ツッコミの師匠
道場を追い出された俺は、渋々隣の家へと向かった。
一瞬本当に帰ろうかと思ったが、帰ったところでやることもない。
ここは、ダメ元で行くしかない。
(どう見ても普通の家なんだよな……)
先ほどの道場と違い、ここはただの一軒家にしか見えない。
中に誰かいるんだろうか。
俺は、不安を感じながらも家のドアを開けて中に入る。
「すいません!誰かいますか……?」
しばらく、待っても反応がない。
誰もいないのだろうか。
やっぱり、町に帰るしかないのか。
そう思った時、廊下の明かりが付いた。
そして、老人がゆっくりと歩いてきた。
「よう来たな」
出迎えたのは道着を着た老人だった。
頭部の髪は綺麗に抜け落ちており、白く長い髭が特徴的な老人だった。
なんかさっき見たような気がするが、先ほどの亀仙人の恰好をしていたバリーよりもよほど道場の師範っぽかった。
「ワシは、ビリー。隣の道場で師範をしているバリーはワシの弟じゃ」
なるほど、だから似ていると感じたのか。
ということは、この家はバリーとビリーの家なのかもしれないな。
バリーと兄弟で一緒に住んでいるのかもしれない。
「あの、修行をさせてはもらえないでしょうか?実は、隣の道場に行ったのですが、門前払いをされてしまって……」
「門前払い?何を言っておる。お主は兄ビリーにここに来るように言われたのだろう?」
「ええ、まあ、そうです」
「なら、安心せい。ワシはお主をずっと待っておった!」
「どういうことですか?」
俺は言われたことがよく分からず、問い返す。
俺はバリーから追い出される形でこの家に来た。
しかし、ビリーは門前払いでは無いと言った。
もしかして、この家は道場で見込みのないとされた者を救済する場所なのかもしれない。
何が特別な修行のコースが用意されていて、それがここで行われる。
そう考えればなんだか納得できる気がした。
「ここは、ツッコミ道場。ワシがお主を一人前のツッコミとして育てあげよう」
「ツッコミ道場??」
(なんだそれは?そして、どこが安心できるんだ!)
どう見たってただの家だ。
そもそも、ツッコミ道場って何だよ!
どんなマニアックな道場だ!
「お主は、兄からツッコミの才能があると見込まれた。だから、この家に来るように言われたのだ」
「ツッコミの才能!?いや、俺はスカウターで戦闘力が低いからとしか……」
「何を言うておる。あのスカウターこそ、ワシが作ったツッコミ適性があるかどうか見極める装置よ」
「え、あれそんなものだったの!?それにあんたが作ったのかよ!」
ということは、バリーの適性の見極めは全てでまかせだったことになる。
流石に勘が鋭すぎやしないか。
それとも、師範としての実力だったのだろうか。
「お主には、ツッコミの才能がある」
「あんまり嬉しくないんですけど!他の才能とかは無いんですか……?」
「ない!」
「あっさりだな!」
「ここに来たからには、お主が驚くべき成長を遂げられることを約束しよう」
そう言ったビリーの目が真剣だった。
これひょっとすると、ひょっとするかもしれない。
どうせ、他に行く当ても無いんだ。
少しだけでも、付き合ってみてもいいかもしれない。
「ええい!本当に強くしてくれるんですよね?お願いしますよ!」
「あい任された。それでは、今からワシのことは師匠と呼ぶように」
「よろしくお願いします!師匠」
こうして、俺はビリー師匠の弟子になることになった。
まだ半信半疑ではあるが、少しでも強くなれるのであれば今日はそれでいい。
一応ビリー師匠は、師範であるそうだし少なくとも何らかの実力はあるのだろう。
ツッコミ道場という点だけが不安であるが……。
「早速だが、お主のギルドカードを見せてくれ」
「はい、師匠!」
俺は、ビリー師匠にギルドカードを手渡す。
マジマジと俺のギルドカードを見つめたビリー師匠は、次第に険しい表情になる。
どうしたんだろうか?
