↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/29

香澄さんと新曲

「あら、楽しそうじゃない」


 背後から声がして、俺は動きを止めた。

 嘘だろ。この状態で。


 振り返る。


 香澄さんが立っていた。


 水着だった。黒い。布の面積が、控えめに言って足りていなかった。腰のところで紐が結ばれていて、その紐がやたら細い。上は肩から下がるタイプで、鎖骨から下が全部出ている。


 二十五歳の体だった。


 俺の目が、勝手にそちらへ向かった。


 ――だめだ。


 抵抗しろ。俺は市の職員だ。この人は先輩だ。仕事の関係者だ。しかも今日は公務の下見だ。書類上は公務だ。


 男だろ。抵抗しろ。


 いや、男だからか。


 左足に、激痛が走った。


「痛っ」


 環だった。


 俺の足の甲を、かかとで踏んでいた。しかも体重を乗せている。


「なに見てんの」


「見てない! 誤解だ!」


 ミアが、俺の反対側に立った。

 香澄さんの方をじっと見ている。耳が、真後ろに倒れていた。警戒しているときの角度だ。


「ひなた」

「なんだ」

「あの人、危ない」

「ああ、俺もそう思うよ」

「ほら、日向くん」


 香澄さんが近づいてきた。


「せっかくだから、海に入りましょ」


 腕を、絡められた。


 ――近い。


 近いというか、当たっている。柔らかいという情報が、腕の皮膚から脳に直接送られてくる。

 大人の女性というのは、こうなっているのか。


 ――だめだ。


 思考が。思考が仕事をしない。


「日向くん、顔が赤いわよ」

「日射病です」

「あら大変。冷やしてあげましょうか」

「けっこうです」

「遠慮しなくていいのよ」


 俺の右腕を香澄さんが抱えている。

 俺は左を見た。

 結が口だけ笑っていた。その隣で、環がこちらを殺すような目で睨んでいた。


「ハア……ハア……」


 香澄さんの呼吸が荒くなった。


「本当、若いっていいわ」

「香澄さん、腕が」

「もっと。もっとよ」

「何を求めてるんですか」

「あなたたちの表情。ああ、生き返るわ」


 やっぱりこの人の考えていることはわからない。


「いい加減にしといてやれ」


 カシラだった。

 パラソルの下から、ゆっくり立ち上がってくる。


「あら、剛さん」


 香澄さんは怯まなかった。この人はカシラにも怯まない。


「日向くんは喜んでると思うわよ?」

「そうかもしれねえがな」


 カシラが顎で示した。


「その日向の命が危ないんだよ」


 香澄さんが、三人の顔を順番に見た。

 それから、名残惜しそうに俺の腕を離した。


「今日はこのへんにしておくわ」


  ※


 昼になって、海の家に入った。


 全員で焼きそばを頼んだ。


 ふと、ミアが鞄からタブレットを取り出した。


「ジャジャーン!」


 みんなが注目する。


「ここみっしゅの曲、できたよ」


 全員の箸が止まった。


「もうできたのか?」

「できたよ」

「まだ二週間だぞ」」


 ミアがタブレットをテーブルの真ん中に置いた。耳が、これ以上ないほど立っている。

 結が身を乗り出した。環はいつの間にか椅子を寄せていた。


「じゃあ、流すね!」


 ――イントロが鳴った。


 明るい曲。前へ前へと押してくるリズムで、聞いているだけで足の指が動く。それでいて、どこか懐かしい感じがする。


 サビに入った。

 海が広がるみたいに、音が横に広がった。

 美しいメロディーライン。ずっと聴いていたくなるような。


 曲が終わった。


「兄さん」

「ああ」

「私、早く踊りたいです」

「振り付けって、いつから決めますか」

「今週中に、みんな手伝ってくれるか?」


 俺の言葉にみんなが頷く。


 ――いける。


 根拠のない確信だった。

 でも、この曲がある。この三人がいる。それにまだ二ヶ月ある。

 海の家の窓の外で、ステージの鉄骨が組み上がっていくのが見えた。

 きっとステージは、大成功するはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。