毒と酒と勇者
酒場の酒臭い空気を吸ったヴェーノは、酔っ払ってしまった。
そして、酔っぱらったヴェーノは普段とは全く別人の性格になってしまった。
俺は、そんな優しいヴェーノとどう接したらいいのか頭を抱えていた。
(でも、優しいうちは特に気にする必要もないんじゃないか?)
俺は、いつものヴェーノを思い出す。
俺とロアには攻撃的で毒舌を吐くヴェーノ。
俺のことをたまにゴミ虫と呼んでくるヴェーノ。
俺を嘲笑っているヴェーノ。
うん、いつもより全然いいな!
むしろ、普段がこうあって欲しい。
それか、常にアルコールの点滴でも繋いでおけば俺は一生攻撃されることもないんじゃないか。
俺は真剣にヴェーノを改造する計画を考える。
だが、すぐに斬られる未来が見えたので実現は出来無さそうだ。
ヴェーノの様子をしばらく見ていたが、俺に怒ることも無かった。
笑い上戸や泣き上戸にはなることもなく、不気味なほど大人しい。
ならば、このままほっといて先に寝ようとベッドに上がろうとすると、すぐさまヴェーノに止められた。
「レイジって、お風呂に入ってないのよね?」
「ああ。だが、明日こそはちゃんと入ろうと思ってる!今日はもう休ませてくれ」
この部屋に来た時は、散々不潔だと罵られたが、今の酔っ払っている優しいヴェーノなら、風呂に入ってないことも見逃してくれそうな気がした。
だが、俺はその考えが間違っていたことをすぐに思い知らされる。
優しさは時にお節介になるものだと。
「なら、レイジ。私があなたの体を拭いてあげるわ」
「……!?」
ヴェーノは、そんな驚き発言をしてきた。
いくら酔っているからとはいえ、あのヴェーノが俺の体を拭くなんて想像できなかった。
だが、それは優しさではなくもうお節介だ。
俺は、ヴェーノにそんなサービスを求めてない。
しかし、行動の早いヴェーノさんはもうタオルを用意して洗面所で濡らし始めていた。
タオルを濡らし絞り終わったヴェーノが戻ってくると、俺の元へ迫ってきた。
「さあ、服を脱ぎなさい」
「ちょっと待て!本当に拭くつもりなのか?」
「拭くわ。あなたが可哀想だもの」
「いらないよ!そういうのは求めてないから!」
「何を言ってるの?拭かせておくれなんし」
「話し方も変だぞ!ヴェーノは酔ってる!いつもそんなんじゃないだろ!俺は絶対に拭かせないからな!」
俺は、ヴェーノからの要求に拒み続ける。
すると、ヴェーノはすっと黙り込んだ。
俺が諦めたか?と思って、安堵しているとヴェーノは一瞬で肩のレイピアを抜き放った。
「拭かせろって言ってるだろ!!」
ヴェーノから、目に見えない速度の突きが飛んできた。
その一突きは、俺の側頭部をかすめ、後方の壁に穴を開けた。
「お、お願いします……」
俺は、震える声でお願いをする。
結局、ヴェーノは優しくなっても危ない存在だった。
俺は再び命の危機を感じ始めながらすぐに上の服を脱ぐ。
観念した俺を見たヴェーノは、レイピアをしまうと俺の肌に濡れたタオルを押し付けた。
「冷てえぇぇ!」
「そんなにいいですかろ?」
水で濡らしただけのタオルは、想像以上に冷たいものだった。
そのままの濡れタオルではなく、一度電子レンジで温めて欲しいものだが、そんなものはここに無い。
それに、俺が満足していると勘違いしてヴェーノは、何度も何度も冷たいタオルを身体に押し付けてきた。
(どんな拷問なんだよ!!)
それから、しばらくヴェーノからのタオル攻撃が続いた。
やがて、パタリとヴェーノの動きが止み、やっと終わったかと思ったところで次はこんなことを言ってきた。
「さあ、次は下の方なんし。早くズボンを下ろしてくれめんす」
「もうキャラが滅茶苦茶だよ……。って下の方はもう大丈夫だから!」
「なんで、なんし?」
下の方だけは、ヴェーノに見られたくない。
俺の本能が猛烈に拒絶していた。
なんとか、諦めてもらえるように言い訳を絞り出さなければ……!
「俺、下半身浴したから!下の方は大丈夫なんだ!」
「……?」
ヴェーノは、キョトンとした顔になった。
こんなヴェーノの顔、一度も見たことが無かった。
しまった!
