サマーフェス(前半)
サマーフェス当日。
会場の砂浜には、去年までとは比べものにならない人が集まっていた。
県外ナンバーの車が、臨時駐車場の端まで埋まっている。屋台の列は朝から途切れず、商工会のじいさんたちが嬉しい悲鳴を上げていた。
理由は、分かっている。
昨日の会見だ。
オヤジとカシラが頭を下げる映像は、夜のうちにニュースサイトへ上がった。S賛否は割れていた。それでも、この街の名前がこれほど多くの人の目に触れたのは、たぶん十年ぶりだ。
――きっかけは最悪だ。
それでも、人は来た。
控え室代わりのテントで、俺は進行表を確認していた。
市ごとの持ち時間は十五分。まず市の担当者による短いスピーチ、そのあとアイドルユニットのステージ。心美市の出番は、後半の五番目だった。
「あの」
振り返る。
凛が、そこに立っていた。
緊張しているのか、両手を胸の前で握っている。
「凛?」
環がイヤホンを片方外す。
「勝手に、来ちゃいました」
凛が深く頭を下げる。
「私、環先輩のダンスを見て、グロリアスに入りたいと思ったんです」
凛が顔を上げる。
「今日のステージ、本当に楽しみにしています」
環は、しばらく何も言わない。
それから、短く息を吐いた。
「……そう」
テントの外から、もう一人の気配がする。
「おや」
声だけで分かった。
振り返ると、桃生が立っている。
「てっきり、来ないものと思っていましたが」
その口調は、いつもと変わらない。
俺はテントの入り口に立ちはだかった。
「リークしたのは、お前か」
声が、思ったより低く出る。
桃生は驚いた様子も見せない。
「何のことか分かりませんが」
肩をすくめる。
「まあ、せいぜい頑張ってください」
俺は、拳を握った。ここで殴っても、何も変わらない。分かっていても、体が熱くなる。
「桃生さん」
凛が、声を出した。
「あの」
「凛、行きますよ」
桃生は凛の言葉を遮って、背を向けた。
凛が、俺たちの方を一度だけ振り返る。
何か言いたそうな顔だったが、結局何も言わず桃生のあとを追った。
※
俺は進行表に目を落とした。
あと二組。
「――心美市、ここみっしゅさん、スタンバイお願いします」
スタッフの声が、テントに響いた。
三人が立ち上がる。
「行くぞ」
「はい」
「うん」
「行きましょう」
テントの外に出ると、日差しが眩しかった。
砂浜のステージが、目の前に見える。
人であふれている。数えるのを諦めたくなるくらいの人の数。
ステージ袖まで歩く間、誰も言葉を交わさなかった。
袖に着くと、先に出番のグループが撤収してくる。入れ替わりで、進行スタッフが俺に合図を送った。
「浦沢さん、先にご挨拶を」
「――はい」
心美市の出番では、まずプロデューサーが一言挨拶をすることになっている。市の担当者としての建前だが、実際は違う意味を持つ。俺がこの三人を守るための時間だ。
「日向」
環が俺の袖を軽く引く。
「いってらっしゃい」
「ああ」
俺は頷いて、ステージへ足を踏み出す。
照明が、一斉にこちらを向く。
人の数が、間近で見るとさらに多かった。海まで続く砂浜が、隙間なく埋まっている。
マイクを受け取る。
手が、震えていないか確かめる暇もなかった。
「本日は、心美市のステージにお越しいただき、ありがとうございます」
声が、思ったよりしっかり出た。
「観光課職員、浦沢日向と申します。この三ヶ月、ゼロから始まったグループを、ここまで見守ってきました」
客席が、静かに聞いている。
「昨日、報道がありました。事実と異なる部分も、事実の部分もあります。それについて、今日ここで弁解するつもりはありません」
一拍、置く。
「見てください。あの三人が、どういう覚悟でここに立っているか」
俺は、ステージ袖を振り返った。
環と結とミアが、そこに立っている。
「心美市代表、『ここみっしゅ』です」
マイクを下げて、袖に戻る。
ついに市の運命を決めるステージが始まった。
ありがとうございます!
あと二話で完結です。




