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いつものあいつは、女の子

 次の日の朝六時半。

 いつものベンチに、いつもの指名手配犯が座っていた。


「お、早いな!おはよう」

「……」

「おーい、無視すんなよ」

「うるさい。まだ喋る気分じゃない」


 何だかいつもよりテンションが低いようだ。

 俺は隣に腰を下ろした。


「おじさんこそ」

「せめてお兄さんと呼べ」

「なんか、元気ないじゃん?」

「なんでわかるんだよ……ほっとけ。大人には色々あるんだ」

「む、生意気ー」

「どっちがだよ」


 パーカーのフードの奥で、ふ、と笑う気配がした。


「……なあ」

「何?」

「急だけど、アイドルってどう思う?」

「はあ?」

「いや、その、なんて言うか。素人が急にやるとして」


 サングラスの向こうの視線が、露骨に冷たくなった気がした。


「……朝から何の話?」

「残念ながら仕事の話」

「役所の人がアイドルの話するの?」

「それがすることになってさ」

「へえ。すごいね」


 興味なさそうな相槌。俺はもう少し何か言おうとしてベンチに手をついた。


 ――そのときだった。

 みし、と音がした。

 いや。

 みし、じゃない。

 ばき、だった。


 あとになって、俺はそのことを何度も思い出すことになる。


「――ふぇっ、あ、やだっ……!」


 座面が抜け、ベンチが倒れる。隣の小さい体が後ろ向きに落ちる。


「危ない!」


 考えるより先に手が出ていた。

 引き寄せて、背中に腕を回して、地面に叩きつけられないように――

 でも、自分を支えられなかった。そのまま2人で派手に崩れ落ちる。


 どさっ!


 「いてて、おい、大丈夫か?」


 湿った土の匂い。パーカーの布。細い肩。


「……っ、」


 息が、頭のすぐ上で鳴った。

 俺の顔は、あいつの柔らかい胸に沈んでいる。

 ーー沈んでいる?

 それに、胸板が、柔らかい?


 全身の血が音を立てて引いた。


「え?」


 思考が止まる。

 いや。待て。落ち着け。こいつは。こいつは男で。ボクとか言う口の悪いガキで。だから、そんなはずは。

 俺は両手をついて体を起こし、顔を見た。


 ――そこには、よく知っている顔があった。


 びっくりするほど白く、小さい顔。サラサラした前髪。肩まで届く金髪。長い睫毛。至近距離でこっちを見上げている大きな目。その目が、みるみるうちに、見開かれていく。

 昨日の夜テレビで見た。

 観客の前で楽しそうに踊っている、元グロリアスのトップ。


「……九条、環、さん?」


 時間が止まった。

 風が吹く。海の方から上がり風。

 名前を呼ばれた瞬間、その顔が耳の先まで一気に赤くなった。


「――……っ!!」


 声にならない声だった。

 俺を睨みつけるその目は涙で潤んでいる。


 それでも、俺は見惚れてしまった。

 きっとこれは運命だと思ってしまった。

 ーー俺は君の、プロデューサーになりたい。

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