勇者と失態
夜が明けた。
今日で、異世界に来て3回目の朝になる。
悪くない朝だった。
身体の疲れもすっかり取れていて、目覚めも良好だった。
異世界に来てから、やっと良い朝を迎えられたような気がする。
あとは、このまま今日一日が良い日であることを祈るだけだ。
だが、そう甘くないのが、この異世界生活なのだが。
「ん?何か妙な感触が……」
ベッドの片側で寝ていた俺は、背中の下に何かふさふさする物体があることに気づいた。
最初は気のせいかと思って、体を少し揺さぶってみたが、その感触は変わらなかった。
やはり、なんらかの物体が身体の下にあるようだ。
背中に手を回して、触ってみるとさわさわとしていて、くすぐったさを感じた。
(なんだ、これは……?)
触っただけでは、それが何なのか全く分からなかった。
嫌な予感がしたので、俺はすぐさま起き上がって確認した。
そこにはあったのは、片翼の翼であった。
何を言ってるんだと思われたかもしれないが、事実だから仕方ない。
どうやら、俺の身体の下に敷かれていたのは、謎の翼であった。
しかも、かなりの大きさだ。
なんで、翼が??
全く訳が分からない。
脈絡のない翼の存在に、俺は頭を悩ます。
どう見てもコスプレだが。
(待てよ。この翼、どっかで見たぞ!)
ひねり出すように思考を巡らせると、一つの映像が脳裏に思い起こされた。
それは、昨日ロアに初めて出会った時だった。
俺がロアを無視しようとして通りすぎようとすると、自分が女神だと信じさせるために、こんな翼を見せてきていた。
もしかして、これはロアの翼?
達した結論にまさかと思い、隣に寝ているロアを見ると、そのまさかだった。
ロアの片翼は失われていた。
左翼は生えているのに、対して右翼は失われていた。
(なんでだぁぁ!!)
一体、どうなっている……?
なぜ、ロアの右翼が失われていて、俺の下敷きになっていたんだ。
恐らく昨日は、俺の方が早く寝たので、俺に非があったとは考えられない。
もし、この状況的に考えるとするならば、だいたいこんな感じだろうか。
まず、ロアは、翼を出したまま寝た。
次に、眠っていた俺が寝がえりを打った。
その際に、ロアの翼が俺の下敷きとなった。
その後、さらにロアも寝がえりを打った。
この時の衝撃で、ロアの右翼がもがれることになった。
少々、こじつけのある無理な推測かもしれないが。
とりあえず、問題は、ロアが起きた時になんて言うかだ。
もし、俺が翼を捥いだ犯人だと誤解されでもしたら、厄介なことになりそうだ。
ロアの性格上、怒りそうなイメージは無いが、自分の右翼がもがれていると分かれば、どうなるか予測不能だ。
これを人間の男で例えるなら、睾丸を1つ取れたようなものだろう。
俺なら、絶対に許さない。
きっと、謝って済む問題ではない。
最悪、ロアはまだ寝ている。
それに翼を失ったことだって、気づいてないに違いない。
もし、これがロアの寝る前の出来事だったら大騒ぎになっていたはずだ。
だからこそ、今何とかするしかない。
何か、くっつけるものはないだろうか。
真っ先に思い浮かんだのは、アロンアルファだ。
瞬間接着剤は、こういう時の隠蔽工作にもってこいの代物だ。
だが、今そんな便利なものを持ってはいない。
あるとすれば——
(あれ、そういえば、昨日雑貨屋で色々買ったよな?)
俺は、すぐさまバッグポーチを漁る。
昨日、雑貨屋で色々と買った時に、接着剤のようなものを買っていた気がした。
(あった!)
