだ?あいつが、馬車を奇襲した犯人なのか……?」
「ええ、そうみたいね。本当面倒なことをしてくれたわ」
ヴェーノは確信的であるのに、対して俺はまだ真相を掴めていなかった。
馬車が襲われた際、ヴェーノは結界を抜けられるほどの強力なモンスターが現れたと言っていた。
だが、実際にそこにいたのはモンスターでは無かった。
どういうことなのかヴェーノに聞こうとしたところでこちらに寄ってくる存在がいた。
「おお、冒険者の!た、助かった!」
御者席の方より、素早く走破してきたのは御者のおじさんだった。
幸いなことに、なんとか無事だったようだ。
俺たちが来たことで安心したのかホッと一息ついていた。
それから、さらに落ち着いたところで何があったのか聞いてみた。
「おじさん、馬車を襲った犯人は?」
「ああ、それは奴だ。あいつが俺の愛馬を襲いやがったクソ野郎だ!」
「……本当にあれが?普通にここにいるのはおかしいが、どう見ても—」
「見た目は関係ねえ。奴は恐ろしい獣だ。俺はあれが飛びかかってきたのを見たのさ!」
(あれが獣?)
俺は、御者の言葉に冗談だろとツッコみを入れたい気分だった。
なぜなら俺たちの目線の先、馬車から数メートル離れた先に立っていたのはモンスターではなく、年老いた老人だったからだ。
しかし、その老人がただ者ではないことはすぐに理解できた。
そもそもこんな森の中に老人がいることがおかしいのだが。
何より奇妙だったのは、その老人の肉体だ。
この森の中を上裸で佇む老人は盛り上がるほど磨きあげられた肉体をしていて、全身には数え切れないくらいの傷を負っていた。
(明らかに元軍人だ、みたいなナリだな……)
その老人の姿を一言で表すなら戦士だ。
幾千もの戦場を乗り越えた戦士の迫力が感じられた。
そこまで考えると、馬車を襲った犯人が目の前の老人でもおかしくないのかもしれない。
「よくも襲ってくれたな、あんた!だが、こっちにはもう冒険者の先生方がいるんだ。観念しろよ、クソ野郎!」
「おじさん、急に強気だな!」
先ほどまで怯えていたはずのおじさんが突然オラオラし出した。
愛馬がやられたことに怒りが溜まっていたのは分かるが、豹変し過ぎじゃないか……。
対して、向こうの老人は落ち着いたものだった。
だが、それが不気味だった。
嵐の前の静けさというか、それに触れてはいけない竜の逆鱗のようなものも感じる。
ここは尚更、慎重に——
「そこのクソジジイ。あなた、何者なの?」
「おい、ヴェーノ!!」
やけに強気、いや強気なのは常なんだが、ヴェーノが老人に詰め寄っていく。
恐れしらずにも程がある。
そんな中でも、まだ動く素振りを見せない老人だったが、ゆっくりと返答する。
「……ワシか?ワシは、森の番人だ」
「「「……??」」」
森の番人?
何それ?全く意味わかんないだけど!




