海で水着を
サマーフェスの会場は、今年は心美市だった。
持ち回りらしい。去年は隣の猛島市、うちに回ってくるのは六年ぶりだそうだ。
場所は市の南、砂浜が一キロほど続く海岸。
その砂浜に、鉄骨が組まれていた。
「もうこんなに進んでるんですね」
俺は思わず声を出した。
まだ二ヶ月前だ。ステージの土台はすでに出来上がっていて、後ろに立つ照明用のやぐらも半分ほど形になっている。
「県の予算だからな」
隣でカシラが腕を組んだ。
「フェスは県の看板事業だ。金の落ち方が違う」
「うちの市の予算で組んだら、五年かかりますね」
「五年で済めば上出来だ」
カシラの隣で、桐山悠が手元の資料をめくった。
俺の同期で、高校からの付き合いだ。
「ステージが完成したら、そこから当日まで屋台が出るらしいよ」
「屋台?」
「週末だけね。焼きそば、かき氷、射的。商工会が仕切るって」
悠は手元の資料を見ながら言った。
「一ヶ月半、毎週末お祭りみたいになる。人の流れができれば、それだけで観光課的にはありがたいでしょ」
「それは、たしかに」
俺は砂浜を見渡した。
ここに、あと二ヶ月で人が集まる。何千人来るのかは分からない。ただ、この街がこれだけの人を集めるのは十年ぶりくらいだと思う。
――ここで、あいつらが歌う。
そう思うと、途端に緊張してくる。
※
下見自体は、三十分で終わった。
「日向、もう行っていい?」
「兄さん、海が呼んでます」
「呼んでないと思うぞ」
「呼んでるよー!」
下見が終わると、三人は更衣室のある海の家へ走っていった。
残ったのは、男三人だ。
「相変わらずだね」
悠が笑った。
「最近、顔を見ないから、俺から連絡しようと思ってたところだよ」
「悪い。ちょっと飛び回ってて」
「聞いてるよ。元アイドルの子を口説きに行ったって」
「誰から聞いた」
「香澄さん」
やっぱりあの人か。
「日向」
カシラが言った。
「遊びに行ってきていいぞ」
「え」
「下見はもう終わりだ。あとは俺と悠で見とくからよ」
「いえ、いいんです」
俺は首を振った。
「俺もちょっと、心を落ち着けたいので。こっちにいさせてください」
実際そうだった。
この二週間、休みらしい休みがない。今日だってフェスの下見だ。それに、あの三人が水着で走り回っている場所で普通でいられる自信がない。
砂浜で書類を眺めているくらいが、俺にはちょうどいい。
「……そう言うわけにはいかないみてえだぞ」
カシラが、視線を俺の後ろにやった。
「日向ー!」
振り返って、俺は固まった。
水着の三人が、こちらに向かってきている。
先頭はミアだった。
白い水着だった。上下が分かれていて、腰のところに薄い布を巻いている。走るたびにそれがめくれて、また戻る。白い髪が背中で大きく揺れて、その上の耳がぱたぱた動いている。
俺は視線を上に固定した。空が青くて気持ちがいいな。
「日向! 海! 海だよ!」
「ああ、そうだな」
「泳ごう!」
「いや待て待て!」
次に来たのが結だった。
紺色のやつだ。上下が繋がっていて、肩の紐がちゃんと二本ある。その上にパーカーを羽織っていた。
パーカーがあることに俺は感謝した。それがなければ、俺は今日ここに立っていられなかった。
「兄さん」
「お、おう」
結はパーカーの前を軽く合わせて、こちらを見上げてきた。
「……どうですか」
「どうって」
「何かないんですか」
「……似合ってる」
「そうですか」
それだけ言って、結は満足そうに横に並んだ。
最後が環だった。
黒地に、白い小さな模様が入ったやつだった。上は襟のような布が付いていて、腰にはフリルが一段。全体的に、意外と可愛いやつなんだな。
その上から、大きめのシャツを羽織っている。前は開けているが、腕は袖に通していた。
「……何か言えば」
「あ、ああ」
「言えないなら見るな」
「きれいだよ」
環がシャツの前を掴んだ。
「……そ」
「日向、こっち来て遊ぼ」
視線を感じて後ろを見る。
悠が、信じられないものを見る顔をしていた。
「日向。お前」
こいつのこの顔は、まずい。
「このシチュエーション」
悠が一歩前に出た。声が半音上がっていた。
「プリキュ○の五話と同じシチュエーションだ」
「は?」
「正確には第一期の五話。海回。主人公が三人の女の子に両側から引っぱられる構図。あれは作画監督が変わった回で、光の入れ方が明らかに違う。特に砂の描き方が」
「悠! 戻ってこい!」
「アニメーターの名前を出すと長くなるから省くけど、あの回の海の色は今も語り継がれてる。日向、お前は今それを実写でやっている。分かってるのか」
「分かりたくない」
「カメラを持ってくればよかった」
「それはだめだろ!」
今日は下見だったはずだ。それがなぜかにぎやかになっている。
ーーフェスもこいつらのいいとこ、出せるといいな。
気づいたら不安よりも期待の方が大きくなっていた。




