最終話 三人の、それからの日々
フェスの結果は、閉会式で発表された。
一位は、グロリアスだった。トップグループは伊達ではなかった。
それでも。
心美市は、統合圏内から抜け出している。
県の担当者が発表した順位表に、心美市の名前が上から数えて六番目にあった。去年までの最下位が嘘みたいだ。
「……あの。統合、なくなったんですか」
結が震える声で聞いてくる。
「ああ。なくなった」
俺はもう一度その順位表を見る。何度見ても、同じ場所に街の名前があった。
「本当に、なくなったんだ」
三人が、同時に息を吐く。
※
撤収作業の最中、桃生が近づいてきた。
「今回はうまく行ったみたいですが」
俺たちは身構える。
「次は、ありません」
それだけ言って、桃生が背を向けた。
スーツの背中が、機材を運ぶスタッフの間を縫って遠ざかっていく。
誰も、何も言わない。
あの捨て台詞は、思っていたより小物じみて聞こえる。今まで散々恐ろしい相手だと思っていたのに、今見ると小さな男に感じた。
結がぽつりと言う。
「……なんか、拍子抜けですね」
「ああ」
俺もそう思う。
あれだけの傷を残していった男が、最後にはあんな捨て台詞しか吐けない。
それが少しだけ滑稽だった。
※
数日後。俺は、海の見えるカフェに向かっていた。
環に呼び出された。理由もなしに、ただ「来て」というメッセージ。
店に着くと、環はもう窓際の席に座っていた。今日はマスクもサングラスもしていない。
「遅い」
俺の顔を見るなり、そう言った。
「悪い。市役所の会議が長引いた」
「アイドルを待たせるなんて、あり得ない」
「アイドルって、自分で言うのか?」
「当たり前じゃん」
環はストローで氷をかき混ぜながら、ふてくされた顔をした。
俺は向かいに座って、水を一口飲んだ。
窓の外に、海が見えた。フェスの会場だった砂浜は、もう普段通りの静かな景色に戻っている。
「あのさ」
環が口を開く。
「ん?」
「ボクと付き合ってよ」
俺は水を飲む手を止めた。
「……本気か?」
「うん」
環の目が、まっすぐこちらを見ている。
「ボクは日向のことが好き」
アイドルの台詞とは思えなかった。どこかぎこちない口調で、静かに伝えてきている。
俺は、しばらく黙っていた。
環が、じっと待っている。
「いいよ」
「ほんと!?」
「ただし」
俺は、少しだけ声のトーンを落とす。
「お前が大人になっても、それでも好きだったらな」
環の眉が寄る。
「そんなの、余裕でしょ」
「頼もしいな」
「まあね」
環が初めて笑った。
窓から差し込む光の中で、その顔は二年前にテレビで見た笑顔とは少し違って見える。
「なあ」
「ん?」
「ちょっと、聞いてほしいんだけど」
俺は少しだけ体を前に傾ける。
環も不思議そうな顔をして、同じように顔を近づけてくる。
距離が、近くなった。
「環」
「なに」
「俺も、楽しみにしてる」
「なっ」
環の顔が、耳まで一気に赤くなった。
「なっ、なっ……!」
言葉にならないまま、両手で顔を覆う。
そのタイミングで、隠れていた結とミアが登場した。
「兄さん!今の、どういうことですか」
「うわー! 環と日向がキスしたー!?」
「違う! してないって!」
俺は反射的に立ち上がった。
環は両手で顔を覆ったまま、テーブルに突っ伏している。耳の先まで真っ赤だった。
「してるように見えました!」
「顔を近づけただけだ」
「それ、キスの一歩手前じゃないですか!」
店内の客が、こちらを見て笑っている。
俺は席に座り直し、額を押さえた。
※
フェスが終わっても、ここみっしゅの練習は続いている。
次のフェスは、ウィンターフェス。県内トップ3を目指す、もっと大きな舞台だ。
会議室に、カレンダーが貼られている。俺の字で「目指せトップ3!」と書き足しておいた。
「もう一回」
環の声が、鏡張りの壁に反響する。
結が位置につく。ミアがスピーカーの音量を確認する。
この二週間で見た景色が、また始まろうとしていた。
スピーカーから、新しい曲のイントロが流れ出す。
三人が、同時に動き出した。
まだ見ぬ誰かを、笑顔にするために。
お読みいただき、ありがとうございました!
またどこかでお会いできたら嬉しいです。




