プロデューサーになった日
お読みくださりありがとうございます
若干、説明回です。
よろしくお願いします。
俺の職場、心美市役所。
朝の会議は、最悪だった。
来年、俺たちの心美市は隣の市と統合されるらしい。
理由は一つ。
市対抗アイドルフェスで、五年連続最下位だから。
ドゴオオオオ!!!!!!!
「ひい!?」
「日向ァアアアアア! オヤジがお呼びだ!」
昼過ぎ、観光課のドアが吹き飛ぶかと思うほどの勢いで開いた。
「え、え? 俺ですか?」
「他に誰がいる。上だ、上。組の事務所」
「……まさか、市長室ですか?」
「そうだ。おい、覚悟して行けよ。今日のオヤジは機嫌が良い」
良いのに覚悟がいるって、どう言うことなんだろう。
――市長室のドアをノックすると、中からまるでヤクザみたいな声が返ってきた。
「おう、開いとる。入れや」
オヤジ。心美市長。六十二歳。剃り上げた頭に、額から左のこめかみまで走った古い傷。ソファに座っている姿はまるでヤクザの組長だ。俺たち職員はみんな「オヤジ」と呼ぶ。
白い物が入った瓶を俺に渡そうとしてくる。
「まあ座れ。上物やるわ」
「あの、え、遠慮します。俺まだカタギでいたいので」
「アホか。氷砂糖や」
嘘だ。絶対ヤバい粉が入ってると思う。
そうそう、と続ける。
「聞いたで。朝の会議」
「……はい」
オヤジは、白い粉のかたまり(氷砂糖)をひとつ口に放り込んで、がりり、と噛み砕いた。
「日向」
「はい」
「お前、この町好きか」
好きか、か。
「……そりゃ、好きですよ」
「そか」
それから、机の引き出しを開けて一枚の紙を出した。
起案書。判子はもう押してあるらしい。
「心美市アイドルプロジェクト、立ち上げるで!!」
「……はい?」
「次の市対抗アイドルフェスで勝つ。それしかない。市の存続がかかっとる」
「え、アイドル? 市の存続?」
「そや、勝てば心美市は生き残れるんや」
「統合されるだけなんじゃ?」
「アホか。そうなったら心美市はおしまいや。今までこの県でそうなった市がどうなったか、知らんのか?」
「は、はい」
オヤジは真剣な顔で話す。申し訳ないが、めちゃくちゃ怖い。
「統合先の市に好き勝手されるんや。文字通り、何でもありや」
「え、たとえばどんなことですか?」
「勝手に住民を立ち退きさせたり、好きに会社を潰したり」
「……裏では人身売買、薬のばら撒きをするという噂もある」
「え、そんなの許されるんですか?」
「それがこの県や。市民はそんなの知らんまま生活しとる。お偉いさんが情報を規制しとるからな。知るのは、負けた後や」
急に話が重くなる。そんなの、負けられないじゃないか。
「で、あの、担当は……誰が」
「もうわかるやろ?」
「え……嘘でしょ?」
俺は、書類の名前欄を二度見した。
――責任者:観光課 浦沢日向
「……え?」
「ええやろ?」
「いや、あの、俺、二十二ですよ。ここ一年目ですよ。アイドルとか、その、テレビの向こう側の――」
「日向」
オヤジが、じっとこちらを見つめる。
「はっきり言うで。わしはな。この街のために最後まで走れる人間、お前しか知らんのや」
「ここの奴らがみんな心美市のことを思っとるのは知っとる。でもな、わしが頼みたいのは他の誰でもない。日向。お前や」
ーーくそ。
気が付くと俺は起案書を受け取っていた。頼りない、だけど、とんでもなく重い紙。心美市の未来がかかっている紙。
「……メンバー、いないんですけど」
「知らん。集めてこい」
「予算は」
「ない」
オヤジはにやりと笑った。
「グループでいくで!心美市のアイドルグループ、その名も『ここみっしゅ』や!」
こうして。
なんの経験もない、金もない、メンバーもいない、二十二歳の市役所職員による、市の存続を賭けたアイドルプロジェクトが、書類上始まった。
アイドルになんてなってくれるやつの心当たりなんて……ある、か?




