君をプロデュースしたいから
「殺す。社会的に殺す」
朝の潮見公園に、これ以上ないほど静かな殺意が満ちていた。
俺は土下座の姿勢のまま、ゆっくり顔を上げた。
「本当に悪かった!事故で……」
「ふーん。事故で人の胸って触るんだ」
「う、言い方」
「あ、違った。顔で味わってたよね」
ぐうの音も出ない。
この世には「事故だから許される」と「事故でも許されない」の二種類があって、たった今、俺は後者を踏み抜いたところだった。
環は俺に背を向けて立ち去ろうとする。
慌てて俺は立ち上がった。
「待て!話がある」
「ボクにはないよ。これからも一生ない。さようなら」
「頼む!!」
俺は背筋を伸ばし、頭をこれでもかと下げた。
息を吸って。
「ここみっしゅに入ってくれ!!」
三秒くらい、の完全な無音。
「……は?ここみ?何それ」
「心美市のアイドルプロジェクトだ。このままだと、市が来年なくなる。フェスで勝たないといけないんだ。メンバーはいない。予算もない。プロデューサーなんて俺は何もわからない。だから――」
「待って待って、情報量エグいよ。え、市役所でアイドル募集してるの?」
「そうだ。頼む!」
「ちょっと待って。整理させて」
環は額を押さえて、しばらく黙っていた。
そして、こう言った。
「うん。断る」
「なんでだよ?!」
「そりゃそうでしょ。悩む要素ないもん」
怒っていても整っている顔。
元・グロリアスのビジュアル&ダンス担当。
「……何」
「いや、お前こんなに綺麗だったのか」
「え、い、いきなり何言うの!?」
「そりゃみんなお前に夢中になるわけだ。本当に綺麗だ」
「ううううっやめろよ……!そんなこと言ってもボクは……」
「やっぱり俺は、お前と一緒がいい! なあ、頼むよ」
環は顔を両手で覆い隠した。
しばらく深呼吸した後、俺に体を向ける。
「あ、あのさ。昨日テレビ見た?」
「……見た」
「じゃあ知ってるでしょ?ボク、不祥事起こした人間だから」
その言い方が、あまりに平坦だったので、俺は何も返せなかった。
「未成年で煙草。事務所即クビ。あれからまだ二年だよ。みんな忘れてない」
「……」
「市役所のアイドルなんでしょ。そういうところが、ボクみたいなのを表に出したらどうなるか分かるでしょ?」
分かる。簡単に想像できてしまう。
「みんな、ボクにいいイメージなんて持ってないよ」
環はそう言って、柵にもたれた。
「だから無理だよ。他あたって。あんたにとっても、その方がいいって」
俺は、何も言えなかった。
何を言っても、うわべだけの言葉になる気がした。
この時の俺は、たぶん情けない顔をしていたんだと思う。
「……うわ」
環が、げんなりした声を出した。
「なにその顔」
「……なんでもない」
「あーもう」
環は髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、盛大にため息をついた。
「……しょうがないなあ」
俺は顔を上げた。
「ボクさ、ダンス得意なの知ってる?」
「……知ってる。昨日テレビで見た」
「じゃあ話が早いかな」
環はスマホを取り出して、二回ほど画面を叩き、こっちに向けてきた。
派手なサムネイル。七人組。グロリアスのグループ。
「グローリー・パレードっていう曲なんだけど」
「あ、これ知ってる」
グロリアスの代表曲。というか、生活していて、この曲を聞いたことがない人間はいない。テレビのCMにもなっている。
そして――たしか、そう。
「これ、グロリアスの曲の中で、一番難しいやつじゃ」
「そうだよ。よく知ってんじゃん」
環が、初めて笑った。感じの悪い笑い方。
「これ覚えてきて。振り付け全部ね」
「……いつまでに」
「明日の朝。ここで見るからさ」
俺は自分の耳を疑った。
「あの、これ、四分半あるよな」
「四分四十二秒」
「七人でフォーメーション組むやつだよな」
「うん。もちろん位置の移動もやってね」
無茶にもほどがある。
仕事があるし、時間がない。そもそも俺は運動が――
言いかけて、俺は口をつぐんだ。
環が、こっちをじっと見ていた。
睨んでいるんじゃない。からかっているんでもない。
この人はどこまでやるんだろう、という――そういう、乾いた目。
「わかった」
「でしょ、わかったら諦めて……え?」
「やってやる」
環の眉が、初めて、はっきり動いた。
「……本気?」
「明日の朝六時半。ここでいいんだな」
「い、いいけど」
「じゃあ行ってくる。仕事だ」
俺は鞄をひっつかんで、坂を駆け上がった。
背中に、呆れたような小さな声が聞こえた気がした。
「……ばーか」




