↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/29

君をプロデュースしたいから

「殺す。社会的に殺す」


 朝の潮見(しおみ)公園に、これ以上ないほど静かな殺意が満ちていた。

 俺は土下座の姿勢のまま、ゆっくり顔を上げた。


「本当に悪かった!事故で……」

「ふーん。事故で人の胸って触るんだ」

「う、言い方」

「あ、違った。顔で味わってたよね」


 ぐうの音も出ない。

 この世には「事故だから許される」と「事故でも許されない」の二種類があって、たった今、俺は後者を踏み抜いたところだった。


 環は俺に背を向けて立ち去ろうとする。

 慌てて俺は立ち上がった。


「待て!話がある」

「ボクにはないよ。これからも一生ない。さようなら」

「頼む!!」


 俺は背筋を伸ばし、頭をこれでもかと下げた。

 息を吸って。


「ここみっしゅに入ってくれ!!」


 三秒くらい、の完全な無音。


「……は?ここみ?何それ」

「心美(ここみ)市のアイドルプロジェクトだ。このままだと、市が来年なくなる。フェスで勝たないといけないんだ。メンバーはいない。予算もない。プロデューサーなんて俺は何もわからない。だから――」

「待って待って、情報量エグいよ。え、市役所でアイドル募集してるの?」

「そうだ。頼む!」

「ちょっと待って。整理させて」


 環は額を押さえて、しばらく黙っていた。

 そして、こう言った。


「うん。断る」

「なんでだよ?!」

「そりゃそうでしょ。悩む要素ないもん」


 怒っていても整っている顔。

 元・グロリアスのビジュアル&ダンス担当。


「……何」

「いや、お前こんなに綺麗だったのか」

「え、い、いきなり何言うの!?」

「そりゃみんなお前に夢中になるわけだ。本当に綺麗だ」

「ううううっやめろよ……!そんなこと言ってもボクは……」

「やっぱり俺は、お前と一緒がいい! なあ、頼むよ」


 環は顔を両手で覆い隠した。

 しばらく深呼吸した後、俺に体を向ける。


「あ、あのさ。昨日テレビ見た?」

「……見た」

「じゃあ知ってるでしょ?ボク、不祥事起こした人間だから」


 その言い方が、あまりに平坦だったので、俺は何も返せなかった。


「未成年で煙草。事務所即クビ。あれからまだ二年だよ。みんな忘れてない」

「……」

「市役所のアイドルなんでしょ。そういうところが、ボクみたいなのを表に出したらどうなるか分かるでしょ?」


 分かる。簡単に想像できてしまう。


「みんな、ボクにいいイメージなんて持ってないよ」


 環はそう言って、柵にもたれた。


「だから無理だよ。他あたって。あんたにとっても、その方がいいって」


 俺は、何も言えなかった。

 何を言っても、うわべだけの言葉になる気がした。

 この時の俺は、たぶん情けない顔をしていたんだと思う。


「……うわ」


 環が、げんなりした声を出した。


「なにその顔」

「……なんでもない」

「あーもう」


 環は髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、盛大にため息をついた。


「……しょうがないなあ」


 俺は顔を上げた。


「ボクさ、ダンス得意なの知ってる?」

「……知ってる。昨日テレビで見た」

「じゃあ話が早いかな」


 環はスマホを取り出して、二回ほど画面を叩き、こっちに向けてきた。

 派手なサムネイル。七人組。グロリアスのグループ。


「グローリー・パレードっていう曲なんだけど」

「あ、これ知ってる」


 グロリアスの代表曲。というか、生活していて、この曲を聞いたことがない人間はいない。テレビのCMにもなっている。

 そして――たしか、そう。


「これ、グロリアスの曲の中で、一番難しいやつじゃ」

「そうだよ。よく知ってんじゃん」


 環が、初めて笑った。感じの悪い笑い方。


「これ覚えてきて。振り付け全部ね」

「……いつまでに」

「明日の朝。ここで見るからさ」


 俺は自分の耳を疑った。


「あの、これ、四分半あるよな」

「四分四十二秒」

「七人でフォーメーション組むやつだよな」

「うん。もちろん位置の移動もやってね」


 無茶にもほどがある。

 仕事があるし、時間がない。そもそも俺は運動が――

 言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 環が、こっちをじっと見ていた。

 睨んでいるんじゃない。からかっているんでもない。

 この人はどこまでやるんだろう、という――そういう、乾いた目。


「わかった」

「でしょ、わかったら諦めて……え?」

「やってやる」


 環の眉が、初めて、はっきり動いた。


「……本気?」

「明日の朝六時半。ここでいいんだな」

「い、いいけど」

「じゃあ行ってくる。仕事だ」


 俺は鞄をひっつかんで、坂を駆け上がった。

 背中に、呆れたような小さな声が聞こえた気がした。


「……ばーか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。