女神と勇者
「冗談じゃない!今すぐ元の世界に還してくれ!!」
「落ち、落ち着いてくださいっ!レイジさん!」
俺は、ロアの肩を掴んで激しく揺さぶる。
とても落ち着いてなどいられなかった。
ロアからの話を聞いていて分かったことは2つ。
まず、アルメアという神の存在だ。
簡単に言えば、ロアたちの上司になるんだろう。
これに関しては別に問題ない。
異世界らしい設定ではあるし、仮に会う機会があればロアのことを含めて謝罪はしてもらおうと思うくらいだ。
人に迷惑をかけているのだ、神だろうと知ったことではない。
問題は、もう1つの世界の混沌という部分。
悪魔と人間の全面戦争が起こるのは仕方ないのかもしれないが、問題はリリスと一緒にいる俺が真っ先に狙われるということだ。
ある程度は覚悟していたことだが、これが全てロアたちのせいだというなら話は別だ。
「俺は無関係だ。勝手な戦いに巻き込まないでくれ!」
「ですが、残念ながら元の世界へ還すことはできませんっ」
「なに?」
「この戦いが終わるまで、転生者が元の世界へ還ることが出来ないようになっているのですっ」
「なんだそれ……無茶苦茶じゃないか!」
この世界に平和が訪れるまで、俺は元の世界へ還れない。
俺が元の世界に還るためには、リリスを魔王のとこまで連れて帰らなければならないのだ。
最初から、そうするつもりではあったが。
それでも納得できない自分がいた。
「でもですねっ。レイジさんが全てを成し遂げられましたら特別な報酬が神さまから与えられますので、それまで一緒に頑張りませんかっ?」
「特別な報酬?」
「はいっ!」
「それってどんな願いでも叶えられたり……?」
「はいっ!」
(……何それ、めっちゃいいじゃないか!)
俺は、思わぬ報酬の存在に心を揺らす。
正直、俺は異世界に転移させられたことは特に気にしていない。
むしろ、俺は異世界にやってこられたことに感謝すらしている。
何しろ憧れた世界にやってこれたわけだからだ。
異世界に行くために公道で人助けして、トラックに轢かれてなんて想像だってしたことある。
ただ不運なことは、リリスといることで魔王軍にも目を付けられてしまっていることだけだ。
これが無ければ、最高の異世界生活だって満喫できそうなところなのだ。
リリスにも悪気が無いことはすでに分かっているし、俺に出来ることはしてやりたいとは思っていた。
それでも……と思っていた想いがロアの一言で払拭された。
神様からの特別な報酬。
そんなものをちらつかせられれば、やる気を出さないわけにはいかないだろう。
それにパーティには腕の立つヴェーノもいるんだ。
もしかしたら出来ないことはないんじゃないか?
そんな想いが俺の中からフツフツと湧いてきていた。
「別に、魔王と戦う必要もないわけだしな。リリスを帰すくらいなら、頑張ってみるか!」
「はいっ!」
俺が少しやる気を出したことで、ロアも嬉しそうにしていた。
こんなに喜ばれるとなんだか、口だけでなくしっかりやらなければと思わせられるな……。
「大丈夫ですよっ!私、レイジさんのサポートをするように神さまからの言われてやってきたんですっ」
「……え。ロアが俺のサポートを?それって一緒に冒険するってことか?」
「そうですよっ!これは、レイジさんに神のご加護が付くということに他ならないんですよっ!なので、安心してくださいっ!」
「……ロアの加護とか、全然安心できないんだけど……!」
「ひどいですっ!」
ロアが頬を膨らまして、抗議してきた。
俺はそんなロアを見て、神を呪った。
一体、何の恨みがあって、こんな面倒くさい女神を派遣したんだ……。
3000円払うから、女神をチェンジしてくれ……。
俺は、断腸の思いで神に祈った。
「とはいえ、仲間を探さなければなとは思っていたとこだったしな。ちなみに職業は、何なんだ?」
「女神ですよっ?」
何を言ってるんですか、という顔をロアにされた。
さすがにイラっとした。
1発殴ってもいいだろうか?