そこには、木工用ボンドが入っていた。
たまたま見つけて、何かの役に立つかもしれないと思い、買っておいたのだ。
まさか、こんなすぐに使う時が来るとは思わなかったが。
これで今から接着するしかない。
俺は、もがれた右翼にたっぷりとボンドを塗り込み、ロアの背中に押し付けた。
そのまましばらく、ボンドが乾き、翼が固定するのを待った。
数分後、ボンドが乾き、なんとか背中に右翼はくっついていた。
「よし、なんとかなった!」
これで、応急処置兼隠蔽工作が完了した。
俺が、ほっとし歓喜していたところでロアも起き出した。
「あれっ、もう、朝ですかっ?」
眠い目をこすりながら、ロアは俺の方を見てきた。
しばらく、その様子を見ていたが、翼の事を気にする様子はない。
やはり、まだ気づいていないようだ。
なので、今からは、なんとしても翼のことを気づかせないようにしなくてはならない。
「レイジさん、どうしましたっ?」
「いや、何でもない。それより、朝食を食べてギルドに行くぞ」
「はいっ。私もお腹が空きましたっ」
ロアが、ベッドから立ち上がった。
そして、いきなり伸びを始めた。
また伸びが終わったかと思ったら、今度は少し身体を動かし始めた。
余計なことしないでくれと思っていると、案の定ロアは驚きの声を上げた。
「ああっ!」
「どうした!?ロア」
もう気付かれてしまったのだろうか?
さすがに、翼がもがれていることに違和感を感じたのかもしれない。
それか、翼にも感覚神経が通っていたとか。
ロアが背中に手を回そうとしたことで、俺が完全に終わったことを悟っていると、ロアは背中をかき始めた。
「背中が、かゆいですっ」
ズコっ、俺は一人でずっこける。
今の焦った気持ちを返して欲しい。
「さあ、行きましょうっ」
そう言って、ロアが部屋を出ようとしたところで、俺は新たな問題に気づいてしまった。
このまま、ロアが、部屋を出ようとすれば、翼が扉の縁に当たってしまうのだ。
扉に対して、横歩きで行けば、翼が当たることは無いのだが、本人はそれに気づいてない。
もし、このまま行って翼がぶつかってしまえば、せっかくボンドで固めたのも取れてしまう。
そんなことは避けなければいけない。
ここは、もう手段選んでいられない。
「待て!ロア!!」
俺はロアの左手を握り、背中の方に腕を回した。
そしてそのまま、ワルツを踊るように横にステップを繰り出す。
軽快なステップで、横伝いに進むことで、無事に部屋から出ることができた。
「どうしたんですかっ?レイジさん」
「急に、ワルツが踊りたくなってな……」
「さすがに、恥ずかしいですよっ。レイジさん、ちょっと変ですっ」
ロアは顔を赤面させていた。
ワルツなどしたことなかったようだ。
もちろん、俺もしたことないし、死ぬほど恥ずかしい。
それに、変な言い訳をしたことで、不審に思われてもしまう。
だが、今はこれでいい。
ロアが翼のことに気づかずに済んだのなら、この場は結果オーライ。
俺が安堵の息をつこうとしたところ、ロアが突然、背中の異変に気づき出した。
「ああっ、私、翼を出したままにしてましたっ」
「今気づくのかよ!!そんなこと別にいいだろ?さっさと朝飯に行くぞ」
「ダメですよっ!女神にとって翼はすごく大事なものなんですっ!このままご飯なんて食べれませんよっ……」
俺が強引に行こうとすると、ロアに止められた。
まずいな。
やはり、翼は大切なものだった……。
そして、今にもバレてしまいそうだ。
こうなったら逃げるしかないのでは?と考えていると、ロアはどこからかリモコンを取り出した。
リモコンのボタンをポチっと押すと、ロアの後ろから駆動音が聞こえてきて、次には、翼が折り畳まれた始めた。
そして最後に、背中の部分が開らき、翼がすっぽりと収納されていった。
俺は何が行われているのか、理解できないままただ突っ立っていた。
そして、作業終えたロアが、何事も無かったように平然と言った。
「さあ、朝食に向かいましょうっ」
「どんな仕組みだよ!」
俺の今日の異世界生活は、そんな朝から始まった。




