↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/29

サマーフェス(後半)

 <結>


 イントロが鳴って、私は最初のステップを踏み出した。


「――あれだろ、暴行のやつ」


 客席の前の方から、声が聞こえた。


「よく出てこれるよな」


「殴ったんでしょ、彼氏」


 小さな声のつもりなんだろう。


 足が、一瞬だけ止まりそうになった。


 ――正直に言うと、最初はこんな気持ちじゃなかった。


 環さんが加入したとき、私はただ兄さんを取られると思った。応援したいとか、みんなのためにとかそんな綺麗な気持ちはなかった。


 高校二年間、私のそばにいてくれたのは兄さんだけだ。


 誰も助けてくれなかった。友達も離れていく。それでも兄さんだけは、毎日そこにいてくれた。


 だから、他の誰かがその場所に入ってくるのが嫌だった。


 なのに。


 私が嫌っていたはずの環さんが、あの夜私を庇ってくれた。


 自分でも驚いた。


 その日から、少しずつ私が変わっていく。


 ――私も、誰かの力になりたい。


 誰かを応援できる人になりたい。


「暴行アイドルとか、ネタになる」


 また声が飛んでくる。今度は少し離れた場所から。笑いを含んだ声だった。


 サビの手前、客席の一人と目が合った。小さな女の子だった。母親に肩車されて、こっちを見ている。


 私は、笑いかけた。


 どうか、この子が。


 ここにいる、みんなが。


 これからの生活がずっと、元気で楽しいものでいられますように。


 <ミア>


 二番の出だしは、わたしの担当だった。


「あの子、契約破棄したんだよな……」


 客席の方から、声が漏れてくる。


「裏切りって聞いたけど」


「なんか、様子、違くない?」


 ざわめきが、波紋みたいに広がっていく。


 ずっと、人としゃべらないようにしてきた。


 そういう契約。誰かと仲良くなったら駄目。友達を作ったら駄目。わたしの音楽が、誰かに知られたら駄目。


 それでも、牡丹さんはわたしによくしてくれた。夜、お店に行くといつも美味しいものをくれる。


 あの日、公園でひなたのダンスを見てから全部が変わった。


 下手なダンス。汗だくで必死で、それでも笑っている姿が心に残る。


 桃生さんとの話で、私は確信した。


 ――わたしのために、こんなに頑張ってくれる人がいる。


 守ってくれる人がいる。


 尽くしてくれる人がいる。


「でも、あの子、本当に悪い子なのか……?」


 誰かの呟きが、耳に入った。


 わたしの曲で、みんなの力になれるなら。


 わたしは、それを頑張りたい。


 声を張る。無我夢中で。笑顔。


 届け。


 届け。


 みんなに、届け。


 <環>


 大サビの前、ボクは客席を見た。


 ――もう、大人なんて信じないと思っていた。


 ボクは煙草なんて吸っていない。


 あの時、グロリアスのセンターにいた頃、翠を推す社長から話が来た。「今度の収録のダンス、間違えてくれないか」と。


 そんなことできるわけがない。


 その翌日、記事が出た。


 日向のことだって、最初はからかっていただけだ。落ち込んでる大人が面白かった。ただ、それだけのはずだったのに。


 でも、あの人がボクを信じてくれたとき。


 ボクは、日向が好きになった。


 ボクはまた、あの頃のボクに戻れた。


 ――みんなを幸せにするアイドルに、ボクはなりたい。


 客席を見る。


「やば……」


「めちゃくちゃダンス上手くない?」


「これがあの、干されたって言われてた子か」


 声援が、少しずつ大きくなっていく。


 大丈夫。


 見えてる。ちゃんと、全員見えてる。


 みんなのこと、幸せにしたい。


 声が、砂浜の向こうまで届いていく。


「ここみっしゅー!」


 誰かが叫んだ。それに合わせて、あちこちで手拍子が起こる。


 さっきまで囁かれていた言葉は、もう聞こえなかった。


  ※


 曲が終わった。


 拍手が波のように押し寄せてくる。


 三人は手を繋いだまま頭を下げ、ステージから降りる。


「日向、見てた?」


 環が息を切らしながら聞いてきた。


「ああ」


 俺は頷いた。


「ここみっしゅ、最高だったぞ」


 三人が笑う。


 結は泣き笑いのような顔で。ミアは満面の笑みで。環は少しだけ照れくさそうに、それでも確かな笑顔だった。


 拍手は、まだ鳴りやまなかった。

お読みいただきありがとうございます。

次回最終話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。