白川ミアは、変わった子
次の土曜日。
待ち合わせは、商店街の中ほどにある古いレストランにした。二階建てで、一階が食堂で二階が喫茶。昼どきは商店街の人間で埋まるが、午後二時を過ぎると急に静かになる。
「なんでボクたちまで来なきゃいけないの」
隣で環が言った。今日は普通にマスクをしている。
「メンバーが増えるかもしれないんだ。会っておいた方がいいだろ」
「ふうん」
「不満か?」
「別に」
明らかに不満そうだった。
もう片側では、結が腕を組んで前を見ていた。歩くのが、いつもより少し速い。
「兄さん」
「なんだ」
「私、今日は監視役として来ましたので」
「何の監視だよ」
「兄さんに変な虫が付かないようにです」
何言ってるんだか。
俺は二人を連れて、ガラス扉を押した。
カランと鐘が鳴る。
店内は空いていた。窓際の席に一人。
その子が、こちらを向いた。
――そして、明るく笑った。
パッと、という音が本当に聞こえた気がした。
背中まで届く髪の色は、白い。
窓から入る光を吸って、透けるみたいに白い。これがハーフか、と間抜けな感想しか出てこない。
目は青い。氷を薄く削ったみたいな色だった。
背は高く、手足が細くて長い。椅子の上で膝を抱えるように座っているせいか、余計に小さく見える。
顔は――どう言えばいいのか。
結や環とは、種類が違った。
二人が人間の可愛さだとしたら、この子はなんというか。
小動物だった。
目が大きくて、こちらを見るときに首が少し傾く。口元がずっと笑っている。何も警戒していない顔だ。人間、ここまで無防備な顔ができるものなのか。
――いや。
待て。
俺の視線が、その子の頭の上で止まった。
耳が、ある。
白い三角の、耳が。
髪と同じ色の毛でできていて、内側だけが薄い桃色をしている。
……付け耳、だよな。
最近そういうのが流行っているのは知っている。市の若手職員向け研修で、SNSがどうとかいう話のときに見た。ファッションだ。うん。ファッションだ。
だが。
その子がこちらを見て笑ったとき、耳がぴくりと動いた。
……気のせいか?
もう一度見る。
その子が首を傾げる。
耳が、傾げた方向と逆にわずかに倒れた。
環と結も、同じところを見ている。二人とも、俺と同じ顔だった。
その子が椅子から降りて、こちらに小走りで駆けてくる。
スカートの裾が揺れて、白い髪がふわりと遅れてついてくる。
そして俺の正面で足を止めると、両手を前で揃えて深々と頭を下げた。
「初めまして、白河ミアです!」
顔を上げる。
満面の笑みだった。
「私の飼い主になってくれるって聞いてきました! よろしくね、日向!」
俺以外の人間が引いていく音が聞こえた。
――飼い主。
今、この子は飼い主と言ったか。
俺はゆっくりと左を見る。
環が俺を見ている。マスクの上から出ている目だけで、殺せそうな圧だった。
右を見る。
結が俺を見ていた。笑顔である。笑顔じゃない笑顔でこちらを見ている。
「兄さん」
「いや、待て!」
「ボクは何も聞いてないけど」
「待て!落ち着け。俺も何も聞いてない」
「最低。日向ってそういうやつだったんだ」
「違う!何か誤解があるんだ」
「兄さん、女子高生にそんな関係を求めてるんですか?」
「そんなわけないだろ!」
ミアだけが、きょとんとした顔で俺たち三人を順番に見ている。
耳がぱたんと、片方だけ倒れた。
※
四人掛けの席。俺の正面にミア。左右に環と結。
完全に取り調べの配置である。
「えっと、ミアさん」
「ミアでいいよ」
「じゃあミア。まず訂正させてほしいんだけど」
「うん」
「飼い主じゃなくて、プロデューサーね。アイドルの」
ミアが首を傾げる。耳が、遅れて傾いた。
「アイドル?」
「そう」
「アイドルって、歌って踊る、あの?」
「そうそう」
ミアの目が、少しずつ大きくなっていく。
「俺たちは、ここみっしゅっていうグループを作りたいと思ってて」
「ココナッツ?」
「ここみっしゅ」」
環が横で肩を震わせていた。笑っている。
俺はメニューの裏に指で書いた。ここみっしゅ。ミアが真剣な顔でそれを覗き込んで、うんうんと三回頷いた。本当にわかったのだろうか。
「まあ、それはさておき」
「君は、アイドルをやりたいってことでいいんだよね」
と、ミアがぴたりと動きを止める。
それから両手をテーブルに置いて、身を乗り出してきた。
「そうすれば、日向と一緒にいられる?」
左右の温度が、同時に下がる。
「言い方がいろんな誤解を招きそうだけど……まあ、そうかな」
「じゃあ、やる!」
「ちょっと待って」
環だった。
マスクを顎まで下げて、ミアをまっすぐ見ている。
「あんた、本当にアイドルやりたいの?」
「うん!」
「大変なことばっかりだよ。練習も、覚えることも。人前に出るのも。辛いことだっていっぱいある」
結も身を乗り出している。真剣な顔だ。
ミアは二人の顔を順番に見てから、にこりと笑った。
「アイドルのお仕事の大変なところは、よく分からないです」
「……」
「でも、アイドル、やりたいです!」
沈黙が落ちた。
ミアが席を立つ。
「私、お手洗い行ってきますね」
白い髪が揺れて店の奥へ消えていく。
「兄さん」
結が声を落とす。
「私、あんまりこういうことは言いたくないんですが」
「うん」
「反対です」
「ボクも反対かな」
環が続ける。
「理由を聞いていいか」
「なんていうか」
結は言葉を選んでいる。
「悪い子じゃないのは分かるんです。すごく分かるんですけど」
「ボクがはっきり言うよ」
環がコーラのグラスを置く。
「アイドルって、実のところ頭の良さが大事なんだよ」
「頭」
「ファンとの受け答え、番組の一言、取材の返し。全部その場で考える。振られた話題を拾って返して、次に繋げる。それができないと、他のメンバーが全部かぶることになる」
環の言い方は、批判というより経験談だ。
「あの子は、たぶんそれができない。さっきの質問にも答えを返せてない。悪気がないぶん、余計に危ない」
「……」
「言っておくけど、ボクは意地悪で言ってるんじゃないから」
「分かってる」
二人の言うことは、正しい。
俺もそう思う。三十分いっしょにいて、同じことを考えた。
ただ。
牡丹ママの顔が浮かんだ。
あの人が、俺に会わせたいと言った。
――一人でかわいそうだから。
その理由だけで、あの人が誰かをアイドルのグループに押し込むだろうか。
友達になってあげてと言えば済む話だ。
ママが俺に頼む理由が、きっと何かあるんだろう。
「……もう少し、考えさせてくれ」
「兄さん」
「今日決めない、ってことにしたい」
結が何か言いかけて、やめる。
環はしばらく俺を見てから、
「まあ、決めるのは日向だし」
「悪い」
「別に。ボクは反対って言っただけ」
ミアが戻ってきた。
食事が終わり、連絡先を交換する。
ミアは俺のスマホを両手で受け取ると慎重に自分の番号を入れた。それから画面を見てまた首を傾げている。
別れ際、ミアが手を振っているのが見えた。
商店街の細い道の先で、白い髪と白い耳がいつまでも揺れていた。