俺は少し棘のある口調で言った。
「その女神さまは、ちゃんと戦えるのか?」
「私は、ヒーラーになりますから、攻撃は一切できませんよっ」
「なんだ、戦力にはならないのか……」
「明らかにガッカリするのは辞めてくださいっ!私、傷つきますからっ!」
嫌味のつもりなく素直に落胆がそのまま顔に出てしまった。
俺はRPGゲームにおいて、ヒーラーを好んで使用してこなかった。
基本的に、当たって砕けろの特攻的な戦法を好んでいたため、ヒーラーの重要性も理解していない。
回復は、ピンチになるギリギリになってから宿屋に行くか、アイテムで賄っていた。
なにより強敵が現れるたびに、勝てるかどうかというギリギリの瀬戸際を楽しんでいた。
なので、ロアがヒーラーではなく魔法職であったら嬉しかったんだが。
(現実世界だとそうとも言えないか……)
自分が実際にリアルに闘うことを考えると回復職は、非常に重要だろう。
怪我を負って苦しむことも、毒や呪いで苦しむのも絶対に嫌だ。
それに、ゲームみたいに死んだから、コンティニューしてリトライなんてこともできない。
なので、ここはロアの存在を前向きに考えよう。
唯一、不安なのはそのロアの性格くらいだ。
ロアは、まだ頬を膨らましてプンプンしている。
いつの時代のぶりっ子だよと、俺は心の中でツッコみを入れる。
「そうだ、ロアに一つ頼みがある。俺のこのステータスを見てもらえば分かると思うんだが、俺には何の力も無い」
俺はロアに自身のステータスが書かれた冒険者カードを見せる。
俺のパラメーターは、ツッコミ値のみが高く、それ以外全てが弱小値だ。
異世界転移の特典なんかなく、ほぼ元の世界の能力のままだ。
この状態で魔王の元へ迎えというのはさすがに無理難題だ。
なので、せめてもう少しまともなステータス値まで上げてもらうようにお願いしようと考えたのだ。
「何ですか?これっ」
「何ですかって俺のステータスだよ。恥ずかしいから言わせないでくれよ……」
「勇者がこんな低いステータスのわけありませんっ!」
「じゃあ、このステータスは何かの間違いなのか?」
ロアは俺の冒険者カードを見て、不思議そうにしていた。
俺は少し嬉しい気持ちだった。
もしかしたら、俺の冒険者カードの記載が間違っていて本当はもっと高い可能性が出てきたのだ。
ということは、ジョブだって間違っていた可能性もある。
俺は、ロアにジョブ欄も見せた。
「ここにツッコミ勇者ってあるだろ?これもきっと間違いだよな?!」
「いえ、それはレイジさんの潜在能力だと思いますよっ」
「え……?」
「単に、レイジさんにボケの才能がなかったとしか言えませんっ」
「誰がツッコミ専門だよ!俺だって1つや2つの面白いこと言えるからな!」
「そうですねっ……」
ロアが、冷ややかな目をした。
それに残念なことに俺がツッコミ勇者なことに変わりはないようだ……。
「おい!急に塩対応はやめろ!結構傷つくからな、それ!もしかして、さっきのこと怒ってるだろ!?」
「それにしても、このステータスの低さはおかしいですねっ……」
「もしかして、転移者特典がまだ付いてないとか?」
「いえ、そんなものはありませんよっ。転移者として選ばれる人間は、元々強力な力を持っているはずですからっ。特典も何も必要ないのですっ!むしろ、なんでこんな弱小ステータスになっているんですかっ?」
「うるさいな!てか、それならおかしいぞ。俺は、元の世界では正真正銘の凡人だったぞ」
「ええっ!!レイジさん、元いた世界で勇者をやっていたじゃないですかっ?」
「……?俺が、勇者?」
ロアの言っていることが理解できなかった。
俺は日本では、普通の高校生だった。
不思議な力を持っているわけでも、格別に筋肉があるわけでもなかった。
この世界に来る前だって、俺は、文化祭の演劇の……!
過去を思い返していた俺は、突然ある考えに思い至った。
(そうだ、俺は文化祭の役柄で勇者役を練習していた!)
ただ、それだけで俺を勇者だと勘違いしたりするだろうか。
仮にも女神ともあろうものが、そんな……。
いや、でも……。
ロアのことを思い返えしているとそれもあり得るのではないかと思えてきて、俺は背筋が凍りそうだった。
「もしかして、俺が勇者役だったことと、何か関係ある?」
「そう、それですよっ!」
「関係あったんかい!」
まさか、自分がそんな理由で異世界に転移させられているだなんて思いもしなかった。
完全にワリを食らった思いだ。
俺は、ロアにきちんと説明する。
「俺は、全くの無能力者だし、勇者でもない。勇者だと思っているのは、そっちの勘違いだ!」
「か、勘違いですかっ?でも、今勇者役って言いましたよねっ?」
「勇者役ってのはな、演劇での役柄だよ。本当の勇者じゃないんだよ!」
「え、ええっ!!!」
ロアは、部屋の外にも聞こえるくらい驚きの声をあげた。
どうやら、この女神様は勇者役の俺を本物の勇者だと思い込んでいたようだ。
なんでもそんなことも知らないんだと喚きたくなったが、よくよく考えれば神や女神がそんな当然のことを知らないのも当たり前かと俺は納得してしまっていた。
それでも、許すことはできないが。
「そんなっ……。レイジさまはすごい勇者様じゃないんですかっ?」
「そういう役なだけだ!」
「ひ、ひどいですっ……」
ロアは、魂が抜けたかのように、膝から崩れ落ちた。
その目は急激に光を失い、虚ろな瞳になっていった。
(あれ、なんか俺が悪いことをした感じになっていないか……?)
ロアのがっかり様に申し訳なさを感じてきた。
被害者は、俺のはずなのに。
そんなロアに俺は、恐る恐る問いかける。
「なんで、そんな落ち込んでるんだ……?」
「わ、私、とんでもないことをしてしまいましたっ……」
その体はわなわな震えていた。
勘違いで俺をこの世界に呼んでしまったことに罪悪感を覚えているのだろうか。
「俺は、もう気にしてないからさ……。そうだ、代わりにといったらあれだが、レベルアップアイテムとか伝説の装備とかそういうのをくれないか?」
冗談交じりでロアに告げた。
俺だって、意地の悪いことはしたくなかった。
ここは、神からのチートアイテムで完全に水に流そう。
「そんなものはありませんっ……」
「えっ?」
「転生者を呼び寄せるために、私たち女神はほとんどの財力や魔力を使い尽くさなければいけないのですっ……」
そこまで言ってから、泣きそうな顔をしたロアが静かに言い放った。
「私、レイジさんを呼ぶために全財産を捧げたんですからねっ!!大好きな漫画やアニメグッズ、アイドルのポスターまで全部質屋に入れてきたんですよっ!」
それからロアは俺に鋭い視線を向けてきた。
「レイジさんこそ、私が捧げたもののためにも、絶対世界を救ってもらいますからねっ!」
「よし、今すぐ弁護士を呼んでくれ!」