数分黙った師匠は、それから静かに言った。
「お主のツッコミ値は、すでにカンストしておる。もう私が教えることはないようだ」
「いや、まだ何も教わってないよ!!」
「お主……。立派なツッコミ勇者になったようだな」
「だから、まだ何もしてないよ!!」
バリー師匠の弟子になってわずか5分。
俺は師匠から卒業を言い渡された。
バリーは感極まったのか、涙を浮かべていた。
(なぜ、泣いているんだ!なんの思い出もないだろ!)
「さあ、修行を始めよう」
「さっきのは、何の嘘だよ!師匠、怖いよ!」
ビリー師匠は、急に真顔になった。
先ほどまでのやり取りは全部嘘だったみたいだ。
俺はやっぱり帰ろうかと思い始めてきたが、ビリー師匠は真面目な顔で話し出す。
「それじゃ。今ので、お主のツッコミを試させてもらった。お主、ツッコミ値は高いようじゃが、スキルは使えないようじゃな」
「スキル?」
その言葉は初耳だった。
もちろんゲームなどでは聞いたことがある。
この世界にも存在していたことを知らなかった。
スキルといえば、身体強化や状態異常回復など特殊な技能のことだろう。
だが、これは朗報だ。
俺も強いスキルを手にいれることができれば、十分に戦うことができるかもしれない。
身体能力強化スキルで、バフをかければヴェーノの強さだって超えられる可能性がある。
そうなれば、もうヴェーノに怯える必要もなくなる。
「スキルってどんなものがあるんですか?身体能力を強化するスキルを習得したいんですが?」
「何を言っておる?お主はツッコミ勇者じゃないか。ボケてどうする?お主が覚えれるのはツッコミスキルだけじゃ」
俺の希望は5秒で消え去った。
まあ、そんなことだろうと思っていたが。
それでも、少し期待を抱かせてから叩き落とすなんて酷すぎませんかね?
ああ、早く元の世界へ帰りたい……。
「さあ、とっととツッコミの修行を始めるぞ」
ビリー師匠は、落ち込んでいる俺を気にすることなどなかった。そして、さっさと家の中へと入っていこうとした。
「師匠、待ってください!ツッコミを極めてどうなるんですか!ツッコミでモンスターを倒せるとでも言うんですか?」
俺は昨日のことを思い出していた。
俺の攻撃は、フィールドワームに対して全く歯が立たなかった。
それも伝説の武器と言われたハリセンまで使ったというのに……。
俺は、自分のツッコミ値に何の期待もしていなかった。
どうせ、ただのネタなんだろうとも思っている。
だから、しっかりと修行を積むことで普通に戦える強さが欲しいのだ。
それなのに、バリー師匠はツッコミの修行を始めると言った。
その修行をしたって、ツッコミでモンスターを倒せるわけないじゃないか。
だから、俺はバリー師匠に訴えかけるように真意を尋ねたのだ。
「それは主次第じゃな」
感情的になった俺に対して、バリー師匠の答えは落ち着いたものだった。
だが、そこには確信が籠められているかのように力強いものだった。
「古来存在したとされる伝説のツッコミ勇者は、そのツッコミで竜すらも沈めたという」
「ドラゴンを!?ツッコミで……?」
「左様。ワシはお主にも、その才があると思うておる。腰に携えた立派なハリセンもあることじゃしな」
(俺の力でもドラゴンに勝てる?)
バリー師匠のその言葉は、救いの言葉にも聞こえた。
最弱のジョブだと思っていた俺のツッコミ勇者にも今度こそ希望が見えてきた。
そして、バリー師匠はこのハリセンのことも知っているようだった。
「これが分かるんですか?師匠」
「ハリーセントニオン、この町でそいつを知らんものはおらんよ」
そんな有名な武器だったのかこれ!
確かに、ヴェーノも驚くくらいものだったが。
どう見たって、普通のハリセンだ。
「今一度、問おう。ワシの元で修行し一人前のツッコミになるつもりはないのか?」
「いえ、修行させてください!」
俺って意外と単純な人間なのかもしれない。