下半身浴ってなんだ!
自分で言っときながら、意味不明すぎる内容に我ながらツッコミを入れる。
それでもヴェーノは、何かを理解してくれたのか。
「そうなのね。レイジ、偉いわ!」
なぜか納得してくれた。
これで済むなら、最初からそう言えば良かったよ。
やっと、止まってくれたヴェーノに安心していると次の世話焼きを始めようとした。
酔ったヴェーノは、まだまだ止まらない。
「レイジ、肩は凝ってないんかえ?」
「もう、話し方はツッコまないぞ!はあ……どうせ凝ってないと言っても何かするんだろ?」
「私が真心込めて、揉んであげるざんす」
ヴェーノは、俺の背後に回るとその両手を肩に置いた。
そして、力を込めて肩を握りつぶした。
「痛ってえぇ!!」
「気持ち良いですか?」
「そんなこと1ミリも言ってねえよ!!」
「もっと欲しいでありんすね!」
「痛ったい!!だから言ってないんだって!!」
ヴェーノによる新しい拷問が始まってしまった。
そして、厄介なことに酔っ払いには何を言っても聞く耳を持とうとしない。
俺は、この後数十分にも及ぶ地獄のヴェーノマッサージを受けることになった。
お願いだから、助けてください!
「よし、そろそろ寝よう」
やっと、ヴェーノから解放された俺は先にベッドへと上がる。
俺に続いてヴェーノも上がってきたが、先の宣言通りベッドの片端で横たわった。
「おい、そんな隅っこで寝てたら、落ちるぞ」
俺はヴェーノを気遣ってそんなことを言う。
まあ朝起きて、酔いから冷めたヴェーノに文句を言われそうで怖いからな。
だが、ヴェーノは嫌そうにした。
「私は、ここでいいんですえ。気遣い、感謝しなんし」
ヴェーノから感謝という言葉が出てきて、俺は正直に驚く。
普段から、こんな感じでいてくれたらいいのにな。
行き過ぎた優しさはいらないけど。
俺は、今ならヴェーノと少しは仲良く出来そうな気がして、気になっていたことを聞いてみた。
「ヴェーノ」
「なに?寝れないの?お本でも読んでほしいの?」
「子供かよ!!いらないよ。そうじゃなくて、ヴェーノって貴族なんだろ?親とかは心配してないのか?」
「私は自由だったから」
それだけ言うと、ヴェーノは黙った。
なので、俺もそうかとだけ返す。
いつか、ヴェーノとも仲良くやれる日が来たらいいな。
俺は、そんなことを思いつつ瞼を閉じた。
2時間後。
何やら、隣の方から鼻をすする音とむせび泣く声が聞こえてきた。
何事かと思い、ヴェーノを見ると。
「リリスちゃん、リリスちゃん……」
リリスがいない寂しさに我慢できなかったのか、ヴェーノが泣き出していた。
「結局、泣き上戸なのかよ!」
その後もヴェーノの夜泣きが続き、俺は安眠を守り切ることが出来なかった。
❖
そして、翌日。
眠っていた俺は、いきなりヴェーノに叩き起こされた。
「ちょっと、なんであなた、私の領土に進出しているの?!」
「それは、ヴェーノが良いって言ったんだろ」
「私がそんなこと言うわけないでしょ!」
キレたヴェーノに、俺は投げ飛ばされた。
俺は頭を壁に打ちつけ、朝から強烈な痛みに襲われる。
異世界に来てから、最も理不尽な朝だった。
やっぱり、ヴェーノにはアルコールの点滴を繋げよう。
それから、ほとんどヴェーノと話すことは無かった。
それに、昨夜のこともすっかり記憶にはないようだった。
(なんか、ずるいよな。酒のせいにするのって)
俺は釈然としない思いだったが、ヴェーノとギルドに向かった。
2人と合流して今日こそは、クエストを受けたい。
修行は、俺の性格には向いてない。
ギルドに入って、2人を探しているといきなり見知らぬ男に声をかけられた。
その男は、俺と同い年くらいの青年で、赤い髪が特徴的なイケメンだった。
「やあ、君がレイジくんだね?ちょっと顔を貸してないかい?」
「遠慮しときます。イケメンとは関わるなって親に教わっているので」
「え??」
赤髪のイケメンは驚いていたが、俺には付き合ってやる義理などない。
それに、こいつに関わると新たなトラブルが起きそうな気がした。




