これからよろしく!(ミア)
ミアが正式にここみっしゅに加入したことで、「バー花束」歓迎会を開いた。
カウンターに五人。俺と結とミア。それからオヤジとカシラ。
環は来なかった。
昼過ぎに送ったメッセージには、こう返ってきた。
――このくそ浮気野郎
「ええ子やないか」
オヤジは上機嫌だった。氷砂糖の代わりに、今日はハイボールを飲んでいる。
「日向から聞いとるで。あの桃生に、あなたとはできません、言うたってな」
「うん!」
ミアが背筋を伸ばして頷いた。カウンターの照明の下で、白い耳がぴんと立っている。
「それでね、そしたらね、環とひなたが助けてくれたの!」
「おう。やるじゃねえか」
カシラがカウンターを叩いた。
「日向もね。すごいんだよ! 環に、おまえの人生くれって言ってたし!」
俺の手からグラスが滑りかけた。
「ねえ、あれってどういうことなの?」
肩を、後ろから叩かれた。
振り返る。
結が笑っていた。
「兄さん。私も、どういうことか詳しく知りたいです」
「いや、あれはだな、その」
「それに」
「わたし、ひなたにキスしちゃったし」
少し照れながら、頬に手を当てて言った。耳の先が、心なしか桃色になっている。
「まあ」
牡丹ママが両手を合わせた。
「兄さん、最低です」
「違うからな! あれはミアの喜びの表現であって、な、そうだよな、な!」
「そうだよ?」
「ほらみろ!」
「嬉しかったから、ちゅーしたの」
「このくそ浮気野郎、です」
結が俺を睨みながら言った。
※
「ミアちゃん。曲作るゆうても、機材はあるんか」
ミアの動きが止まった。
「……いえ」
声が小さくなった。耳が、しおれるように伏せられる。
「実は、グロリアスとの契約を切るときに、全部持って行かれちゃって」
膝の上で、手を握っていた。
「パソコンも、鍵盤も、マイクも。あれ、全部あっちが用意したものだったから」
店の空気が、少し重くなった。
当たり前だ。あの契約書にサインさせられていた子から、手元に残るものがあるはずがない。
「そうか」
オヤジは、たいして驚かなかった。
「そんならええ伝手があるで」
「オヤジ」
嫌な予感がした。
「まさか」
「そうや、日向」
オヤジがにやりと笑った。
「香澄ちゃんや」
「……やっぱり」
「なんや、不満か」
「不満じゃないです。不満じゃないんですけど」
あの人は仕事ができる。市役所でいちばん常識がある。予算のことも備品のことも、あの人に聞けば十分で片がつく。
問題は、それ以外の部分だ。
「三階に物置部屋が一つ空いとる。あそこ使えばええ。防音もそこそこ効くはずや」
「本当ですか」
「香澄ちゃんも呼んどいたるわ。明日の午後でどないや」
「……はい」
俺はグラスの氷を見ていた。
明日、あの人と会うのか。
いや、仕事だ。仕事の話だ。備品の話と部屋の話をして、それで終わる。
何も起きないはずだ。
「ひなた」
ミアが袖を引いた。伏せていた耳が、もう半分は戻っている。
「明日、わたしも行くよ」
「ああ」
「その人、優しい人?」
「……優しいよ」
優しいのは間違いない。
ただ、ちょっとなあ。
まあ、大丈夫か。
ミアなら、たぶん大丈夫だ。
そう思ったことを、俺は翌日に深く後悔することになる。




